<標題>
日本周辺の沿岸にごく普通に生息する2種のハゼのDNAによる系統関係が形態的な特徴による分類と著しく異なる例を発見」
論文のタイトル:「Evolution of Pacific Ocean and the Sea of Japan populations of the gobiid species, Pterogobius elapoides and Pterogobius zonoleucus, based on molecular and morphological analysis(DNA分子と形態の解析に基づくハゼ科魚類,キヌバリとチャガラの太平洋側および日本海側の地域集団の進化)」(英文論文)
掲載雑誌:GENE (An International Journal of Functional and Evolutionary Genomes), Elsevier, Amsterdam, The Netherlands. (「ジーン」,遺伝子・ゲノム・進化の国際学術雑誌,エルセヴィア出版社,オランダ・アムステルダム),Vol.427(1-2):7-18
出版日:2008年12月31日
<論文に関する大まかな内容>
このたび天皇陛下は,日本周辺に生息する2種類のハゼ,キヌバリとチャガラの系統および比較形態に関する論文を,秋篠宮殿下,国立遺伝学研究所の五條堀孝教授,統計数理研究所の長谷川政美名誉教授,京都大学の中坊徹次教授を始めとする共同研究者によりオランダ発行の国際遺伝学雑誌「GENE(ジーン)」に発表された。
この論文は,平成12年に発表された「ハゼの進化のDNAと形態による比較研究」に引き続いて,DNAと形態両面からハゼ類の系統関係を調べ,その結果をまとめられたものであるが,ハゼ類全体を対象としたのではなく,キヌバリとチャガラの2種類のみについて,その地理的(日本海側と太平洋側)な変異を調査したものである。
キヌバリの太平洋側と日本海側の地域集団で体側の横帯の数や太さに形態的な相違があることについては,古く1901年にJordan and Snyderによって,種の違いとして記載された。しかし,その後の研究者によって両種の間には形態的相違があることは認められつつも,今日まで同一種として扱われてきた。これに対してチャガラの両地域集団は,明確な形態的差違が認識されていなかった。以前からキヌバリの形態的相違に関心を抱いておられた陛下は,DNAの分析を含めた方法でこの問題を研究することをお考えになっており,陛下を中心に,秋篠宮殿下,国立遺伝学研究所の五條堀孝教授,統計数理研究所の長谷川政美名誉教授,京都大学の中坊徹次教授と甲斐嘉晃助教,ならびに皇居内生物学研究所の職員らが参加し,キヌバリとチャガラの太平洋側集団と日本海側集団の形態的,遺伝的な差異を調べる研究が開始された。
そこで,日本各地の23地点からキヌバリとチャガラをそれぞれ5個体づつ採集し,ミトコンドリアDNAを抽出して,その中のチトクロームbとND2という2つの遺伝子の塩基配列を決定し,それに基づいて系統樹を作成した。その結果,興味深いことに,形態に差が認識されていなかったチャガラが,太平洋側と日本海側の共通祖先から先ず分岐したことがわかった。そして,さらに驚くべきことに,日本海側のチャガラからキヌバリの共通祖先が分岐し,次にそれらから太平洋側と日本海側のキヌバリが分岐したことが明らかになった。
このDNA分析による結論を受けて,これら2種のハゼで分析サンプルとして用いた個体の形態をさらに詳細に検討した。その結果,キヌバリでは体側の色彩以外の形質で,太平洋側と日本海側の地域集団間で有意に形態の違いが存在することが示された。また,チャガラでは今回初めて体側の色彩の変異や両地域集団間の形態の違いが存在する可能性が示された。このような主に日本周辺に生息する2種のハゼの新しい系統関係は,日本海の成立という地史や関係する海流の方向性や水温との関連についても,この論文中で興味深く議論されている。
著者: 明仁・秋篠宮文仁(1, 2)
・池田祐二(
3)
・藍澤正宏(
3)
・牧野能士(
4, 9)
・梅原由美(
4)
・甲斐嘉晃(
5)
・西本由利子(
1, 6)
・長谷川正美(
1,4,7)
・中坊徹次(
8)
・五條堀孝(
1,4)