昭和23年歌会始お題「春山」

御製(天皇陛下のお歌)
うらうらとかすむ春べになりぬれど山には雪ののこりてさむし
皇后陛下御歌
ふきのたうつむ手やすめて春霞たなびくをちの山をみるかな
皇太后陛下御歌
しまやまの椿の花もさきぬらむふもとの里のはるのあかるさ
雍仁親王殿下お歌
ゆききえぬ山のおくにもをちこちのはひまつつたひうぐひすのなく
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
庭つづきみなれしふじも愛鷹(あしたか)もにはかにとほしかすみかかりて
宣仁親王殿下お歌
山やまにのどけき春の色見せてうき世のほかのかすみたなびく
崇仁親王殿下お歌
やまふかみ雪消(ゆきげ)のみづのはやき瀬をながるる巨木(おほき)いづくへかゆく
崇仁親王妃百合子殿下お歌
ふもと野の梅さきそめてしら雪ののこれるやまもはるめきにけり
召歌 日本芸術院会員 千葉胤明
ひとのよもなごみゆかなむ木枯のすさまじかりしやまも霞めり
召歌 日本芸術院会員 佐佐木信綱
春の日はやはらぎにほふ磐山(いはやま)のこのこごしきもふみさくみ行かむ
選者 日本芸術院会員 齋藤茂吉
春山に入りももどりのこゑ聞けばよみがへり来むこころとぞおもふ
選者 日本芸術院会員 窪田通治
そらわたる日にともなひて照りうつるかすみあまねき信濃やまなみ
選者 従三位吉井勇
春来れば京のやまみな絵のごとし光悦のやま宗達のやま
選者 従三位勲三等 鳥野幸次
雪ぐにのこしのやまやまゆきとけて雲ゐにかすむはるののどけさ
選者 川田順
冬やまも春来て青き山となる世のをはりまでかくのごとけむ

選歌(詠進者氏名五十音順)

東京都 神戸照子
裏山の芽ぶきあかるき中にゐて還り来まさぬ(つま)をおもへり
東京都 高橋珍子
むらさきもあかねも今しもゆらむかはるさめけぶるたまのよこやま
北海道 大場將次郎
土くさき手にうけて飲む春の水斜里(しゃり)の高嶺の雪を匂はす
北海道 山下長四郎
御輦(みくるま)を迎へまつるとこの春は早けしきだつ蝦夷(えぞ)の島山
大阪府 安東庸夫
春山の大野火赤し燃えとよむその火中にも根はいとなめり
神奈川県 山崎小一郎
山葵(わさび)田をあらす猪群(ししむれ)あとたちて天城(あまぎ)の山はすでに春なり
茨城県 牧野貞亮
なにならぬとなりあがたの山なれどかすめる今朝はなつかしくして
愛知県 石川定
田畠にて常に(むか)へる山ながら春うつりゆく色のしたしさ
愛知県 中村秋雄
尾張野(をはりの)四方(よも)に垣なす遠山(とほやま)のかすめる見れば還り来にけり
静岡県 榛葉光子
ほのぼのと心にかよふものあればあかなくはるのやまにむかへる
岐阜県 土屋悦造
うゑこみし檜杉(ひすぎ)の苗にあたたけき雨ありて山はのどかに霞む
岐阜県 森ふゑ子
休み日を桜さく山に子らと来て我が(ひら)きたる畑を見おろす
鳥取県 木下勝子
ほのぼのとひかりあひつつ春山は芽ぶかむとして深き静けさ
和歌山県 野崎義彦
あたらしき光となれる春の山(そま)のひびきは朝よりやまず
愛媛県 石野貞子
春の山ゆきつつ思ふこと多し(はるか)なることも今のうつつも