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豊かな自然と水文化の地インドネシア共和国バリ州で開催される第10回世界水フォーラムのバンドン精神水サミットにおいて基調講演を行う機会を頂いたことをうれしく思います。
まず初めに、昨年から今年にかけアジア、大洋州、南北アメリカ、欧州、アフリカ、小島
本日は、この水フォーラムのテーマである「繁栄を分かち合うための水」についてお話ししたいと思います。まずこの写真を御覧ください(図1)。これは、ジャカルタのインドネシア国立博物館で展示されている、トゥグと呼ばれる石碑です。5世紀半ばのタルマ王朝時代のものと言われ、ジャカルタ近郊のトゥグ村で見つけられたものです。この石碑には「プルナワルマン王(King Purnawarman)がカンドラバガ川(Candrabhaga)とゴマティ川(Gomati)と呼ばれる二つの流路を開削し、海につなげた」と記されており、これらの流路は洪水を海に排水するなどのために作られたと考えられています。私は昨年2月に東京のシンポジウムでこの石碑の存在を知り、6月にインドネシアを公式訪問した際にこの石碑を妻の雅子と二人で見ました。(図2)。この石碑を始め関連の展示には、古くから様々な立場のインドネシアの人々が、先見性を持って、治水への努力や工夫をしてきたことが実感でき、深く感銘を受けました。
一方こちらは17世紀から19世紀においての日本での事例です(図3)。現在の日本の首都であり、当時江戸と呼ばれていた東京では、江戸幕府の施策により、都市部で集められた
このように、世界各地で歴史上、水が経済と社会の持続可能な発展の礎として位置づけられています。水施設が発達し、水文化が形成され、水環境と自然生態系の保全が図られることによって、水を通じた人類の繁栄と幸福が追求されてきたといえます。
更に、現代の世界に視野を移しましょう。これは、アフリカ・ケニア国のムエア
国連2030アジェンダの議論の中で、全てのSDGs(持続可能な開発目標)が水と深く関わっていると言われますが、その背景には、今お話ししたような人間と水との深いつながりがあるわけです。
ここまで、水を通じた人類の繁栄についてお話ししてきましたが、次に、水を通じた繁栄の共有についてお話ししたいと思います。2030アジェンダの中では「誰一人取り残さない」ことが大きな課題となっています。「繁栄を共有」することは、繁栄を達成することと並び立つ私たちの共通目標といえましょう。
水が生命と生活の礎であるだけに、水を公平に分かち合うことは、人々にとって重大な問題でした。この写真の左側は、日本の熊本県にある国宝「通潤橋」です(図5)。この橋は、
ここインドネシア・バリ島でも水を分かち合う優れた文化が形づくられていると聞きます。スバックと呼ばれる公平で透明性の高い水の共有システム(図8)がそれで、地元で手にし得る材料と方法を使って、人々が水管理の責任とその利益を分かち合うものであり、水への信仰、自然への崇敬と貴重な水の共有のためのコミュニティにおける協働が融合することにより、調和のとれた社会が築かれ、人々の繁栄に貢献していると伺っています。
世界各国にある、水を分かち合う文化や様々な歴史的施設は、社会が、発展と繁栄の努力と果実を水を通じて共有しながら、自然との共存をたゆまず続けてきた姿を示しているともいえましょう。こうした良い事例から人類が学び、水を通じて更に繁栄し、その果実を分かち合う世界へと発展することを願っています。
人類の繁栄を考える上で、災害の問題は避けて通れません。災害は、SDGs(持続可能な開発目標)達成の大きな阻害要因の一つです。
今年の元日に日本で起きた能登半島地震では、強い揺れ、斜面崩壊、津波、火災などの複合災害が発生し(図9)、現時点で死者・行方不明者は240人を超え、家屋被害も11万戸を超える大きな被害となりました。私は、雅子と一緒にこの地震の被災地を二度訪れました。
ここは津波被害を受けた能登町白丸地区です(図10)。4メートルを超える津波がこの地区を襲いました。この写真(図11)では、右側の家の壁が赤い点線まで破損していることから分かるように、津波が2階の辺りまで達した一方で、左側の写真に見られるように地震動で倒壊した建物もあり、地震動や津波など、異なる災害形態に同時に備える必要性を実感させられます。
これは、被災した輪島市にある世界農業遺産の「白米千枚田」の被災前の写真です(図12)。ここは私も高校生時代を含めて二度訪れました。先ほど美しいスバックの棚田写真をお見せしましたが、白米千枚田もまた、水遣いの見事な、棚田が幾重にも連なる大変美しい場所です。今回の被災地訪問の途上で、上空からこの「白米千枚田」を視察しましたが、ここでも多くの亀裂や水路の被害が確認されており、地震のエネルギーの大きさを実感するとともに(図13)、歴史文化施設も含め、被災地の一日も早い復旧を願わずにはいられませんでした。数日前に、この千枚田で、全体の12パーセントに当たる約120枚の田で県内外のオーナーにより田植えが行われたというニュースに接しました。このことが、復旧・復興の一つのきっかけになることを願いたいと思います。
水は、災害発生後の大きな課題でもあります。能登半島の災害では、地震に伴い大規模な断水とトイレの確保を含めた衛生問題が発生しました(図14)。水道施設の災害への備えのほか、災害直後の速やかな復旧、簡易トイレの搬入・設置を含む衛生問題への対応など、水と災害の課題は多岐にわたります。今後とも、このような経験と知識の共有や、備えの大切さへの理解と行動が地球規模で望まれます。
このように、災害が発生するたびに新たな課題が見いだされますが、それらを一つずつ克服することにより、災害に強い地域を創っていくことが可能になります。こちらは、日本の経験を活かして作られたジャカルタ市沿岸にあるプルイット排水施設で(図15)、洪水が頻発してきたジャカルタ市の洪水被害軽減に大きく貢献していると聞いています。私は、昨年6月にこの施設も訪れましたが、10基の大型ポンプが洪水位に連動して機動的に運営されるとの説明を受け、首都圏の洪水防除施設の重要性を実感するとともに、その運用に日夜携わる関係者の皆さんの努力に感銘を受けました。
気候変動に適応し、水災害に立ち向かうためには、科学技術の更なる進展と多くの関係者の育成が不可欠です。私がジョグジャカルタで訪れた砂防技術センター(図16)は、1982年の設立以来、日本とインドネシアの協力により、多数の専門家を育ててきました。今では、このセンターが周辺諸国を技術支援する中核にもなっていると伺います。こうしたセンターなどを通じて、特に若い世代の人々の成長と交流が、水の分野に根差した社会経済の発展に大きく寄与していくことを期待しています。
今まで見てきたように、人類は水を基礎として様々な文化を形成し、社会経済を発展させ、その果実を分かち合ってきました。こうした歴史を背景に各国の取り組みが進み、この22年間で、安全に管理された水には21億人が、また、衛生については25億人がそれぞれアクセスできるようになるなど、近年多くの成果が生まれてきました。
その一方で、世界の水の現状は決して楽観視できるものではありません。現時点で、SDG6(持続可能な開発目標6)で合意された、安全に管理された水と衛生へのアクセスの完全達成のためには、進捗速度をそれぞれ今までの6倍速、5倍速にする必要があるとされています。気候変動を始め、食料、エネルギー、貧困、雇用、男女格差、教育、健康、平和など、国際社会が直面する多くの課題は水と深く関わっています。
昨年3月に、国連水会議が46年ぶりに開催され、800以上の具体的行動が「水行動アジェンダ」に登録されました。この国連水会議の1年後に開催される第10回世界水フォーラムは、同会議の成果をフォローし、更に広い議論と行動を生み出す場として期待されています。歴代の世界水フォーラムにより紡ぎだされた水についての議論が、このバリのフォーラムで更に深められ、水を通じて、誰一人取り残されない繁栄の実現につながっていくことを願っています。そして、私も皆さんと一緒に、水についての関心を持ち続けていきたいと思います。
ありがとうございました。
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