昭和天皇記念館・宮内公文書館共催展示「摂政宮と関東大震災-宮内庁の記録から-」について(終了しました)

宮内公文書館は,昭和天皇記念館と共催で特別展を開催しました。本展は,平成25年12月1日(日)をもって終了いたしました。会期中には多くの方々にご観覧をいただきました。ここに,厚く御礼を申し上げます。

1. 展示会名

摂政宮と関東大震災-宮内庁の記録から-

2.主催

昭和天皇記念館・宮内庁宮内公文書館

3. 会期

平成25年9月1日(日)~12月1日(日)

4. 会場

昭和天皇記念館

〒190-0014 東京都立川市緑町3173番地 国営昭和記念公園 花みどり文化センター内

5. 概要

本展では,主に関東大震災発生後の摂政宮(のちの昭和天皇)のご動静を宮内公文書館に伝わる記録から紐解きました。また,皇室の方々の思召を(たい)して震災対策に奔走した宮内省職員の姿も取りあげました。

大正12年(1923)9月1日に神奈川県相模湾北西部で発生した大地震は,火災・津波被害などを引き起こし,死者・行方不明者数が10万5千人を超える日本史上最大規模の災害となりました。当時,摂政のお立場にあった皇太子裕仁親王は,のちに関東大震災と称されるこの大震災にご静養中の大正天皇に代わって対応されています。

発災後,摂政宮は宮城(皇居)から赤坂離宮広芝御茶屋へ避難され,翌日には余震が続く中,山本権兵衛内閣の親任式に臨まれました。また,東京府・神奈川県の被災地へ行啓されて悲惨な被害の実態をご自分の目で視察されています。皇太子が,直接被災地を見舞われるのは当時にあっては異例なことでした。以後も摂政宮は,復興へ向けて震災対応に尽力されました。

本展の開始日である9月1日は,関東大震災の発災からちょうど90年目に当たる日でした。わが国が,東日本大震災からの復興に向けて取り組んでいる今日,本展が過去の災害からの教訓を再確認する機会となり,貴重な記録を未来へ継承するための一助となればと考え,展示会を開催した次第です。

6. 主な展示資料
赤坂離宮写真
(1)赤坂離宮写真
(陸軍飛行第五大隊撮影「関東大震災写真集」から)
当時摂政宮のご滞在先であった赤坂離宮の震災直後の写真。摂政宮は,安全のため9月7日まで広芝御茶屋に避難されていた。

大正天皇実録
(2)「大正天皇実録(図書寮編修課)」
宮内省で編纂された大正天皇の御一代記。
本文全85冊のうち,巻81に大正12年9月の記事があり,発災以後の摂政宮のご動静も叙述されている

会計雑録
(3)災害費1,150万円計上に関する摂政宮への伺書
(大臣官房文書課「会計雑録」2から)
9月3日,1,150万円を罹災者救済のために災害費として計上することが決定された。
写真は,牧野伸顕宮内大臣から摂政宮へ呈された伺書

恩賜金伝達式の写真
(4)恩賜金伝達式の写真
(大臣官房庶務課「恩賜録」(追加の部)から)
9月3日,罹災者救恤のため,内帑金(ないどきん)1,000万円が,摂政宮を通じて内閣総理大臣山本権兵衛へ下賜された。
写真は,東京府で行われた恩賜金の伝達式の模様を撮影したもの。

東宮職 日誌
(5)東宮職 日誌
9月15日,摂政宮が,被害状況ご視察のため東京・上野へ行啓された。
ご乗馬によるご視察当日の具体的なご動静が記載されている。

摂政宮被災地ご視察
(6)摂政宮被災地ご視察(東京都復興記念館所蔵)
被災地を視察された際の御写真。9月15日,上野公園などを視察された後,同月18日に下町方面,10月10日に横浜・横須賀市を視察されている。明治期以来,災害が起きると天皇が勅使を差遣され,その勅使からの報告により被災地の様子を把握されることは,しばしば行われていたが,皇后や皇太子が,直接現地にお出ましになったことは,画期的な出来事であった。

貞明皇后御写真
(7)貞明皇后御写真
(大臣官房庶務課「震災録」から)
 9月29日,上野の罹災者をお見舞いになる貞明皇后。

東宮御婚儀祝典記念絵葉書・切手図案東宮御婚儀祝典記念絵葉書・切手図案
(8)東宮御婚儀祝典記念絵葉書・切手図案
(大臣官房庶務課「東宮御婚儀録」1から)
 摂政宮は,大正12年11月下旬に良子女王(のちの香淳皇后)と結婚されることが予定されていたが,9月15日に被災地を視察されると,その翌日,宮内大臣牧野伸顕を召され,「余の結婚も今秋挙行に決定したるも之を進行するに忍びず,故に延期したしと思ふ」とお述べになった。これにより,ご婚儀は,延期されることになった。
写真は,逓信省で作成されたものの発行中止となった東宮御婚儀祝典記念絵葉書・切手の図案。

宮内省巡回救療班の集合写真
(9)宮内省巡回救療班の集合写真
(大臣官房庶務課「震災録」から)
 宮内省は,被災地を巡り,診察・治療を施すことを目的とした巡回救療班を組織した。
巡回救療班は,小児・婦人の罹災者を心配される貞明皇后の思召から組織された。
上は,巡回救療班の集合写真。

御歌所「歌会始詠進懐紙」
(10)御歌所「歌会始詠進懐紙」
 大正13年の歌会始で詠進された掌侍菅原光子の懐紙。
「おそろしきゆめは昨日に消えはてゝ御代のどかなるとしはかへりぬ」。
この年の題は「新年言志」で,新年にあたっての感想を和歌に詠じることが求められた。
本懐紙では,「御代のどかなる」と詠じることで復興に向かいつつある様子をあらわしている。

帝都復興完成式典における勅語案
(11)帝都復興完成式典における勅語案
(大臣官房庶務課「幸啓録」4,昭和5年から)
 昭和5年3月26日に宮城外苑において行われた,帝都復興完成式典に昭和天皇が臨御された際の勅語案。
復興式典は,内務省と東京府及び東京市が主催した。震災から約6年半が経過してのことである。
天皇は,復興式典に先立って,24日に復興のご様子を視察されるため,府立工芸学校(現:東京都立工芸高等学校)や上野公園などを巡幸された。
7. 講演会・ギャラリートーク

下記の講演会・ギャラリートークを会期中に開催しました。
多くの方にご参加いただき,ありがとうございました。

講演会

演題宮内庁の記録にみる関東大震災
講演者宮間 純一(宮内公文書館研究員)
日時9月29日(日) 14:00~15:30
会場国営昭和記念公園 花みどり文化センター内講義室

ギャラリートーク

内容 宮内公文書館の展示担当者による展示解説。
日時 9月1日(日),10月6日(日),11月24日(日)
3日とも13時~13時30分,15時~15時30分の2回。
会場 昭和天皇記念館展示室
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