昭和33年歌会始お題「雲」

御製(天皇陛下のお歌)
高原のをちにそびゆる那須岳に帯にも似たる白雲かかる
皇后陛下御歌
つぎつぎにかたちをかへて白雲のあを空とほくながれゆく見ゆ
皇太子殿下お歌
大空は巻雲ひとつただよへり細かき糸をいく重もひきて
正仁親王殿下お歌
鎌倉山冬の朝明の目路近く雲は融け入る相模の海に
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
凪ぎわたる潮路のはてに白鳥の胸毛に似たる雲の浮く見ゆ
宣仁親王殿下お歌
白雲もわれには近し飛行機のかげをうつして海をとぶ時
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
石狩の広野はてなく濃緑にはれてさやかに雲のかげ落つ
崇仁親王殿下お歌
北雲は連峯の遠に止まりてテヘラン平野天すみわたる
崇仁親王妃百合子殿下お歌
羊にも鳥にも似たりわく雲の形さまざまおもしろくして
召歌 日本学士院会員 牧野英一
大いなりや丹雲のなびき海ばらはしほぢゆたかに夜明けむとして
召歌 尾山篤二郎
そこはかと深き夜空に動きゆく一片の雲を見上げ居りつも
選者 日本芸術院会員 吉井勇
京に住む身を寂しやと思ひゐぬ愛宕(あたご)の山に雲かかるとき
選者 土屋文明
人の煙寒き国土に立ちなづみ光をたもつ天の夕雲
選者 太田みつ
雲に濡るるみ山の杉をそのままに庭木となして人ら住まへる
選者 松村英一
朝の雲ゆふべの雲に親しみてしづかなる老のいのちまもらむ

選歌(詠進者氏名五十音順)

岐阜県 浅井泰一
ありたけの筵いだして籾を干す伊吹の雲の晴れたよき日に
東京都 井上孚麿
この見ゆる雲のはたてに君ありとおもふこころはたのしかりけり
東京都 緒方夏子
嶺こゆる雲の行くへもうら安くけふの一日を夫に従ふ
福井県 片山君子
暖簾外し店守り終へし安らぎよ雲とぶ空を仰ぎつつをり
埼玉県 黒澤宗三郎
機を織る窓を過ぎゆく雲ありてむらさきのかげ白絹にさす
兵庫県 黒住ひとみ
季々の雲の姿を窓に見てアパートの暮しにも満ち足りてをり
東京都 高力幸太郎
鳥海のなだりをのぼる朝雲のつぎつぎ消えて晴れ行かむとす
大阪府 小林紀子
積荷船あまた集へる川口の倉の彼方に雲わきて見ゆ
埼玉県 須永圭司
秩父嶺にくもたなびきて暮れてゆくわが川沿ひの村は美し
石川県 平林登代
赤き雲ひろがるひととき種牡蠣を貨車よりおろす人等もあかし
山口県 藤富恒子
象牙いろの雲かがやきて明けゆくやうたがはず今日も田にはたらかむ
福島県 三浦喜伊知
倒したる檜の上に腰おろし仰ぎ見てをり夕焼の雲
アメリカ合衆国ワシントン州 三原源治
八雲立つ出雲を出でて五十年レニアの雲に湧くわれの胸
京都府 文字美禰
つまりつつ読む子教へてひたすらの窓に明るき春の雲一つ
東京都 矢方俊子
住みなれしわが東京の空なれどうら悲しきは夕焼の雲