トルコ
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オスマン・アシュクン・バク青年スポーツ大臣、
ネジメッディン・ビラル・エルドアン世界エスノスポーツ連盟会長、
セルダル・チャム文化観光副大臣、ご列席の皆様日本とトルコ共和国が外交関係を樹立してから100年を迎えた本年、トルコ共和国政府からご招待をいただき、妻と共に貴国を訪問できましたことは、私たちにとりまして大きな喜びであります。そして、本日の「日本トルコ外交関係樹立100周年記念式典」を皆様と共に、このように盛大にお祝いできますことを誠に嬉しく思います。
日本とトルコは、地理的にアジア大陸の両端に位置していますが、11世紀に書かれた『テュルク語集成』内の世界地図には、「JABARGA」という名の島が描かれており、それが日本のことだと考えられています。もし、この島が本当に日本であるならば、トルコにおける日本の最初の記録であろうかと思います。
さて、近代における日本とトルコとの友好関係は、日本が明治時代を迎え、対外関係が活発になった時期に始まりました。1887年には、小松宮彰仁親王同妃がオスマン帝国の首都であった当地イスタンブールを訪れ、スルタンのアブデュル・ハミト2世に謁見するなどの厚遇を得ました。その報告を受けた明治天皇は、お礼にアブデュル・ハミト2世に親書とともに漆器などの品々を贈ったことが記録に残っています。その後1890年には、小松宮同妃のオスマン帝国訪問と明治天皇からの贈り物に対する答礼として特使が派遣されました。その時に贈られた刺繍は今でも保存されています。そして、特使の一行を乗せ、贈呈品を運んで来たのがエルトゥールル号でした。
エルトゥールル号は帰路に遭難し、その特使であった艦長のオスマン・パシャはじめ多くのトルコ軍人が犠牲になった悲劇でありました。しかし、その際の日本側の懸命の救出援護活動は、日本とトルコ両国の交流の原点になったと言えます。そして、新生トルコ共和国が成立すると、直ちに両国間の外交関係が開設されました。本年はその時から数えて100年に当たりますが、両国の間には、このように、互いの交流の長い歴史が刻まれていることを忘れてはなりません。
日本とトルコは、一般的な交流にとどまらず、トルコ語の諺である「雨天の友」のように、困難な時に助け合う歴史を重ねてきました。エルトゥールル号遭難時に、和歌山県の大島村村民が救出にあたったことや、イラン・イラク戦争の際に、トルコ政府がテヘランの在留邦人救出のためにトルコ航空機を派遣してくださった事案は、互いの国に対する深い友情を示す証左と言えましょう。
さらに、両国は、地震が多発する国同士として助け合ってきました。
昨年トルコで発生した南東部地震をはじめとした地震に際し、日本から国際緊急援助隊やNGO関係者が現地に駆けつけました。いっぽう、2011年に東日本大震災が発生した際には、トルコからの緊急援助隊が、3週間という諸外国チームの中で最も長期にわたり救助にあたってくださいました。このような、両国の「絆」を象徴する出来事が、次の100年に向かっても語り継がれていくことを願っております。
経済協力の面では、こちらイスタンブールにおいて、ボスポラス海峡第二大橋、アジアと欧州を結ぶボスポラス海峡横断地下鉄道「マルマライ」、バシャクシェヒル松と桜都市病院の建設や運営などが、両国の技術と努力によって実現しました。
また、教育や研究の面に目を向けますと、トルコが中東諸国の中で最も多くの日本語学習者を数えることからもわかるように、日本に対する関心は極めて高く、日本研究も進んでいると伺っております。
そして、考古学の分野においては、三笠宮崇仁親王殿下の鍬入れで始まったカマン郡に所在するカマン・カレホユック遺跡の発掘調査が、40年近くにわたって継続しています。
1998年には、日本の中近東文化センターの附属機関として、アナトリア考古学研究所が設立されました。そして現在、その後に竣工された研究所では、日本とトルコ、そして各国から訪れる研究者が協力して、調査・研究が進んでおります。
このように、日本とトルコとの友好関係は、多岐にわたる分野での協力と交流を通じて、深く強固なものとなっておりますが、この両国の関係は、厚い信頼によって築かれたものと申せましょう。
最後になりますが、本日のトルコの民族舞踊と日本の和太鼓の公演、そして両国の共演は、日本・トルコ外交関係樹立100周年記念事業の最後を飾る意義深い催しです。ご列席の皆様と共に、公演を楽しみたく思います。そして、両国の繋がりが、本年を里程標として、未来へ向けて今以上に強くなり、深化することを心より祈念し、私の挨拶といたします。
秋篠宮皇嗣同妃両殿下のご印象
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日本とトルコ共和国の外交関係樹立から100年を迎えた年にあたり、トルコ共和国政府からお招きをいただき、同国を訪問できましたことは、私たちにとり大きな喜びであり、深く感謝しております。
今回の訪問においては、文仁がエルドアン大統領閣下を、紀子が令夫人を表敬いたしました。そして、大統領府において催して下さった晩餐会では、大統領閣下ご夫妻と親しくお話しをする機会をいただきました。また、晩餐会の間は、国立トルコ古典音楽楽団と国立トルコ系音楽楽団による演奏が行われましたが、その中には、日本の音楽を交えて下さるなど、温かいご配慮をいただきました。
両国の100周年を記念する式典とそれに伴う公演は、この記念すべき年のしめくくりともいえるものだったといえましょう。式典では、両国の関係史、たとえば、エルトゥールル号の遭難、高松宮宣仁親王殿下とムスタファ・ケマル大統領の写真、両国の文化交流、震災時の助け合いや日土のODAを含む経済協力のことなども映像で紹介されました。その後に行われたトルコの国立民族舞踊団によるトルコの音楽と舞踊と日本の和太鼓グループ「彩」の太鼓演奏、さらに両楽団による共演が行われました。これらの演奏、とくに両国の共演からは、現在の日本とトルコとの良好な関係、そして、これからも引き続き両国の関係が深いものであるよう祈念することを表現していると感じました。
本年が両国の100周年ということから、今次訪問は2つの国に関係することが中心となりました。以下に列挙いたします。
はじめに供花を行ったアタテュルク廟には、博物館が併設されていますが、そこには高松宮宣仁親王同妃が1931年にトルコを訪問されたときの写真(写真は殿下のみ)とムスタファ・ケマル大統領へ贈呈した刀が展示されていました。私(文仁)は、高松宮同妃両殿下からトルコの話を伺った記憶はありませんが、随行者によって書かれた書籍には、トルコで大変歓迎されたことが記されています。アタテュルク廟から程近いアンカラ大学では、日本語・日本文学専攻の学生さんたちのパフォーマンスと、囲碁や将棋、漫画、書道など、日本の文化についてのサークル活動のプレゼンテーションを見学する機会を得ました。この見学を通して、若い世代の人たちが日本の文化に深い関心を寄せてくれていることを改めて認識いたしました。
日本と関わってきたトルコの方たちとも懇談をする機会を得ました。その中には、イラン・イラク戦争の時に、多数の邦人を救出してくださったトルコ航空の乗組員の方、東日本大震災の時に緊急援助隊長として現地で約3週間にわたって活動をして下さった方、日本とトルコとの友好促進に多様な形で尽力している土日 基金の方、大学等で日本語や日本の文化について講じている方、外交官(大使)として日本に駐在をした方、さまざまな立場で多くの方々が両国の親善に関わって下さっていることに感じ入りました。
それとともに、トルコに在住している邦人の方たちとお話をしたことも印象に残っています。企業の現地法人の方たちからは各企業の業務内容やトルコの印象について、教育関係の方たちからはトルコの学生が日本語と日本の文化に興味を持った動機や日本人学校の児童・生徒の様子などについて、JICAの事務所長他からは防災支援協力について、そして現地に根を下ろして活躍している方たちの様子を、短時間ではありましたが、伺うよい機会になりました。
帰国直前になりましたが、カマン郡のカマン・カレホユック遺跡の発掘調査現場と(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所、カマン・カレホユック考古学博物館、そして三笠宮記念庭園を訪れることができたことも幸いでした。カマン・カレホユック遺跡は、1986年に三笠宮崇仁親王殿下の鍬入れによって発掘調査が開始され、40年近くにわたって継続されている場所です。近年ではヒッタイト時代よりさらに遡る鉄の製造が行われていた痕跡が出てきたことで知られています。三笠宮殿下は、その最初期に発掘調査を継続して行うことと開かれた研究の場所であることを願われたそうです。現在、日本とトルコの調査・研究者を始め各国からの研究者が毎年6月から9月にかけて作業を行い、考古学研究所で議論を深めていることは、次世代の両国関係に繋がるものであると思いました。これら、日本とトルコに関わる行事や場所の他、オスマン帝国とそれ以前のビザンツ帝国時代からの遺産に触れる機会をもつことができました。ビザンツ帝国時代にキリスト教の大聖堂として建築され、15世紀にイスラム教のモスクとなったアヤ・ソフィアや、15世紀中頃から400年近くオスマン帝国のスルタンの居城であり行政の中心的な場所であったトプカプ宮殿、世界でも類を見ない6本のミナレットを有するスルタンアフメト・モスク(通称ブルーモスク)は、建築様式や建造物内のタイルやモザイク、展示品など、どれも興味深いものでした。
また、海軍博物館では、さまざまなガレー船とともにエルトゥールル号の展示があり、改めて両国の関係の端緒に思いを致しましたし、現代美術館においてはこのたびの100周年を記念する特別展示で塩田千春さんの作品を見学するとともに、限られた作品ではありましたがトルコの現代アートを堪能する機会をもつことができました。
再訪する機会があれば、これらの場所一つひとつをゆっくりと見学してみたい気持ちになりました。今回は4泊の滞在でしたが、その間に、首都のアンカラとかつての都でありトルコで最大の都市であるイスタンブール、そしてカマンを訪れ、日本との
縁 を感じることができる一時を過ごすことができました。それとともに、「文明の十字路」といわれるトルコに少しばかり触れることができたように思います。そのような滞在中、さまざまな立場で両国関係に尽力している方たちとも交流をすることができ、私たちにとって有意義な旅となりました。今次訪問にあたっては、大統領閣下ご夫妻ならびに政府関係者から大変ご丁寧にお迎えいただくとともに、行く先々で多くの人たちに温かく迎えていただいたことは有り難いことでした。私たちの訪問に際し、力を尽くしてくださり、心を寄せてくださった多くの方々に感謝の意を表します。この100周年を里程標として、日本とトルコ共和国との友好親善関係がさらに深まることを心から祈念しております。