昭和63年歌会始お題「車」

御製(天皇陛下のお歌)
国鉄の車にのりておほちちの明治のみ世をおもひみにけり
皇太子殿下お歌
炬火を立て車椅子にて走りゆく走者を追ひて拍手わき立つ
皇太子妃殿下お歌
成人の日のつどひ果て子らの乗る車かへりく(あかね)の中を
徳仁親王殿下お歌
木曳(きひき)の車の音色高らかに響きわたりぬ初夏の伊勢路に
文仁親王殿下お歌
夏去りし碓氷の山路の九十九折(つづらをり)わが御する車峠に向ふ
正仁親王殿下お歌
沖縄のさんごの海青く澄み車の窓に光みなぎる
正仁親王妃華子殿下お歌
対馬の村車にてゆき海山に働く人のいとなみを見る
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
車の音やうやく絶ゆと窓見れば空はしらみて鳥がねきこゆ
崇仁親王殿下お歌
渋滞に進まぬ車列横に見てペダルは軽し高原の道
崇仁親王妃百合子殿下お歌
雲海に入りて着陸間近ならむ車輪の出づる音ひびきけり
寬仁(ともひと)親王妃信子殿下お歌
初雪は歩道に光り朝まだき車のわだちあざやかにして
宜仁親王殿下お歌
朝日さす雪蹴散らして雪上車手稻の山の林縫ひゆく
憲仁親王殿下お歌
アプト式車輪の軋みなつかしき碓氷峠をのぼりゆく列車
憲仁親王妃久子殿下お歌
我が君の運転し給ふ車より沖縄の海蒼あをと見ゆ
召人 井上靖
救援の車にてあるか(すな)の海月光(つき)しるき果てに動くもの見ゆ
選者 香川進
子が母にいふ声きこゆあとさきにわらはべ乗せたる自転車ゆきて
選者 渡辺弘一郎
籠のなかに小さき物ゐてふむ車ふみめぐり只ふみめぐりつつ
選者 武川忠一
つややかに白き車体は()(かへ)し雨のしぶきをはじきて過ぐる
選者 上田三四二
荷馬車より逢ふことまれに村童の我が通学の道の自動車
選者 岡野弘彦
大和ゆく旅をおもへり自動車のひびきのごとく心ゆりくる

選歌(詠進者生年月日順)

福岡県 江口富士子
三連の水車回りて筑後野の田毎に満つる水かがやけり
福岡県 山下重芳
修理さるる機関車雨の雫してわが作業位置におろされて居り
鹿児島県 鶴田正義
祓ひ受くる新車の上に春の日のひかり曳きつつ切ぬさの舞ふ
愛知県 高橋知津子
見はるかす錢塘江を自転車も乗せて筏の長きがくだる
富山県 田中譲
船尾より積まるる輸出車つぎつぎに光りて埠頭も海も明るし
福岡県 梶野寿人
始発電車の(とき)せまりつつ監視するテレビに春の雪ふり出でぬ
山口県 大島喜代子
一輪車停めて聴きをり冬に入る山に手斧の間なくひびくを
大分県 衞藤巌
洗車機の飛沫凍てつく作業衣を脱げば微かな氷片の散る
栃木県 若林栄一
陸稲の刈られて見ゆる薬師堂レントゲン車は位置を決めたり

佳作(詠進者生年月日順)

愛知県 竹内キクエ
車種部品われの知らざる名をあげて孫は職場に馴染みゆくらし
福岡県 森本岩男
水車踏みて送れる水は旱田(ひでりだ)にしみ入る音をたてて伸びゆく
北海道 楠信次
インディアン水車に乗りし遡上鮭母なる川辺に躍り出でたり
新潟県 大野儀一
初荷積み山越えて来し車には油染みたる氷柱(つらら)下がれり
三重県 北尾樟一
車より降りて駆け来る孫たちを抱くに重し五歳と二歳
福島県 鈴木新
梅もぎを終へたる妻は自転車のバックミラーに髪をととのふ
石川県 川崎三郎
除雪車はときに戻りて前進す舗道の深雪押し拡げつつ
富山県 扇浦正男
自動車の向きを替へつつ車庫に入るライトに牛の草食むが見ゆ
福岡県 岡本準水
カシュガルへ天山南路分岐点車を出でて大地に立てり
長野県 川上みよ子
幾人の手を借りて乗りしジェット機か車椅子の吾いま空を翔ぶ
新潟県 笹川ミネ
み車に車椅子ごと乗り給ふああご無事なり天皇陛下
茨城県 寺門龍一
遅れたる最終列車待ちてゐし妻の車に露の下りゐる
ブラジル国サンパウロ州 設楽昭五
給餌車の音聴きとめて朝明けの鷄舎に(とり)の声は湧きたつ
岩手県 髙橋洲美熙
青刈りの稲束に花咲くもあり牛にやるべく車に積めば
千葉県 猪野富子
縄文土器一輪車に積み下り来ぬ台地に発掘のひと日終りて
愛知県 松岡啓子
滅菌を終へたるガーゼ注射器のカストの(たぐひ)ワゴン車に乗す