昭和44年歌会始お題「星」

御製(天皇陛下のお歌)
なりひびく雷雨のやみて彗星のかがやきたりき春の夜空に
皇后陛下御歌
あたらしき宮居の空に星ひとつあらはれにけり輝きそめぬ
皇太子殿下お歌
幼な日の耳にしたしみし南十字我は見にけりペルーの夜空に
皇太子妃殿下お歌
幾光年太古の光いまさして地球は春をととのふる大地
正仁親王殿下お歌
ひさびさに赤く火星のかがやけりスモッグ消えし東京の空
正仁親王妃華子殿下お歌
春浅き細野の夜の冴えまさり白馬の山に星はかがやく
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
風ふかばこぼれむばかり高原のさやけき空に星のきらめく
宣仁親王殿下お歌
まどかなる今宵の空にきら星の砂子と散りて輝きわたる
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
新しき宮居のうへに明の星かがやくみえて年あらたまる
崇仁親王殿下お歌
人工衛星星をぬふごと飛ぶを見し異国の旅をかたりあひぬる
崇仁親王妃百合子殿下お歌
浅間嶺をのぼりゆく夜の大空に銀河は白くかがやきて見ゆ
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
満天にきらめく星を見て思ふイギリスのこと日本のこと
宜仁親王殿下お歌
下山する友を送りて帰る道北穂の肩に星のまたたく
召歌 高木市之助
あか星のかげをふみつつわれはただ世のすべなさを憶良(おくら)にいのる
選者 松村英一
槍が嶺のあかとき寒し星のかげうすれて動く雲海の雲
選者 長谷川銀作
中の島の宿にめざめてあけ早き入江のうへの星をかぞふる
選者 山下秀之助
傾きし星は樹氷のうへにあり果しらぬかもこの橇道は
選者 木俣修二
年かはる(よは)の群星竹の()にかがやきてわがこころ閃く
選者 窪田章一郎
大いなる無数の光ちかぢかとおそれ仰ぐや尾根の群星

選歌(詠進者生年月日順)

岡山県 大西愛
乾燥もあとひと釜と夜をこめて星のあかりに葉煙草をもぐ
福岡県 小柳吉加
冴えざえと北斗は高し抗出でて肺冷ゆるまで深く息吸ふ
神奈川県 土岐勝人
プラネタリウム出でて見()くる()の海の東京の空星を失ふ
熊本県 渡辺アサヱ
故郷にかへり住まむといふ(つま)と秋澄む空の星を仰げり
宮崎県 松本政夫
夜もすがら待ちし鰯は浮かずして暁の星ひかり失せゆく
北海道 高杉喜代己
寒けれど星うつくしとつまのいふわが眼の手術終へし夜ふけに
栃木県 苅部公子
幼き日父と思ひし夕星(ゆふづつ)をかはらぬ位置に見つつ麦踏む
青森県 佐藤やを
大侫武多(おほねぶた)とどろき過ぎし夜の空にはるけく白く天の川澄む
愛媛県 大堀静
大島の古仁屋(こにや)の空の星見つつ吾が衛兵に立ちし日思ほゆ
三重県 清水和子
なづみつつ子が組み終へし風速計星のかがやく夜の庭に立つ
長野県 斎藤永子
秋早き信濃の空の(みんなみ)に大さそり座は傾きてゆく

佳作(詠進者生年月日順)

長野県 山本剛
岩燕声しきりなり白馬岳雲表遠く明の星見ゆ
栃木県 松本興太郎
兵とともに占守(しやむしゆ)をまもる夜々(よひよひ)の北極星はさびしかりにき
長野県 遠山源一郎
給桑に妻を帰してひとり摘む桑のほづえに星見えてきぬ
岐阜県 小木曾友一
植林に暮れて五キロの帰り途木の間に星のかがやくが見ゆ
兵庫県 梶谷銀右衛門
港入り明日となりたり日本の夜空に低く北斗きらめく
大阪府 佐藤豊美
生駒嶺にかがよふ明けの星ひとつ仕事はじむる朝々仰ぐ
三重県 細江吉弘
明けの星またたく丘の西瓜畑受粉たすけむ筆もちてゆく
千葉県 森田正治
埋め立てて遠くなりたる海苔場より帰る舟見ゆ星の明りに
福島県 鈴木直二
暁にかがやく星を朝刊星とよびて吾が子は新聞くばる
愛知県 菅原美智子
機首の向く故国は近し見なれたる星座次第にせりあがり来ぬ
長野県 下平貞夫
雪はれし星の明りに(しみ)豆腐つくるを子等もいでて手伝ふ
群馬県 新井万二
星冴ゆる夜半もつとめし下久保のダムは日ごとに水かさを増す
滋賀県 深井伸治
舟の上に夜明けの銀河低くして離島医療にゆく君とをり
岐阜県 堀喜志郎
母の忌のめぐり来りて仰ぐ空星座は春のうるほひもてり
長野県 北原作英
椎茸の菌打ちし(ほだ)匂ひつつ星暗き夜の庭冷えてくる
京都府 与世田セツ
出航は明日といふ(つま)と歩きをり若狭の海に星かぎりなし
ブラジル国サンパウロ州
(サン)ジョンの祭の炎しづまりて灯風船(バロン)のかげに十字星見ゆ