昭和56年歌会始お題「音」

御製(天皇陛下のお歌)
伊豆の海のどかなりけり貝をとる海人の磯笛の音のきこえて
皇后陛下御歌
朝日岳の裾にひろごる笹原をさわさわわたる風の音をきく
皇太子殿下お歌
うなりゆく車椅子の音きしる音籠球場は声援に満つ
皇太子妃殿下お歌
わが君のみ車にそふ秋川の瀬音を清みともなはれゆく
徳仁親王殿下お歌
懸緒断つ音高らかに響きたり二十歳(はたち)の門出我が前にあり
正仁親王殿下お歌
昨夜(よべ)よりのはげしき雨の音やみてけさみる松のみどりあざやけし
正仁親王妃華子殿下お歌
清らなる流れの音を聞きにつつコマグサ咲ける大雪山をゆく
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
さいかちのさやぐ音さむし咲きのこる菊手折らむとおりたつ庭に
宣仁親王殿下お歌
杉林しとど降りつむ静けさに木魂(こだま)の叫び雪は()ひびく
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
磯馴松(そなれまつ)のぶるひまなき犬吠(いぬぼう)のみさきにあたる強き風の音
崇仁親王殿下お歌
逆噴射の音すさまじくジャンボ機はいま着陸す故国の大地に
崇仁親王妃百合子殿下お歌
うちしめる土を落葉を踏みゆけばゆくてに響く滝つ瀬の音
召人 奥田嚴三
(いろど)れる秋写さむと山峡(やまかひ)木葉時雨(このはしぐれ)の音をききをり
選者 木俣修二
ひと(よさ)比良八荒(ひらはつくわう)の音止みて(うみ)に照る日の春めきしかな
選者 山本友一
おきなぐさふふまむ長き草丘(くさをか)をまぼろしにして砲の音うつつ
選者 香川進
建つ家に静けきものの音きこえ燕はゆき交ふ巣どころ()むと
選者 上田三四二
引戸開くる音にちからのなきものを受験より子の戻り来りぬ
選者 岡野弘彦
はろばろと海わたり来し鶴群(たづむら)(つち)に降りむと鳴く()やさしき

選歌(詠進者生年月日順)

大阪府 永野忠一
深海の地層に地震(なゐ)(きざし)といふ石(まろ)ぶ音マイクは伝ふ
群馬県 石原直子
帰り来る夫のくつ音をりをりの心の動きわれは知るなり
鹿児島県 浜田盛秀
しんしんと花枇杷に降る火山灰(よな)の音わびしかれども島を護らな
福岡県 髙槻一利
貫通の間近にせまり坑壁を打てばかすかにうち返す音
岐阜県 島戸德雄
錨巻く音ひびきくる船底に機関始動のベル待つ吾は
宮城県 山形敞一
最上川源流の滝この谷に落ちたぎつ音とどろきわたる
福島県 原瀬ツギ
(まなこ)つむり地球の動く音きけと宣らし給ひき授業のたびに
富山県 竹内与作
山葵田の葉陰をもるる水の音七戸となりし村のしじまに
東京都 小沢辰雄
夜を(とほ)(つな)ぎ換へたる回線(ケーブル)に絶えし電話の音(かへ)るなり
東京都 岡田千賀
笹わけて流るる水の音すなり(つぐみ)(ひは)もここに遊べと

佳作(詠進者生年月日順)

三重県 水谷勇
吹く風にしらしら光る稲の花落ち行く水の音ひそかなり
愛知県 山本太一
海鳴りの音に明けゆく伊良湖岬白き灯台にまづ陽の及ぶ
東京都 飯岡一雄
亡き母の鈴虫妻が飼ひつぎてすずしき音いろ家ぬちに満つ
東京都 並木衣子
びょうびょうと音たてやまず立山の一の越わたるあかときの風
三重県 浜口千代
海苔網をわが張りをへて帰る夜半沖になほゐる船の音きこゆ
福岡県 内藤亨
上簇の刻ちかまりてしめやかに()らの責桑食む音きこゆ
東京都 坂本一男
掛緒(かけを)切る和鋏の音冱え渡り成年の宮清やかに立つ
愛媛県 植田兼吉
鋏研ぐ音のきこえてたどたどし村の理容院を子は継ぐといふ
京都府 坂出裕子
ふるさとの山のほほづき妻ならぬ母ならぬ日の音にひびかふ
北海道 津田ゆふ子
さぐりつつ受話器にいたる父なれば呼出音を長く待ちたり
兵庫県 川西好子
潜水の夫が息吹(いぶ)ける泡の音追ひつつ細き命綱引く