昭和46年歌会始お題「家」

御製(天皇陛下のお歌)
はてもなき礪波のひろの杉むらにとりかこまるる家々の見ゆ
皇后陛下御歌
鴨川の堤のほとりなつかしもをさなきころにすみしかの家
皇太子殿下お歌
とりどりの楽器にこめて弾く「家路」鳴り響きたり身障者の家
皇太子妃殿下お歌
家に待つ吾子みたりありて粉雪降るふるさとの国に帰りきたりぬ
正仁親王殿下お歌
小金井の学舎にありしをさなき日たづねし農家を折ふし思ふ
正仁親王妃華子殿下お歌
北国のはての草原赤き屋根冴えたる家居たちならぶ見ゆ
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
軒にほすたうもろこしに日の照りてひとときはゆる谷のひとつ家
宣仁親王殿下お歌
仮りの世の旅の屋形と思へども六十年住めば去りかたきかな
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
ゆかりある家のをしへを身におひて世の為国のためにつくさむ
崇仁親王殿下お歌
空襲の焼けあとに建てし新家に平和祈るこころひとしほ深し
崇仁親王妃百合子殿下お歌
新しき家に移りてこの春は我が身の幸をただにかしこむ
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
我が家の窓辺によりて外を見れば北国の雪音もなく降る
宜仁親王殿下お歌
移り来て二月たちぬ大崎の我が生れし家いかにあらむか
召歌 内藤濯
鞍馬苔からみあひつつ庭つちに居つけりと見ゆ小さきわが家
選者 鹿児島寿蔵
たかはらの八月まひるものの音きこえぬ家にみをやしなへり
選者 加藤将之
幸福の鳥かは知らず家うちにとび込むことのなほある日なり
選者 太田兵三郎
オホーツクの潮にま向ふ北の島ここにも低き家並かたまる
選者 佐藤佐太郎
鴎外がまだいとけなくめわらはと遊びし家の縁も古りたり
選者 宮肇
もろもろに幸あれよこの年に嫁ぎて家を持たむ乙女ら

選歌(詠進者生年月日順)

埼玉県 倉沢奎一
山畑を襲へる雷雨のがれ来て蕎屋根厚き家の安けさ
三重県 森豊藪
ふる里の家にめざめてしづかなり四方の桑畑ひとの声して
東京都 依田藤利
保護司われ約束なれば少年の家を訪ふなり雪のゆふべに
福島県 高橋敏
繭売りてなほ繭にほふ故郷の家は西日を深く入れたり
京都府 福田一枝
裏みちとなりたる若狭街道にたばこ売りをり家守りつつ
東京都 熊谷美津子
患者の家いくつめぐりてテレビジョンの同じドラマをきれぎれに見る
栃木県 岡野八千代
桑原を過ぎたれば見ゆ病む夫が留守居する家あかりともして
アメリカ合衆国カリフォルニア州 藤田實
煌煌と一世ホームは燈をともし宇宙中継のエキスポを待つ
大阪府 木原寅之助
菜種咲く春の岬の夕凪に障子あけたる君が家みゆ

佳作(詠進者生年月日順)

アメリカ合衆国カリフォルニア州 上江洲芳子
ベトナムに征きし子ありて神棚にみあかし絶えぬはらからの家
宮城県 星敬次
父われの部屋しつらへて建てたりといふ子の家に迎へられて来つ
長野県 島田一郎
急用を知らする小旗わが家の屋根に出し見ゆ木を伐る山より
岐阜県 伊藤金女
蚊いぶしのぼろを燃やしつつ盆ちかき家のめぐりの草とりはげむ
兵庫県 森喜代
つぼみもつ桃の畑にそひて行く待ちくるるものいまはなき家に
長崎県 岩本喜十
姉老いて住む家の屋根うら山のけやきの落ち葉さやかにつもる
ブラジル国パラナ州 瀬古義信
日本に留学せし娘がふるさとの生家うつして便りくれけり
群馬県 徳田美栄子
勤務より帰ればとざせる家のうち仏壇にあるりんごがにほふ
兵庫県 冨永鈴子
樋つたふ雨水の音聞きゐたり海越え帰りこし日本の家に
富山県 塚原覺介
あかつきの漁より帰る舟を待ち漁村の家はすべて燈ともす
長野県 下平貞夫
豆腐つくるわが家のあかりに近寄りて荷をなほしゐる旅のトラック
東京都 岡山タヅ
石を並べし家屋根低く山あひによりあふごとくふるさとはあり
京都府 眞下正之
短夜のいまだ明けぬにさわさわと隣り家はやも給桑すらし
東京都 渡辺利助
家跡は植ゑし小杉のきほひ立ち昔の山に返りつつあり
兵庫県 足立芳夫
田植終へ里帰りせし姉ひとり家より出でずひねもす眠る
神奈川県 中村和子
梅干の甕おく場所の定まりて移りし家につつましくをり
兵庫県 後藤彦次
いちじくの熟れては落つる故郷の家をしのびていちじくを買ふ
東京都 遠藤ハツヨ
移り住む家もきまりて早春のひと日しづかに雑巾を刺す
アメリカ合衆国カリフォルニア州 多田隈良子
こごめ桜垣根に白く咲く頃かふるさとの家に帰りゆきたし
大分県 寺岡茂作
家にては児は寝るころと思ひつつ長距離運送のハンドルにぎる
静岡県 佐藤七郎
味噌玉のにほふわが家につばくろの出入りはげしく雨となるらし
島根県 兒玉章吉
木犀の花咲きにほふ山の家に測量器具をあづけて帰る