昭和48年歌会始お題「子ども」

御製(天皇陛下のお歌)
氷る広場すべる子どもらのとばしたる風船はゆくそらのはるかに
皇后陛下御歌
われもまた昔にかへる心地してをさなき子らとともにあそびぬ
皇太子殿下お歌
つぶらなるまなここらして吾子は言ふしゅろの葉の柄にとげのありしと
皇太子妃殿下お歌
さ庭べに夏むらくさの香りたち星やはらかに子の目におちぬ
正仁親王殿下お歌
実験室の窓を開くればきほひつつみこしもみゆく子どもらの声
正仁親王妃華子殿下お歌
音もなく朝の雪降る北の町学校にゆく子らの声する
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
世の中の出来事ただちとり入れてあそぶ子どもの智恵におどろく
宣仁親王殿下お歌
健かに育てと願ふ親にして智慧たらぬ子に思ひ増すらむ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
ただ一日里親となりて遊びつるかの子らもいまは育ちたらむか
崇仁親王殿下お歌
スイスより送られて来しカセットの孫の声をさなしいくたびも聞く
崇仁親王妃百合子殿下お歌
目深にも帽子かむりて雪国の丹の頬の子らは道に遊べり
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
初等科に通ふ生徒の姿見て我がそのかみを思ひ浮ぶる
宜仁親王殿下お歌
初夏のシドニーの浜金髪の子どもは波とたはむれてをり
容子内親王殿下お歌
昼さがりあまたの子供道にありてかげふみしつつ遊びたはむる
召人 中西悟堂
白鳥に餌を撒く子等の声徹り雪の湖いまか()れゆく
選者 鹿児島寿蔵
長袴つけいますをさなのみすがたを造らむとして土を浄むる
選者 加藤将之
ロケットに揚げんと言ひて幼ならはわれを持ちあげ土より離す
選者 木俣修二
にぎやかに年木をかつぐわらべらの粉ゆきの散る峡くだりゆく
選者 窪田章一郎
後手に組みて歌へりわらべらの心一つにかがよふ面輪
選者 前田透
島の子ら空負ひて去りし昼荒磯炎為しわが半生にあり

選歌(詠進者生年月日順)

長野県 篠原實
子どもらの藁鉄砲の音散りて藁屑照らす十日夜(とをかんや)の月
愛知県 佐藤悦道
春浅き壺坂寮の日だまりに目しひの子どもら鞠つき遊ぶ
愛知県 神谷喜代松
わが店の九官鳥に登校の子らつぎつぎに声かけてゆく
島根県 西村英夫
面(めん)の奥にくぐもる声も幼なくて子ども神楽の鬼があばるる
鳥取県 岸本正一
村落(むら)ごとに集めて帰す児童(こども)らのうしろ姿に雪降り止まず
静岡県 朝比奈とよ子
水張りし田に夕茜映りゐて笛習ひつつ子ら帰り来る
山形県 原田隆
文庫費にわらびを採ると学童ら声はずませて春の山ゆく
千葉県 柴田澄江
子ら眠りしあとの安らぎ朝刊の桜の塩漬の記事を切りぬく
群馬県 椿巻乃
氷結の湖が反す逆光に子らみな影となりてすべれる

佳作(詠進者生年月日順)

石川県 濱木三吉
海の子ら盥の舟を漕ぎ競ふ運動会に舳倉(へくら)島湧く
愛知県 外山源市
勢揃ひしたる祭の子ども獅子歓声あげて宮に入り来る
北海道 石本義一
船団の始動に起るとよみ抽き父呼ぶ子ども声長くひく
岐阜県 梅田和市
日かげりて暗きほき路の竜宮淵下校の子らの石を投げゆく
埼玉県 新井正夫
四十年の勤めはたして子らと立つ日向の灘は晴れてかぜ凪ぐ
宮崎県 山元荘一
相撲の手一手を知りて次々と相手倒せり目立たざりし子
岐阜県 水谷謹治
闘病の床にも負けず子が描くたんぽぽは皆太陽となる
香川県 宇尾隆茂
遠き日の父の如くに肩車して子にもがす生家の桃を
茨城県 泰永定治
雛まつる子どもらのこゑ喜々として小児科病棟こよひあかるし
三重県 中村正光
廃校の廊下の壁の片すみに子どもの書きしさよならの文字
秋田県 木澤長太郎
稲架(はさ)かげに風をさけつつ幼ならは出かせぎのバスけふも見送る
兵庫県 浦川ひさゑ
拳ふり泣く赤子らの声みちて明るき朝の新生児室
ブラジル国パラナ州 森谷信夫
小鳥罠(アラプーカ)かけゐる子らに声かけてかつては住みし村に入りゆく
香川県 谷内田鈴子
父の声聞かんと子らのうばひ合ふ電話はソ連の秋晴をいふ
秋田県 佐藤大八
訪へば走り寄り来て吾が開く集金鞄を覗くをさなご
石川県 早川信也
砂糖黍を噛みつつ共に帰る子よ貧しき中に育ちゆくべし
北海道 河内清子
足萎えの子の駈け巡る日を夢に赤き布靴下駄箱に秘む
岐阜県 薫田文雄
をさなごにゑほんもよんでやれぬときめしひのわれはこころのいたむ
東京都 園田義人
教材の稲の花咲き子どもらと顔寄せて見る光まぶしく
静岡県 中島敏子
固唾(かたづ)のみ瞳うるます幼ならにわが紙芝居の声も熱帯ぶ
京都府 山下和子
出勤のあとを追ひくる幼な子に露おく野菊つみて渡しぬ
神奈川県 大久保トヨ子
口きかばさざめき合はむこの子らは指もてひそかに語り合ふなり
高知県 奥宮武男
鉱石をかたく握りて子どもらは閉山の地に別れ告げゆく
北海道 西川サダヱ
新任のわれに先立ち登り行く子らの呼ぶ声峰に聞こゆる
秋田県 石綿久雄
葛の葉を与へし山羊の乳飲める吾子を抱けば葛の匂ひす
東京都 小池節子
餓ゑの日をしらざる吾子は少年期父の靴すでにはけぬ足持つ
大分県 大塚常代
幼ならがめだか掬ふと濁したる水澄むを待ちて農衣をすすぐ
大阪府 梅園忍
手を拍ちてよろこぶ吾児(あこ)の誕生日鑞燭ふたつ生き生きと燃ゆ
岡山県 森山千里
夕映のテニスコートの父と子は声かけ合ひてスマッシュきめる