昭和62年歌会始お題「木」

御製(天皇陛下のお歌)
わが国のたちなほり来し年々にあけぼのすぎの木はのびにけり
皇后陛下御歌
あたたかき光さしそふ伊豆の丘木々の梢は萌えそめにけり
皇太子殿下お歌
緑なす都市をぞ願ひ人々とくすの若木を共に植ゑけり
皇太子妃殿下お歌
楠若木(くすわかぎ)きみ植ゑませば肥後の野に清らに立ちてをとめら歌ふ
徳仁親王殿下お歌
すこやかに伸びゆきてあれ子供らと桜の若木植ゑつつ願ふ
文仁親王殿下お歌
高原(たかはら)の木々に朝日のさす(とき)を群れて小さき河原ひは来る
正仁親王殿下お歌
木を切りて明日のみのりをそだてんとパラグァイに働くはらからを思ふ
正仁親王妃華子殿下お歌
さし昇る朝日に()えて赤松の木肌ひときは色(あたら)しき
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
真木はしら太く年へしこの家に夏をきたりて心しづむる
宣仁親王殿下お歌
ぶな(ぶな)の樹は歳経ていよよ枝ひろげ根張り雄々しく立ちそそるなり
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
あふぎみる楠の大木のいただきに年の初日のさして明けゆく
崇仁親王殿下お歌
さまざまの聖樹彫られし印章に昔の世をばおしはかるなり
崇仁親王妃百合子殿下お歌
富士の水ここに湧きいで道の辺の木立さやかに茂り立つなり
憲仁親王殿下お歌
みどり子とともに育てとわが庭にカナダ楓の若木植ゑたり
憲仁親王妃久子殿下お歌
かがやきて木々のはざまに昇りくる朝日を吾子は高々と指す
召人 直木孝次郎
地下水道(カレーズ)天山雪解(てんざんゆきげ)の水あふれトルファンの町大樹(たいじゅ)かげ濃く
選者 香川進
あけがたの息づききこゆ裏山にそだつ樹林にいのちのありて
選者 渡辺弘一郎
この谷のもみぢする木々ことごとくもみぢする時われもはなやぐ
選者 武川忠一
しろがねの霧氷散りくる木下道そのまぼろしのきらめきよ来よ
選者 上田三四二
くれなゐの花にぎはしき庭の木を若くうとみき老いて親しむ
選者 岡野弘彦
父ははのいまだ若くて(ほう)の木に花ひらく夏われは生まれし

選歌(詠進者生年月日順)

群馬県 田中広作
苗木植うる生徒らの声こだまして山の傾斜(なだり)を移りゆくなり
静岡県 石川熙一郎
白樺の木立のめぐり雪融けて牛舎に牛を洗ふ人見ゆ
ブラジル国サンパウロ州 桜井正巳
なにものもなかりし所家を建て木を植ゑて老ゆブラジル国に
山梨県 鈴木雪江
此の家に嫁ぐと決めて振り向けば欅大樹(おほき)の夕凪ぎて居り
北海道 石戸好恵
手掛りの得られぬままに孤児達の遊ぶ祖国の回転木馬
滋賀県 夏川千鶴子
木犀のしるく匂へる夜の道を行きすぎてまた別の木匂ふ
神奈川県 林貞子
試験管に今し芽吹くか裸細胞の木となる生命(いのち)かすかに動く
山口県 中西輝磨
木の蔭におもひおもひに子らは読むわが図書館車の本()りゆきて
長野県 新村明子
サンフランシスコの並木の桜咲きたりと便りありし日伊那に雪降る
鳥取県 大谷照子
幾十年かけて育てし杉の木を伐り給ふなり嫁ぐわがため

佳作(詠進者生年月日順)

岡山県 徳光亀代
贈られし航空写真にわが家あり庭に秀でし一樹の松も
北海道 西川仁之進
開拓の斧まぬがれし太楡が神木となり注連(しめ)巻きて立つ
富山県 沼田作太郎
書き足してあるは母の字遺されし植樹メモ持ち山まはりする
長野県 小島貞雄
チャイム鳴り休憩室に集ひくる製材工みな木の匂ひもつ
青森県 加藤丈則
一樹なき山西の山より還り来て植ゑたる木々を一生(ひとよ)培ふ
徳島県 吉本和代
(よし)屋根の葺き替へすすみ百年(ももとせ)を経たる棟木に陽のあたる見ゆ
香川県 宮地輝子
庭の木が記憶にありて中国の孤児の一人の身元判りぬ
富山県 扇浦正男
シベリアに木を伐りしわが若き日の抑留のことは言はず老いゆく
神奈川県 縄田喜一
つぎつぎに速度落として降りる機の同じ位置より木にかくれゆく
山口県 坂倉新
麻痺の子が飼ふ蚕にと桑の木の低き葉残し車椅子待つ
埼玉県 内田堅二
咲き匂ふ大き辛夷(こぶし)の木下ゆき病む老診ると離れにまはる
福岡県 豊田光子
落ちたまる朽葉の匂ふ竹群(たかむら)のくらきに椎茸の原木を組む
福島県 小林節子
内地材乏しくなりて今日も()く輸入原木は潮の香のする
愛知県 伊藤英一
椋鳥は日に幾たびも群れて来つ実の熟れ初めし背戸の椋の木
神奈川県 望月辰男
折々に霧湧く見えて谷渡す高き索道に木材動く
埼玉県 新井エツ子
鳥寄せのみかん刺したる庭の木に雪降る今朝は山雀(やまがら)もきぬ
大阪府 中津昌子
単調にタイプ打つ日々ビルの間に救ひのごとく柿の木があり