昭和45年歌会始お題「花」

御製(天皇陛下のお歌)
白笹山のすその沼原黄の色ににっこうきすげむれさきにほふ
皇后陛下御歌
朝なあさな色とりどりのばらの花きりてささぐるみつくゑの上に
皇太子殿下お歌
城跡は黄なる花々咲き満てり何の花かと思ひつつのぼる
皇太子妃殿下お歌
にひ草の道にとまどふしばらくをみ声れんげうの花咲くあたり
正仁親王殿下お歌
石の間にうすくれなゐのこまくさの咲く大雪(だいせつ)の雪渓よぎる
正仁親王妃華子殿下お歌
春雨のけむる熊野の那智の滝かすかにゆれつつしゃがの花咲く
宣仁親王殿下お歌
花吹雪右に左にとびかひてにはかに春はあわただしけれ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
北のはて礼文のしまの潮風にゆれつつ咲けり礼文うすゆき
崇仁親王殿下お歌
幾千年むかし偲びて誰がいけし縄文土器に一枝の花
崇仁親王妃百合子殿下お歌
原始林はてなく続く道を来てはるかに朴の白き花見つ
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
残雪をもとめて登る道の端のところどころにクロッカス咲く
宜仁親王殿下お歌
夏山のスキーはたのしいこふときみやまきんばいひそやかにさく
召歌 久松潜一
道真も契沖もめでし梅の花今年も咲きぬ清くすがしく
選者 鹿児島寿蔵
ふるさとの中心地区の花時計はるの雪ふるなかをすすめる
選者 加藤将之
青き花憧れとするドイツにてわがつゆ草の咲くは見ざりき
選者 木俣修二
雪の香をいまだもふふむ風のなか峡にひと樹の花辛夷光る
選者 窪田章一郎
大寒の光に命さかえ咲く古木臘梅の黄みどりの花
選者 太田兵三郎
サルビヤの素枯れし庭に菊の花めだちて十月の晴さだまりぬ

選歌(詠進者生年月日順)

山形県 井上助太郎
脚立(きやたつ)して林檎の花を摘みつつ思ふ東京の孫山形の孫
大阪府 村上令三
修験道大峯山の行に入る石楠花匂ふ谷を越えつつ
アメリカ合衆国ハワイ州 吉田信二
移民百年()ぐと二世の子らあまた紙のさくらをかざして踊る
東京都 木山ミサヲ
きりん草よつばひよどり咲きみちて釧路湿原に鶴なきわたる
沖縄 宮国泰誠
見わたせば甘蔗のをばなの出そろひて雲海のごとく島をおほへり
宮崎県 荒堀ナツメ
せんだんの花散りかかるあさの小屋五百の鶏はわが餌をまつ
愛知県 名倉あい子
ひと日の店ひらく研屋に咲きさかる夾竹桃の木蔭を貸しぬ
新潟県 阿部トヨ
祭礼の幟を立つと法螺貝の音わたる田は早稲の開花期
石川県 角谷路子
窓口の花あたらしく生けかへて老齢年金の受給者を待つ
和歌山県 高岡隆州
高らかに仏のみ名を唱へつつ職衆(しきしゆ)の僧の花散らしゆく

佳作(詠進者生年月日順)

滋賀県 中島亀太郎
中宮寺太子二歳の(おん)裸像に今たてまつる白菊の花
秋田県 山本逸司
薔薇匂ふ庭にふかぶか呼吸しぬあかとき義歯の製作了へて
東京都 堀川静夫
この国の志士リサールの銅像にファイア・ツリーの花を手向けぬ
群馬県 吉田彦三郎
百合の花刈りのこしつつ山原にわれら道路の測量坑うつ
新潟県 川井きく
刈りすすむ早稲の株間におもだかの花はこよなく日の光すふ
沖縄 國吉有慶
慰霊の日の摩文仁(まぶに)の丘の岩陰にさびさびとして昼顔の咲く
千葉県 細谷ミチ
朝もやのただよふ池に大賀蓮太古のいのちうけつぎて咲く
三重県 曾野耕三
雪の朝はれてまぶしき温室に汗ながしつつ胡瓜のはなつむ
群馬県 福田耕一
アカシアの花咲きそめし山峡の(あけ)の川原に蜂の荷解きす
福岡県 山田文治
米山(こめやま)の峠の原にさく桔梗根ごとほりきぬ父の薬餌に
東京都 永井松枝
高砂族の部落に雨は降りをりてハイビスカスの花咲きさかる
長野県 荻原是彰
ほの暗きみ堂の(ゆか)を拭きをへて白きつつじの花たてまつる
茨城県 井坂照美
身ごもりて日日を静かにゐる妻のひひらぎの花匂ふといひぬ
長野県 小松安和
秋萩のこぼれむばかりの峠路児ら熊よけの鈴ならし行く
福岡県 今富二可
その葉みなながれのままになびかせて花ひらきたり水おほばこは
大分県 寺岡茂作
花咲けるサボテン林めぐりつつ見おろす海のふかき昼なぎ
長野県 伊藤元彦
(ぢい)ケ岳の爺あらはれて安曇野(あづみの)にこぶしの花の咲きそめにけり
兵庫県 中西百合子
柿の花あまた散りしく庭先に田植終へたる籠ならべ干す
埼玉県 関明美
就職のきまりたる日にうち水の涼しき店の花もとめ来ぬ