天皇陛下お誕生日に際し(平成9年)

天皇陛下の記者会見

会見年月日:平成9年12月18日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇陛下
記者会見をなさる天皇陛下
(写真:宮内庁)

宮内記者会代表質問

問1 この1年を振り返って特に印象に残った出来事は何でしたでしょうか。また,社会的な事象のほかに,陛下ご自身の公私両方の生活の中で印象深かったことについてもお聞かせください。
天皇陛下

1年を振り返ってみて印象に残っていることとしては,まず1年前の今日起こったペルーの日本大使公邸人質事件が挙げられると思います。この事件は4か月余に及び,幸い多くの人質は無事救出されましたが,最高裁判所判事と軍人2人が犠牲となり,また,多くの負傷者が生じたことは残念なことでした。遺族や負傷した人々のことが心にかかっています。長い人質生活の心労はいかばかりであったかと察せられます。ペルー側・日本側の関係者,また,国際赤十字社を含む保証人委員会などが,それぞれの立場で事件の解決に向かって努力している姿が深く心に残っています。

今年の新年早々に起こったタンカーの重油流出事故も大きな出来事でした。ちょうど,岩海苔の収穫期を目前にして岩海苔をすっかり重油が覆うような被害にあった漁業者にとって,1年の始まりにこのような痛ましい年の始めを迎えたことが心に痛みます。この状況下で各地から集まった大勢のボランティアが厳しい寒さや重油の臭気をものともせず,災害地の人々と協力して重油の除去に当たったことはまことに感銘深いものを覚え,日本の将来を心強く感じました。今日,大勢の人々の努力によって海の環境がすっかりよくなっていることをうれしく思っています。

今年も鹿児島県の土石流災害を始め,梅雨前線や台風によって30人以上の命が失われました。間もなく3年を迎えようとしている阪神・淡路大震災の被災者が,まだ2万所帯以上仮設住宅に住まっていることを思うにつけても,日本の厳しい自然を念頭に置き,自然災害に対する備えが一層充実していくことを願ってやみません。

本年は沖縄が復帰してから25周年に当たります。復帰してから随分長い年月がたったようにも感じますが,戦争が終わってから復帰までの年月の方がまだ復帰後よりも長いわけです。先の戦争が歴史上の出来事として考えられるようになっている今日,沖縄の人々が経験した辛苦を国民全体で分かち合うことが非常に重要なことと思います。数日前,戦争中1,500人近くの乗船者を乗せた学童疎開船対馬丸が米国の潜水艦に沈められ,その船体が悪石島の近くの海底で横たわっている姿がテレビの画面に映し出されました。私と同じ年代の多くの人々がその中に含まれており,本当に痛ましいことに感じています。

今年は経済情勢が厳しく,国民生活への影響も心にかかっていますが,一方,天候に恵まれ,農作物が豊作だったことは人々に明るい気持ちを与えたことと思います。新嘗祭の献穀者から豊作の報告があるのを聞くことはうれしいことでした。

また,スペースシャトルの土井さんがスコット飛行士と手で太陽観測船を回収するという困難な作業を行い,無事戻ってきたこともうれしいことでした。

私自身のこととしましては,5月から6月にかけてブラジルとアルゼンチンを訪問し,ルクセンブルグに立ち寄ったことが印象に残っています。ブラジル・アルゼンチンの両国の大統領閣下,ルクセンブルグの大公殿下を始め,訪問地の人々から温かいおもてなしを受けましたことは,日本の人々への親しみと感じられ,非常にうれしい気持ちでした。ブラジル・アルゼンチンとも軍政から民政に変わり,経済も安定し,大きく飛躍しようとしていることが印象に残りました。また,日系人が各地で国や社会に貢献している姿にも頼もしさを覚えました。

世界を見渡しますと,紛争が従来に比べて収まってきているように見受けられ,喜ばしく感じています。数日前の新聞で,欧州連合がポーランドを始め6か国と加盟についての交渉を来年から開始するという記事がありました。その中にはソビエト連邦下にあったエストニアも含まれていました。昭和の時代には考えられなかったことで,ここ10年足らずの間に世界が大きく変わったことに思いを深くしました。

問2 明るい話題としまして,先月マレーシアでサッカーの日本代表チームがワールドカップのフランス大会への出場を決める試合で勝ちました。この試合を陛下はご覧になっていらっしゃいましたか。そしてこの試合の結果により来年は日本国民の念願のサッカーワールドカップ初出場,更には長野での冬季五輪開催と,スポーツで日本中が沸き返る1年になりそうですが,これらに関する陛下のお気持ちをお聞かせください。
天皇陛下

この試合は見ませんでしたが,試合中1度は相手にリードされながらも延長戦で勝ったということに日本の選手の技と気力の充実を感じ,頼もしく思いました。来年の初出場になるワールドカップ・フランス大会の試合を楽しみにしています。2002年には日韓両国で共催するワールドカップの大会が行われますが,日韓両国民がお互いに協力し,よい大会になることを願っています。そして,この大会が日韓両国民の友好関係の増進に資することになればうれしいことと思います。

オリンピック冬季大会が日本で開催されますのは,26年前,札幌大会以来のことであります。長い間の関係者の苦労が察せられますが,大会が立派に行われ,関係者の努力が実ることを願っています。

また,それに続くパラリンピック冬季競技会は日本で行われる初めての大会ですが,私は33年前,オリンピック東京大会の後で行われたパラリンピック東京大会の名誉総裁を務めましたので,この大会を前にその時の大会のことが思い起こされます。当時は,日本の選手は病院や施設からの参加者であり,バスケットボールチームも1つしかありませんでした。今日,障害者への関心が高まり,福祉も充実し,障害者スポーツも盛んになってきていることに深い感慨を覚えます。また,皇后にとっては選手の通訳のために創設された日本赤十字社語学奉仕団に日本赤十字社の名誉副総裁としてかかわり,やはり心に残る大会であったと思います。

来年は長野で2つの大会が行われ世界各地から大勢の人々が集まりますが,それらの人々が互いに交流を深め,友情がはぐくまれることを願っています。

来年のオリンピック冬季大会を始め,各種スポーツの大会で日本選手が活躍するのを楽しみにしています。

問3 地球環境や国内の環境に関する問題で,最近陛下が関心や懸念を持っていらっしゃる事柄がありますか。
天皇陛下

今月,地球温暖化防止京都会議が開催されたことは,多くの人々に地球環境の問題に関心を持つよい機会を与えたことと思います。環境の悪化は徐々に目に見えぬ形で進んでいくことが多くあります。また,チェルノブイリの原発事故のように事故の発生に関する情報が直ちに得られない例もあります。環境の悪化を防ぐ科学技術を発達させ,国境を越え様々な分野の人々が協力し合い,地球の環境をよく保ち,持続可能な豊かさを人々が享受していけるよう努力していくことが望ましいことと考えております。

環境の問題は様々な分野にわたっていますが,生物にかかわる問題としては,耐性の問題があります。ひところは細菌による伝染病などは完全に克服されたと考えられていた時もありましたが,結核病を始め,様々な伝染病で菌の耐性が知られるようになり,大きな問題になってきています。また,マラリアにしても,農作物の害虫にしても,どんどん耐性が出来て,強い薬を使っていかなければならない状態です。この競争が人の健康にとってどのようなものになるか心配しています。

生物に関心を持つ者として,また,生物の多様性保全を願う者として,生物の種や亜種が絶滅することは残念なことに思います。日本は大陸と異なる特殊な生物がたくさんいますが,開発によって絶滅の危機に瀕しているものがあります。特に,島に住む生物は危険な状態にあると思われます。家猫の病気が伝染するツシマヤマネコやイリオモテヤマネコ,また,広い範囲の森林が繁殖に必要なノグチゲラなどは最も心配されるものではないかと思っています。

一方,人々の努力によって,かなりの生物が明るい未来を持っていることも感じられます。ニッポニア・ニッポンの学名を持つトキも,中国の人々の努力によって絶滅は免れそうな状況になってきています。いつの日か日本の山野でもトキが再び見られることが期待できるのではないかと考えています。

問4 皇后陛下が南米訪問から帰国された後に帯状ヘルペスで入院されました。皇后陛下は国内のご訪問に関しても「年齢の上からも,日程作成の上で,あまりの無理は避けていくことができればと願っています」との感想を寄せられました。
陛下は今後の外国訪問や国内での様々なご公務の在り方について,どのようなお考えを持っていらっしゃいますでしょうか。
天皇陛下

この時の記者への回答文を読み直してみましたが,ここで引用されている箇所は,最後のわずかな部分になっています。そしてその前段で私がなるべく早い時期に各都道府県を一巡したいということ,また,未訪問の島々もあることを挙げて,しばらくの間はこのような日程が続くことが予想されますと答えています。また,南米訪問については,広大な国土に都市が点在し,日系社会がそれぞれの拠点をそれらの都市に持っているので,訪問することは当然の務めであったと述べた上で,もし許されることなら二週間の間に一日休養が欲しいということをごく軽く言い添えています。私も全くこのことに,これと同じ考えを持っています。本人の意図が全体として正しく理解されることが望ましいことと考えております。

問5 来年で平成10年の節目の年を迎えますが,これまでの時代とこれからの皇室の在り方についてはどうお考えでしょうか。
天皇陛下

皇室がこれまでに培われた伝統を大切にし,国民の期待にこたえつつ,務めを果たしていくということが,時代を問わず,求められる皇室の在り方だと思っております。

関連質問

問 先ほどのこの一年を振り返っての中で陛下ご自身のお感じ等お伺いいたしましたけれども,この一年を振り返られてですね,陛下の皇太后陛下でありますとか,お子様方と日ごろどのようにお接しになって,どのようなお話をされているのかなと思ったのですが,よろしくお願いいたします。
天皇陛下

皇太后様には大抵週末にご挨拶に伺っていますが,大変お調子はよいように思っています。前は,お風邪で伺えなかったことも割合ありましたけれども,今年は少なかったのではないかと思います。そういう意味で大変明るい気持ちを持っています。子供たちとの話につきましては,これはいろいろそれぞれの務めについて話すこともありますし,また親子であれば当然話し合うような問題もあります。様々な話題で話し合うということになると思います。