昭和31年歌会始お題「早春」

御製(天皇陛下のお歌)
たのしげに雉子(きぎす)のあそぶわが庭に朝霜ふりて春なほ寒し
皇后陛下御歌
春あさみ風はさゆれど日だまりにはやももえたり菊の若芽は
皇太子殿下お歌
せせらぎをおほひし氷とけゆきて(いは)ばしる水たぎちそめたり
正仁親王殿下お歌
風いまだつめたき磯の岩むらに青海苔(のり)の香のかそけくにほふ
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
春あさき磯子の海の海苔そだにのりよりうすく霞かかれり
宣仁親王殿下お歌
梅が香のただよふ春にはやなりて身ものびのびとするがたのしさ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
枯山(からやま)のかげの日だまりひそやかに若草もゆる伊豆の初春
崇仁親王殿下お歌
北の旅終へてかへれば我が庭に春の(きざ)しはあらはれてをり
崇仁親王妃百合子殿下お歌
せりの葉をゆりて流るる野川にも春のけはひの日ざしきらめく
召歌 日本芸術院会員 谷崎潤一郎
冬しらぬ国にも春のいろみえてけふかもかすむ沖のはつしま
召歌 日本学士院会員 湯川秀樹
春浅み藪かげの道おほかたはすきとほりつつ消えのこる雪
選者 日本学士院会員 尾上八郎
君が戸をあけむと触るる金物(かなもの)のきよくつめたき初春の朝
選者 日本学士院会員 窪田通治
おもむろに動くしら雲やはらかき光を帯びて春ならむとす
選者 日本学士院会員 吉井勇
春はやき庭の日射しをよろこびて鞍馬(くらま)石置く貴船(きふね)石置く
選者 土屋文明
春早き光あつめて坂のある道をよろこび東京に住む
選者 尾山篤二郎
吹く風はいまだ寒けど朝雲のたなびく空を仰がざらめや

選歌(詠進者氏名五十音順)

兵庫県 犬飼篤子
早春の峠の径は明るくてもろ木の芽吹くにほひただよふ
滋賀県 岩佐榮次郎
ひとつ窓よりさすかげ日日に暖かくなるを楽しく俵編みつぐ
石川県 金崎權理
唐島(からしま)の沖辺にかきのたな組むと岸に竹積む春早くして
北海道 菅野信一
春早きオホーツク海のはて白くまだ流氷はただよひて見ゆ
鹿児島県 小牧靜
むな木組むつち音高く早春のうすらぐもりの(かひ)にひびかふ
アメリカ合衆国カリフォルニア州 竹内美枝
早春の庭のつばきに向ひつつ帰化せんとする心寂しむ
山梨県 田野口清
甲斐の空春きたるらむ動く雲動かぬ雲も光ふふめり
福井県 土肥清藏
青みだつ島の麦畑向きかふる船の窓より近よるが見ゆ
静岡県 萩田盛亮
山やきの火みちを伐りて村人らはやくも春の行事につどふ
兵庫県 藤原象二
巣箱いでて遠くはとばぬみつばちの羽根きらめけり浅き春日に
愛媛県 松岡多喜男
早春の光みなぎる野にいでて芽ぶきし桑のわら解きはなつ
東京都 松村らく
うらうらと日はさしそへど武蔵野のけやきの林いまだ芽ぶかず
岡山県 三宅眞平
毛がりせしアンゴラうさぎさぐりみつついまだ寒けき春とぞおもふ
インド国マドラス州 村越文彦
椰子が囲む田に冬稲は黄ばみたり梅ふふむころか遠きみちのく
北海道 山口昭三
とどろきて氷の裂くるみづうみの空を覆ひてゴメ渡りきぬ