昭和47年歌会始お題「山」

御製(天皇陛下のお歌)
ヨーロッパの空はろばろととびにけりアルプスの峰は雲の上に見て
皇后陛下御歌
紺碧の海のかなたにそびえつつけさ見る富士は雪ましろなり
皇太子殿下お歌
うちつづく土の山なみに幾筋も人とけものの通りこし道
皇太子妃殿下お歌
高原の花みだれ咲く山道に人ら親しも呼びかはしつつ
正仁親王殿下お歌
雪もなき青ひといろの空のもと白馬の峰は雪けむりたつ
正仁親王妃華子殿下お歌
岩木嶺の雪解を待ちて百はなのひとときににほふ津軽野を恋ふ
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
沼も森も靄にねむりて燧岳(ひうちだけ)峰のみうかぶ尾瀬のあさあけ
宣仁親王殿下お歌
青空の晴れて雲なし富士が峰は遙かに白く雪の映えたる
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
雪山のいただきそめてのぼる陽の光かがよふ海をへだてて
崇仁親王殿下お歌
ペルセポリス大石柱の見えそめぬ慈悲の山より日はのぼるらし
崇仁親王妃百合子殿下お歌
細き月かかれる穂高を仰ぎつつ夏なほ寒き涸沢に()
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
雪降れば今も目に浮く欧州の我が懐しきランデックの山
宜仁親王殿下お歌
はてもなく氷河続けり春浅きマウントクックの谷ひろくして
容子内親王殿下お歌
峰の茶屋夜半に出で立ち浅間嶺をきはめむとして朝日のぼり来
召歌 高崎正秀
たたなはる山青垣もかがよひて今あらた代の朝あけ来たる
選者 木俣修二
夏鳥のももどりのこゑ徹りつつ三輪の繁山夜の明けんとす
選者 窪田章一郎
駒草の群らがる花のさかりなり白馬が岳雪踏みこゆれば
選者 佐藤佐太郎
問はずして知る利尻山雲なびく海の遠くにはればれと立つ
選者 宮肇
冬の来し越後の山は野ざかひの端山の奥に白くつらなる
選者 前田透
朝あけて山たか空に触れ居たり氷れる木木はつばらかに見ゆ

選歌(詠進者生年月日順)

富山県 黒田義之
こごしかる北穂高嶺の谷ふかく落ちゆく石か夜半にひびかふ
ブラジル国サンパウロ州 遠山実
燃えつづく山へはひりて黒人と声あはせつつ火止め切りゆく
三重県 杉本一
五万本杉苗うゑし生徒らが山をとひきぬみな母となりて
石川県 清水勝義
立山は海の遙かに夕暮れて音ともなはぬ稲妻しげし
東京都 大谷濤子
根本中堂はや凍てつきてこのゆふべ一山こめて細雪(ささめゆき)ふる
滋賀県 對月慧見
夜勤終へてもどる野道の星明り初雪降りし伊吹山見ゆ
秋田県 石綿久雄
伐採の山夕づきて残雪に倒るる杉の樹液の匂ふ
北海道 斎藤貞男
カムイおはす山にむかひておごそかに点火を請ひぬわれ営火長
鹿児島県 谷口恭子
鉄砲水流れし跡の山の草立ち直りつつ葛の花咲く
和歌山県 小沢一惠
そのふもとの学校に教へてゐむわれもキリマンジャロも目閉づれば見ゆ

佳作(詠進者生年月日順)

広島県 長岡弥一
休猟区上安田なる宇根山にこぞあたりより雉の声する
三重県 崎一市
塩売りに父祖らの越えし笠取の山はレーダー基地とぞなりぬ
大分県 五十川健吾
廃校ときまりし山の分校の児童二人の検診にゆく
宮城県 森功
北上の和山の牧に霧霽れて便追(びんずゐ)啼けり(しな)の大木に
岐阜県 佐々木靜
恵那山の雪消の水をそそぎ入れて苗代つくる時は来にけり
福島県 白井利
磐梯の火口に立ちてそのかみの噴火に果てし祖父をし憶ふ
大分県 首藤喜代次
風荒き長者ケ原の穂薄のかなたに晴れし九重山なみ
山口県 土谷今朝義
還暦をすぎしわれらの歩こう会はげましあひて阿蘇にのぼれり
鳥取県 山崎秀雄
松苗木背負ひし植子連なりて焼山谷の朝露を踏む
愛知県 水野経子
原生林のつづく台地のいやはてに大雪山のゆきけむりたつ
熊本県 西川幸夫
麦を踏む足に地鳴りのつたはりて火の山阿蘇の今日荒るるらし
長野県 鈴木一男
昨夜(きぞ)の雨雪となりゐて風越(かざこし)の連なる峰は今朝真白なり
ブラジル国パラナ州 堀田榮
ふるさとの山の名つけて住み古りぬコーヒー樹海の中の小山に
埼玉県 淺見太郎
武甲山ほのあかり来ぬ年ほぎのみまつり仕へ太鼓打ちをれば
千葉県 鈴木一郎
つはぶきの咲く磯山ゆみはるかす中ぞらにして富士は小さし
岡山県 菅田角夫
野蹈鞴(のたたら)の跡しらべをり加茂山の風になびける穂すすきのなか
愛知県 村瀬登司夫
山峡は月照るおそし鱒池に噴く水音の底ごもりつつ
東京都 金井利雄
丹沢の鹿はふたたび山ふかく姿を消すか道のひらけて
大阪府 大悟法喬
午前三時月(かげ)踏みて山小屋をいでたつは鎗をめざすとぞいふ
埼玉県 神部正吉
観測の人ら勤めに入れるらし堂平山(だうだひらさん)に灯のともる見ゆ
福岡県 波多野正子
月面に小石を拾ふ飛行士のそがひに白くアペニン山見ゆ
高知県 坂本弘勝
ペグー山越えて生きむと水ばかり飲みて歩ける日日もはるけし
兵庫県 大路晴子
行終へし若き僧らのひとみ澄み比叡の山の谷くだりゆく
北海道 小國孝德
吾が飛びし大倉山のシャンツェが台風過ぎし秋の日に照る
新潟県 廣川岩司
雪ちかき山なみはるか飛ぶ雲のはやきを見つつ硝子入れ替ふ
福井県 吉田純治
ふるさとの足羽(あすは)の山にのぼりきて石に憩へば石温かし
愛媛県 岡本眞知子
朝なあさな石鎚おろし吹く町に今日も小店の玻璃戸を開く
東京都 平山忠義
病室の窓に迫りて大山の瑞々しきかな麻酔より醒む
和歌山県 内田十一
船ゆれて目にさだまらぬ屋久島の山はま冬の雪にかがやく
新潟県 風間泰一
裏山の黄昏空に群れて舞ふつばめは近く海渡るらし
栃木県 岩淵光成
夕はえて那須の山なみくれのこりひたすらはげむ交換手われ
新潟県 塩川辰造
寒茜にはかに退()きてまなかひの雪の檜山の蒼きしづもり
石川県 下谷信孝
塗師町を見おろす能登の気勝山(けかちやま)冬立つ朝にみみづく鳴くも
神奈川県 齋藤チヱ
濛々と雲霧流るる嶺を来て士あかき蔵王のいただきに()
宮城県 千葉英雄
稲妻のたつ山原を移動する牛の群れ見ゆ湖は暮れつつ