会見年月日:平成8年12月6日
会見場所:東宮御所
今年は,1月に阪神・淡路大震災から一周年の追悼式典に出席いたしました。その折に,ご遺族の方とも何人かと言葉を交わす機会がございまして,ご遺族の方々が一年間耐えてこられた深い悲しみというものに接しまして,強く心を動かされました。また,その時に,神戸市の復興の様子を一部見せていただきましたけれども,被災者の皆さん方が力を合わせて重く押しかぶさってきた困難に立ち向かい,そして,街を復興させようとしておられる力強さと,そしてまた,昨年訪れました時には見られなかった,明るい笑顔というものに接することができましたことが印象的でございました。
その後,国内では,真冬の北海道でのトンネルの崩落事故ですとか,それから,夏以降全国的に発生いたしました病原性大腸菌による被害など,痛ましい出来事もいくつかございました。その外にも,いわゆる薬害エイズ問題ですとか,沖縄の基地問題ですとか,重い課題の多い一年であったのではないかと思っています。
また,最近,凶悪な事件が増えたり,それから,未成年を巻き込むような様々な犯罪というものが増えているような気がいたしまして,そういうようなことも気にかかっております。
世界に目を向けますと,最近,アフリカのザイール東部で戦闘が始まり,これによってルワンダからの難民の人たちが新たな困難に直面したり,また,他の地域でも長いことなかなか人々の生活に平和と安らぎというものが戻らないところがございまして,そういう状況にも胸が痛みます。
一方で,夏にはアトランタでオリンピックが開催されましたけれども,この大会は,ボランティアの熱心な活動によって支えられた大会であったというふうに聞くことが多く,このことが印象に残りました。そして,このオリンピックの後に,身体に障害を有する方たちのためのパラリンピックの大会も開かれましたけれども,ここで,日本選手の素晴らしい活躍があったと聞いてうれしく思うとともに,今後さらに,協力の輪が広がっていくことを願っております。
私の公務の関係でいくつか申しますと,10月に全国身体障害者スポーツ大会のために広島を訪れましたけれども,そしてこの大会は,いつも参加する選手の皆さんの熱心な姿と,それから,ボランティアや地元の方々の温かい協力というものがとても良い雰囲気の大会だと思いますけれども,このために広島を訪れました折に,平和記念資料館を訪れる機会がございまして,ここで原爆の被害の悲惨さというものを改めて目の当たりにいたしまして深い悲しみを覚え,そしてこのような惨事は,世界のどこであっても決して二度とは繰り返されてはならないものだという思いを新たにいたしました。11月には,長崎県の島原地区を訪れる機会がございましたけれども,6年ほど前の雲仙普賢岳の噴火活動が始まって以来,大きな被害の出たこの地域にも噴火活動の終息が宣言されたということで,人々にも笑顔が戻り,そして復興が力強く進められていることに深い感慨を覚えました。そして,同じ時に長崎では国際熱帯医学マラリア学会に出席いたしまして,現在,熱帯地域で猛威を振るっている熱帯病,そして世界の多くの人々がそれによって犠牲になっているという深刻な事態について考えさせられますとともに,そういった困難な病気の蔓延を克服していくために研究を重ねておいでになる国の内外の研究者の努力と熱意というものに感銘を受けました。
今年は,公務で地方を訪れる機会が9回ほどございましたけれども,その時々,いつも地元の皆さんがとても温かく迎えてくざさることを大変有り難く思っております。公務の関係で,他にもいくつか印象に残ったことがございますけれども,これ以上お話ししていますと,制限時間が一杯ということになってしまいそうですので,これぐらいにいたします。
これからの一年についてというご質問がございましたね。これからの一年につきましては,世の中が良い世の中であるということを願って,そして世の中の様々なことに心を寄せていきながら,そして自分の立場で何かお役に立てることがあるのであれば,力を尽くしていきたいというふうに考えております。また,皇太子殿下とご一緒に日々の生活を明るく,そして生き生きと過ごしていくことができたらというふうに思っています。
そのような難しいご質問に,戸惑いを覚えます。
最初のご質問のメデイアの関係でございますけれども,今年は確かに海外のメディアでいくつかの記事が掲載されたりいたしまして,それが欧米の複数の国においてでございましたので,私自身少し驚いている,というところもございますけれども,私自身が思いますには,これは日本の社会,特に近年国際的にも存在感が大きくなって,そして社会そのものがいろいろと変わりつつある日本の社会に対しての高い関心というものが,欧米の各国で寄せられているということの反映なのではないかというふうに思っております。
記事そのものにつきましては,私の分からない言語で書かれているものもあるわけでございますから,すべての内容を承知しているわけではありませんけれども,日本の社会ですとかそれから皇室,それから宮内庁の在り方,そして私自身について様々な考え方が示されていて,一部は考える材料を与えてくれるものもあるのでございますけれども,全体として見ますと,どうもある一つの側面なり一つのテーマというものを強調し過ぎるあまり,何か少し事実にはないようなことを事例として挙げていたり,それからまた極端な結論というものを導いたりしているような例が見られるような気がいたします。中に例えば「私の姿を見られるのは,列車や車に乗る時だけになってしまった」ですとか,それから「公の場にはほとんど姿を見せない」といったものもあったようですけれども,本当にそうでしようか。そういうのを少し極端にすぎないでしょうか,という感じがいたします。それからまたもう一つ,私が鬱(うつ)状態にあるんではないかというような書き方をしているところもあるようなんですけれども,今,脳内モルヒネとかというものがちょっと話題になっているようですけれども,そんなものも私の場合,それなりに出ているのか鬱(うつ)状態とかそういうことは全くありませんので,どうぞそういう心配はしていただかないようにというふうに思います。
一方で,週刊誌など国内のメディアについてはそれではどうかというふうに見ますと,中には公平な目で見て論じてくださっている記事も時折目にいたしますけれども,よく見かけますのは,皇室なり宮内庁なり私なりに対して一定の先入観を持って,あるいは事実に基づかない憶測というものを中心として議論を進めているもの,そしてまたさらに,その上にとてもセンセーショナルな見出しが付けられたりしていることがよくございますので,そういったことで,国民の中に皇室ですとか皇族といったものに対して誤解が生じたり,間違ったイメージというものが広がっていかなければ良いけれどというふうに思っています。やはり,正確で,そして個人を尊重した公平な報道というものがなされることを希望しています。もちろん,国民と共にあり,そして国民と共に歩んでいく皇室というものが大切でございますので,そのためには常に国民の皆さんがその時々でどのようなことを皇室に期待し,また,どのようなことを望んでいるのかということを常に念頭に置いていかなければいけないと思いますし,そのために,そういう観点から謙虚にいろいろなことについて自ら振り返るということを大切にしていきたいと思っております。
そして,私が皇室に入って変わったかどうか,それから戸惑うことがあるかどうかということにつきましては,皆様,よほど私が戸惑っているのではないかと心配してくださっているようなんですけれども,多分,今のいろいろなことが多様化してきている日本の社会においては,女性の在り方とか,女性の役割といったものについても様々な考え方があると思います。そのような中で,伝統的な皇太子妃の在り方というものと,それから自分らしさというものを,どのように調和なり,バランスの良い接点というものを見いだしていくかということについては,その時々で苦心もいたしますけれども,私がとても現代的なのか,もしくは保守的なのかということは,二つに一つということなどではなくて,多分,私の中には多くの人にとってそうであると思いますけれども,伝統的な部分とそれから新しい部分と両方があって,そしてその時々でどちらの様子をどのようにいかしていくかということなのではないかと思っています。ですから,古いものでも良いものは大切にしながら,そして新しい時代の要請というものも考慮に入れていくことが大切なのではないかというふうに考えています。
始めの,出会いということについてでございますけれども,確かに皇室に入りましてからずいぶん多くの方とお会いする機会がございました。そして以前の生活ではお会いすることのあまりなかったような分野に携わっておられる方々ともずいぶん多くお会いいたしますし,多岐にわたる分野の方とお会いする機会があるような気がいたします。例えば一つの例でございますけれども,文化勲章ですとか,それから芸術院賞,学士院賞の受賞者など,文化や学問の分野で優れた功績をつくられた方々に皇居でお会いしてお話しをさせていただく機会もいただいたり,また一方では,国内の各地方でそれぞれの活動に,例えば農業の後継者として励んでおられたり,それから様々な施設で福祉のお仕事に地道に取り組んでおられたり,または,その奉仕活動をしておられたりといったような方たちにもお会いする機会がございます。そして,結婚して初めのうちは,自分のあまり知らない分野の方とお会いする時には,いったいどういうお話をしたら良いのかしらと思って少し心配に思う時もありましたけれども,最近はおかげさまで,そういう方からその方の分野のお話しなりを伺うことを楽しみにするような余裕も出てきたような気がいたします。そういえば,結婚して初めて両陛下がお催しになる園遊会というものがございますけれども,初めて秋の園遊会に出席をさせていただいた時には,各界の著名な方とお会いするということで,ずいぶんと緊張したのを記憶しています。
特に心に残っている情景といたしましては,昨年の2月,3月に大震災の被災地域を訪れましたが,その折に,生活のほとんどすべてを破壊されて,中にはご家族や友人を失われた被災者の方たちというのが大勢いらっしゃいましたけれども,そういう方たちが皆さんで力を合わせてその困難に立ち向かって前向きに生きていこうとしておられる姿ですとか,それからその時にもボランティアを含め多くの方がそういった被災者の方たちを励まして,そして支援していこうとしておられるそういう善意と,献身的な姿というものに触れたことがとても深く心に残りました。同じように,今年,島原地区を訪れました折には,噴火活動の終息宣言が出まして以来,復興の取組が進む中で,その5年半前の噴火によって家族を失われたご遺族の方たちが,悲しみというものを乗り越えていこうとされている姿ですとか,それとともに,噴火によって一時は農業が壊滅的になったということなのでございますけれども,それを新しい形で再開させて,そして軌道に乗せようとしていらっしゃる方たちの明るく,そして希望を持って励んでいらっしゃる姿というものに,その時はとても島原の海が青くて美しかったのですけれども,そういった美しい海を背景に,とても強く印象に残っています。
それとあとは,2年ほど前に中東の国々を訪れましたけれども,この地域は日本と気候,風土,歴史,文化など様々なことが違う地域で,私にとっても初めて訪れる国々でございましたが,とても思い出深い滞在をさせていただきました。向こうで,各国の元首の方ですとか,それから王族の方々とお会いして,とても温かいお心のこもったおもてなしをいただきまして,本当に有り難いことと思いましたし,それからアラブ諸国固有の文化というものに触れることができまして,とても学ぶことが多くございました。
それと,日本の方に,国賓ですとか公賓ですとかそういった形でご訪問になられた外国のお客様にもお目にかからせていただいておりますけれども,そういう方の中にもとても印象深い方たちがいらっしゃいました。
それから,友人との交流でございましたか,結婚前からの友人との交流につきましては,殿下からいつもお心遣いをいただいて,学校時代の友人ですとか,それから仕事をしていたころの友人ですとか,公務の忙しくない時期が中心になりますけれども,時折,こちらに訪ねて来てもらいまして,一緒に楽しく時を過ごすということが時々ございますので,私にとっても楽しみの一つになっています。それと,アメリカですとかイギリスで勉強しておりましたころの友人は,ほとんどが今,外国におりますけれども,そういう友人とは折に触れて連絡を取り合うようにしております。最近,アメリカの高校時代のクラスメイトから,今度卒業してちょうど15年になるということで,その同窓会への案内状というものをもらいまして,出席することは難しいのですけれども,とても心温まる思いがいたしました。
あとは,日常生活の場においてというご質問だったと思うのですけれども,日常の生活では,皇太子殿下には何事についても,なるべくよくご相談をするようにということを心掛けております。そして,殿下にはご自身のご研究とかご関心というのもおありでいらっしゃいますので,そういうものも大切にしていただきながら,同時に,二人で一緒になるべく広くいろいろなことについて話し合ったり,それから共通の趣味ですとか楽しみといったものを見いだして,過ごしているように思います。それから,殿下のご趣味の中では,殿下はジョギングをなさりますけれども,これだけは残念ながら私は今のところご一緒しておりませんけれども,最近は自転車でお供をさせていただくことなどもございます。あとは,以前にもお話ししたかもしれませんけれども,思いやりの気持ちを大切にして,そしてユーモアを忘れず,明るく過ごしていかれるようにというふうに思っております。
初めてこんなに話したのはというか,こんなに話したのは初めてなので,とても喉がからからになりまして,こういうものなのかしらと思いました。今までは殿下がお隣にいらしたので,何かあったらお伺いできるし,何となくそういう安心感があったのですけれども。そういう意味では,少し緊張してまいりましたけれども。