天皇陛下お誕生日に際し(平成10年)

天皇陛下の記者会見

会見年月日:平成10年12月18日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇陛下
記者会見をなさる天皇陛下
(写真:宮内庁)

宮内記者会代表質問

問1 戦後最悪と言われる不況下での国民の暮らしを,どのように御覧になったかを含め,この一年,公私を通じて心を痛められたこと,喜ばしく思われたこと,何か思いを深められたことなどがございましたらお聞かせください。
天皇陛下

今年は経済情勢が厳しくなり,また,失業率も高まり,国民の生活が案じられます。来年はこの状況が少しでも良い方向に向かうことを念願しています。今年は,8月末に福島県,栃木県などで集中豪雨による大きな災害があり,その後,台風が相次いで襲来し,多くの人命が失われ大きな被害を与えました。今年一年間で100人以上の命が失われ心を痛めています。ただ以前の災害の経験をいかし,被害を少なくすることができたということや,各地から訪れた人々が復旧に協力していることなどの話を聞き,心強い思いもしました。日本の自然は厳しく,以前はほとんど毎年ほぼ150人以上の人々が自然災害によって亡くなっていました。日本が豊かになってきましたが,毎年このような災害で人々の命が失われていることは誠に残念なことです。ただ最近,自然災害による被害で100人を割る死者が生じる年もあるようになりました。このことは,治山治水が進み,また,危険性に関する情報の速やかな伝達が行われることと関連していると考えられ,この傾向が更に続くことを願っています。自然状況が厳しいということを国民皆が認識し,お互いに気を付け,協力し合って,少しでもこのような災害が少なくなることを願っています。

阪神・淡路大震災から三年以上がたち,復興は進んでいると聞いていますが,まだ,仮設住宅に入居している人もかなりの数に上り,冬を迎えて,特に高齢の人々のことが案じられます。5年前,200人近くの人々が亡くなった奥尻島では,島民や関係者が災害に強い島を目指して努力し,今年,復興宣言が出されたことは喜ばしいことです。今年はこのような集中豪雨や台風による災害と,低温や日照不足によって農業に携わる人々の苦労も多かったことと察しています。

長野オリンピック冬季競技大会は多くの日本人に明るい気持ちを与えたことと思います。日本選手の活躍と長野県民を始めとして多くの人々の協力の下で,この大会が立派に支えられたことを名誉総裁として深く感謝しています。また,一校一国運動などの行事も世界の国々を理解し友好を深める意味で意義深い行事であったと思います。引き続いて行われたパラリンピック冬季競技大会も国民の関心を集め,多くの人々の協力の下,日本選手が活躍する盛んな大会になったことをうれしく思っています。私は34年前,東京オリンピック大会の後で行われた国際身体障害者スポーツ大会の名誉総裁を務めましたが,当時の身体障害者スポーツはリハビリの一環として行われていました。スポーツとしてこの度パラリンピックが行われ,選手が喜びに満ちて競技している姿は,本当にうれしく感じました。

私自身のことにとりましては,今年の5月から6月にかけて英国とデンマークを訪問し,往路リスボン国際博覧会に当たってポルトガルに立ち寄ったことが深く印象に残っています。英国,デンマーク両国の女王陛下,並びにポルトガル国大統領閣下から心のこもったおもてなしをいただき,多くの人々から温かい歓迎を受けました。一方,先の大戦で苦難の経験をした人々のことを思う旅でもありました。私どもは国の内外で戦争による痛みを受けた人々のことを忘れることなく,心していかなければならないと思います。

世界では今年も様々な出来事がありました。中国の大洪水を始めとして,各地で大きな自然災害が起こり,多くの命が失われました。また,幾つかの地域で紛争や対立が続いており,そのために苦しめられている人々を見ることは残念なことです。来年は少しでも災害の少ない,平和な年になるよう希望しています。

問2 平成になって10年,昭和の時代と比べて天皇としての活動の在り方も変わってきたようにお見受けいたしますが,御自身では,どんな点をどのような思いから変えてきたとお考えでしょうか。さらに今後,国民の期待をどう受け止め,どのような形でこたえていきたいとお考えでしょうか。
天皇陛下

日本国憲法で,天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と,国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し,国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。天皇の活動の在り方は,時代とともに急激に変わるものではありませんが,時代とともに変わっていく部分もあることは事実です。私は,昭和天皇のお気持ちを引き継ぎ,国と社会の要請,国民の期待にこたえ,国民と心を共にするよう努めつつ,天皇の務めを果たしていきたいと考えています。

問3 皇后さまが初めて,ビデオ収録という形で講演され,大きな反響を呼びましたが,陛下はこの講演をどのように御覧になりましたか。又,皇室の一員が国民に自らの思いを語られることについて,どのようにお考えですか。
天皇陛下

基調講演は,皇后にとって初めての経験であり,引き受けるまでには随分迷っていました。本と子供をつなぐ地味な仕事を果たしている人たちを評価し,感謝の気持ちを伝えたいという気持ちで引き受けたようです。

基調講演はビデオで見ましたが,自分の思いを素直に語っており,日ごろの皇后の姿がその中に見られました。一冊一冊を深く読んでいたことに驚いています。原稿を書いている時は随分苦労をしていましたが,今は,役目を果たしてほっとしていることと思います。

皇后は,記者会見でも宮内記者会に対する文書回答でも,自分の思いを正直に語っていたと思います。この度の講演が自分の思いを語った特別のものという印象は受けていません。

問4 年々,両陛下の公務の日程が過密になっていることで,「皇太子御夫妻に一部お譲りになっては」ですとか,「もう少し御負担を軽減しては」といった意見も聞こえます。陛下は今後,宮内庁に対してどのような対応を望まれますか。そのようなお忙しい毎日で,健康維持のために気を配っていらっしゃることはございますか。
天皇陛下

公務が近年非常に多くなっているということは事実です。しかし,それぞれ重要な公的な行事と思いますので,宮内庁の方に「現在と変えるように」というふうに言うつもりはありません。

健康には十分気を付けるようにしています。早朝に二人で歩くこともその一つです。

問5 時間があればなさってみたいことは何でしょうか。最近,興味を持って研究されていること,始められた趣味などがございましたらお聞かせください。
天皇陛下

ハゼ類についての論文をこれからも書きたいと思っています。皇太子の時代は,ほとんど毎年のように論文を書いていましたが,即位後は,即位の年に論文を一つ書いただけで,公務が忙しく一つも書いていません。即位以後,短い時間だという感じを受けていましたが,振り返ってみると,もう随分研究から遠ざかっていたように感じます。今年の夏は,書きかけていた論文を少し書き進めることができました。その時に,真実を追求する厳しさの中で,幸せを味わうこともできました。新しく始めた趣味のことに関しては,そういうものはありません。

関連質問

問1 つい先日ですね,中国から国賓で来日されました江沢民国家主席からですね,トキが御贈進品として贈られることになりましたけれども,そのことに関しての陛下の御感想と,それから,近いうちにそのトキが御贈進品として中国から贈られることになるかと思うんですが,それに関してのトキの処遇ですね,お取扱いというか,その辺について今現在の陛下のお考えをお聞かせ願えればと思います。よろしくお願いします。
天皇陛下

中華人民共和国主席閣下から,友好の象徴としてトキが贈られましたことを深く感謝しています。トキは学名が「ニッポニア・ニッポン」であり,その羽は伊勢神宮の神宝にも使われており,日本には非常に深い関係がある鳥です。このトキが,今後,日本で繁殖していくことは大変喜ばしいことだと思っています。トキは,現在,世界中で非常に数が少なくなっており,中国で野生の生息地と,人工的繁殖で,非常な努力の下に増加の傾向が見られることは,うれしいことだと思います。この努力に,まず,敬意を表したく思います。日本では,残念ながら,一時は戦後増えていたわけですが,今は一羽が佐渡で残っているだけです。このトキが日本の空に舞う日が来ることを願っていますが,そのためには,これからの繁殖が非常に重要になります。専門家が協力し合い,良い環境の下で繁殖が計られるよう願っています。トキをこれまで扱ってきた環境庁の方で,その面を十分考慮していくことと期待しています。

問2 「昭和天皇のお気持ちを引き継ぎ」という言葉がありましたが,もうすぐ陛下にあらせられましては御在位10年という節目の年を迎えられるというですけれども,昭和天皇が崩御されてから,また,10年という年でもございます。この時に当たりましてですね,改めて昭和天皇のことに対してですね,何かこう,思いを深められましたことがございましたら,あるいは10年たってようやく分かったとかですね,そういうお気持ちがございましたらお示しいただけませんでしょうか。
天皇陛下

昭和天皇のことは,いつも深く念頭に置き,私も,このような時には「昭和天皇はどう考えていらっしゃるだろうか」というようなことを考えながら,天皇の務めを果たしております。やはり,今も質問にありましたように,天皇になってから昭和天皇のお気持ちが分かったというようなものもあります。