昭和54年歌会始お題「丘」

御製(天皇陛下のお歌)
都井岬の丘のかたへに蘇鉄見ゆここは自生地の北限にして
皇后陛下御歌
海ぞひの丘のかなたの空はれて利島もけふは見えわたるなり
皇太子殿下お歌
三ヶ岡の下の海辺は泡立ちて満潮に乗りくさふぐは寄す
皇太子妃殿下お歌
(いは)ふと参来(まゐこ)し丘のみささぎに花さはに持つみ榊捧ぐ
正仁親王殿下お歌
冬枯れの岡あひの川にくろぐろとさんしよううをはしづまりてあり
正仁親王妃華子殿下お歌
緑深き春のさなかに訪ねきてビバりーヒルズの丘に立ちたり
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
新雪の富士もはれたり駿河路の丘の茶畠花ざかりにて
宣仁親王殿下お歌
(おほやけ)(やかた)のあとを(いしずゑ)にとどむる丘に桜花散る
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
天平の昔をしのぶ丘の上の草木すらだになつかしくして
崇仁親王殿下お歌
幾千年ふりし円形の神殿を掘りあてしと聞くイラクの丘に
崇仁親王妃百合子殿下お歌
穂芒に風騒がしも秋暑き風土の丘といへるあたりは
召人 犬養孝
大王(おほきみ)の国見立たししこの丘に(かな)しきかもよさわらびの萌ゆ
選者 木俣修二
丘の()の庚申塚もかへりみついそぐともなき睦月(むつき)の旅に
選者 山本友一
ひと木だに見ぬ草丘や西の方天(かたてん)に消えつつ(あか)く起き伏す
選者 香川進
ふるさとは遠くなりたりわが母とまろびし丘の草ひばりのこゑ
選者 上田三四二
高丘に見つつしたしき白雲は沖よりいでて磯にかげおく
選者 岡野弘彦
春の潮けぶりて湾に満ちくるを睦月(むつき)の朝の丘に見おろす

選歌(詠進者生年月日順)

長崎県 寺田春江
月明き夜はしろがねに照るらむか丘をめぐりてそばの花咲く
静岡県 桑高房治
甘橿(あまかし)の丘になほ立つ人影の見えて明日香のながき黄昏(たそがれ)
福岡県 大隈サチヨ
遙かなる祖国の朝に輝り初めむ陽はニューヨークの丘染めて()
岡山県 根木俊三
オリーブの丘を()り来て渡船待つ島の教師のひと日終りて
アメリカ合衆国カリフォルニア州 山下日米親
うち続くネバダの砂漠春たけて砂丘のはてに蜃気楼(しんきろう)たつ
長崎県 森数正
寄る辺なき老が独りの丘の家見舞ひて今日の警邏始むる
静岡県 西村二郎
陶窯(すゑがま)の火を塞ぎきて上りたる丘は夜明けのしとどなる露
新潟県 宮山広吉
わが胸にみどり児は眠り白き蝶黄の蝶いくつ丘の辺に舞ふ
愛媛県 浅野桂子
商はぬ日のやすけさよ穂にいでし薄に露ののぼる丘ゆく
長野県 久保田幸枝
天龍の()()よりたつ朝霧の河岸(かし)段丘をおしのぼる見ゆ
三重県 谷分道長
炎天の国崎(くざき)の丘のひとところ神の(にへ)とし(あはび)干されゐる

佳作(詠進者生年月日順)

三重県 崎一市
父母の蕎麦刈る丘に駆けつけて検定試験合格を告ぐ
北海道 石本義一
入植の丘白じろと馬鈴薯の花咲き敷きて夏は来向ふ
愛媛県 宮本盛太
弾道を避けつつ這ひてすがりゐし黄河ま近き丘の野あやめ
長野県 小島貞雄
晩霜(おそしも)のうれひも過ぎて丘の()の社の庭に神酒(みき)くみ交す
岐阜県 梶邦二
丘の家の上水道を検針す雪晴れて来て数字あかるし
山梨県 土屋大吉
職退きて植ゑたる丘の段畑に六百本の檜柏(いぶき)伸びゆく
広島県 秦野千ヱ
呉湾を見下ろす丘に人騒の絶えて砲座に夕さくら散る
愛知県 山本太一
鞍掛山(くらかけ)の水ひく丘の千枚田(しろ)かく頃か夜目にもしるし
三重県 細江吉弘
丘ひろく拓きつくして家ごとに牛のこゑする村となりたり
岐阜県 島戸德雄
歩兵銃構へて伏しし日の丘にわれ老いさびて餅草を摘む
神奈川県 露木清子
愛ふかくつつみて君と添ふ丘に星ひとつ出づるゆふべとなりぬ
神奈川県 川崎京子
わが(つひ)の棲家とならむ丘の上の小さきこの家富士に真向ふ
山梨県 萩原慶助
鼻鳴らすかたへの牛に応へつつ夏越(なごし)の丘の若草を刈る
山口県 蛭本博彦
(さそり)座のひとつとなりて灯ともすは露しげき夜の丘の一つ家
長野県 高木秀彦
分校へ運ぶ物資を子もわれも負ひて氷雨の丘越えて行く
福岡県 十時マツヨ
丘の上の子の新しき家に覚め樟の若葉の輝きを浴む
熊本県 東タミ
不知火(しらぬひ)の秋日に光る汐目見ゆ万の薄のなびく丘より
福岡県 工藤光夫
宵月にくまどり淡き風紋のすがた変へつつ砂丘を移る
広島県 永岡勝子
牛飼ふと夫と拓きしこの丘に檜うゑをり独りとなりて
岡山県 里見比出戸
ひがん花咲くこの丘に明日もまた来むとふははの車椅子押す
三重県 東長二
麦熟るる丘に岐れて古き道大和へつづく土あたたかし
福岡県 梶野寿人
発たせたる列車の尾灯が月明の丘にかくるるまでを監視す
東京都 齋藤富士雄
入沼は光増しつつ対岸の桃の花咲く丘と照り合ふ
熊本県 吉富洋子
湯の谷の丘より遙か空港の進入灯の赤き灯の見ゆ