天皇陛下お誕生日に際し(平成8年)

天皇陛下の記者会見

会見年月日:平成8年12月19日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇陛下
記者会見をなさる天皇陛下
(写真:宮内庁)
天皇陛下

会見に先立って,昨日突然,ペルーの日本大使館で,日本大使公邸が襲撃を受け,大使を始め多くの人々が,この人々は私の誕生日の祝賀に訪れた人々でありますが,人質になっていることに,深く心を痛めていることをお伝えしたいと思います。ペルー政府を始め関係者が,解決に努力を払っていることに感謝しております。平穏にすべてが解決され,ひとときも早く人質が無事解放されることを切に祈っております。


宮内記者会代表質問

問1 公務員の不祥事や沖縄問題など,今年も様々な出来事がありましたが,この1年間を振り返って印象に残ったことは何でしょうか。また,陛下ご自身の生活の中で心に刻まれたエピソードについてお聞かせください。
天皇陛下

昨年は阪神・淡路大震災という戦後最大の災害があり,6千人を超す人々の命が失われました。遺族や,今も厳しい不自由な生活をしている被災者,特に高齢の人々を思うと本当に心が痛みます。一方,被災地の人々が,力を尽くして復興に取り組んでいる姿には深い感動を覚え,心強く感じました。

今年は天候も全体的に恵まれ,豊作の所が多く,恵まれた年であったと思います。しかし,心を痛めるいくつかの出来事がありました。

年の始めには,北海道のトンネルの崩落事故があり,また年の終わりには長野県で土石流による災害があり,合わせて30人以上の人々が亡くなりました。台風による災害などを加えると,50人以上の人々が,今年自然の猛威によって命を失いました。日本の自然の厳しさを深く感じさせるものであり,自然災害に対する備えが一層充実していくことを願ってやみません。

病原性大腸菌O-157に多くの人が感染し,それによって亡くなった人々も生じたことは,大きな出来事であったと思います。伝染病は,一時は完全に抑えることができると思われていた時代もありましたが,そのような楽観を許さない状況になりました。

公務員の不祥事については,今後解明されていくと思われますが,このようなことによって,地道に国民のために力を尽くしている公務員や福祉に携わる人々の心が傷ついたことを心配しています。

沖縄の問題は,日米両国政府の間で十分に話し合われ,沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております。沖縄は,先の大戦で地上戦が行われ,大きな被害を受けました。沖縄本島の島民の3分の1の人々が亡くなったと聞いています。さらに,日本と連合国との平和条約が発効し,日本の占領期間が終わった後も,20年間にわたって米国の施政権下にありました。このような沖縄の歴史を深く認識することが,復帰に努力した沖縄の人々に対する本土の人々の務めであると思っています。戦後50年を経,戦争を遠い過去のものとしてとらえている人々が多くなった今日,沖縄を訪れる少しでも多くの人々が,さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています。

私自身の印象に残っていることとしましては,51年振りに,疎開の時1年間を過ごした日光の旧田母沢御用邸の部屋を見たことです。庭の一部は,東大の植物園に移管されていますが,御用邸も庭も昔の姿がよく保存されていました。御用邸から近くの紅葉した山々や,遠くにそびえる女峰山や,その他の山々を見て過ごした当時のことは忘れられません。

問2 今年は,日本国憲法の公布からちょうど50年に当たります。日本国憲法が誕生した当時の思い出を含めて,あらためて陛下の憲法に対する思いをお聞かせ下さい。また今後,21世紀に向けて陛下は,過去の歴史認識をどのように踏まえていきたいとお考えでしょうか。
天皇陛下

日本国憲法が公布された時は,私が学習院の中等科1年の時でした。その当時のことで新聞や人の話として記憶していることは,後に日本国憲法を審議することになった大日本帝国憲法下最後の衆議院の総選挙が行われ,初めて婦人代議士が選ばれたこと,選挙後,自由党の吉田内閣が成立したこと,11月3日,公布の日に昭和天皇,皇后を迎えて皇居前広場で式典が行われたことなどが挙げられます。新憲法が口語文で書かれたことが印象に残っていますが,憲法の内容については,その後に折々理解を深めてきましたので,当時,どの程度憲法を理解していたかは記憶に定かでありません。

天皇は日本国憲法によって,日本国の象徴であり,日本国民統合の象徴と規定されています。この憲法に定められた天皇の在り方を念頭に置きながら,私は務めを果たしていきたいと思っております。

過去の歴史を正しく認識することは,非常に大切なことと思います。いかなる歴史を正しいこととするかは考え方によって違うことがあると思いますが,常に公正に真実を求めていく努力を失ってはならないと思います。過去を顧みつつ,将来にわたって日本と世界の国々とが正しく進路を選択していきたいものと念願しています。

問3 皇太子妃殿下や秋篠宮様に関する一部マスコミの批評記事がありましたが,海外も含めた最近の皇室報道について陛下はどのようにお考えでしょうか。
天皇陛下

皇室報道に限らず,報道について,一般的に言えることは,言論の自由が保たれていることと,事実に基づく報道がなされることとが共にあいまって尊重されてほしいということです。

皇太子妃も,秋篠宮も,最近記者会見でこの問題に触れていますので,私からお話しすることはないと思います。

問4 ご家族のことについて近況をお伺いします。皇太后様はご高齢になられましたけれども,最近はどのようにお過ごしでいらっしゃいますでしょうか,また,皇太子妃殿下もご結婚されて3年以上が経ちましたけれども,陛下ご自身は,父親としてどのように見ておられますでしょうか。あわせて紀宮様の将来については,どのようにお考えでしょうか。
天皇陛下

皇太后様は,ずっとご状態がよく,大変うれしく思っております。ほとんど毎週皇后,紀宮と共に吹上大宮御所に伺っています。

皇太子妃については,皇太子と共にそれぞれ務めを果たし,二人で幸せに過ごしていることをうれしく思っています。国民の祝福を受けて結婚したことを心にとどめ,国民の期待に応えるよう務めを果たしていくことを願っています。

紀宮は,国の内外の諸行事に出席し,一生懸命皇族としての務めを果たすことを心掛けています。将来の問題については,昨年,記者会見でお話しましたように,結婚の問題に関係することになりますので,お話することを控えたく思います。

関連質問

問 両陛下は,今年ベルギーのアルベール国王王妃両陛下を心を込めてもてなされました。ベルギー王室と陛下とのご縁というものは,エリザベス女王戴冠式でご訪欧された時以来と思いますけれども,その折のボードワン国王とのですね,出会いあるいはお心に残ったこと,その辺もしよろしければお話いただけないでしょうか。それからもう一つですね,細かいことで誠に恐縮ですが,皇室報道に関連しまして,最近一部で今年の4月に川嶋辰彦教授が,陛下の所をお訪ねになったという報道があって,それが陛下の前庭神経炎と何か因果関係があるような報道もございましたけれども,そのような川嶋教授と4月にお会いになったような事実がありますでしょうか。その2点,合わせてお願いいたします。
天皇陛下

アルベール国王陛下にお会いしたのは,英国の戴冠式の時で,戴冠式は元首が出ないでその名代が出るという仕来りですので,私が昭和天皇の名代として,アルベール王子がボードワン国王の名代として戴冠式でお会いすることになったわけであります。ボードワン国王とお会いしましたのは,その後で,ラーケン宮に泊まるようにというお話がありまして,そこで二晩泊めていただきました。ラーケン宮には当時お父様のレオポルド三世,それから,その妃殿下のリリアーヌ妃,また,レオポルド三世とリリアーヌ妃の間にできたアレクサンダー王子,その妹さんがおられました。こういう家庭的な雰囲気の中で2日間を過ごしたわけですけれども,国王陛下と私とは年齢も近かったことから,非常に親しみを感じておりました。いろいろな王宮の中での思い出もありますが,ピンポンもボードワン国王としたことがあります。また,ラーケン宮の中でウサギを撃ったり,それから馬にも,ほんのわずかですけれども乗りました,多分,馬を見ているところの写真は,皆さんも知っておられることと思います。一方,公式の行事もありまして,お住まいがラーケン宮ですけれども,公式行事がブラッセル宮で行われていまして,ブラッセル宮で公式の午餐もありました。いつでも,ボードワン国王の人に対する優しいお心遣いというものは,あふれていたような気がいたします。

それから2番目の質問で,川嶋教授のことですけれども,これは川嶋教授にお会いしたことはありません。ただ,それを証明するということは非常に難しいことであって,私も,魚類を研究していて感じることですけれども,この地域にこの魚がいるということがある文献に出ますと,その査定が間違っていても,間違っているということがほとんど確実であっても,絶対にそれが間違いであるということを証明することは,非常に難しいわけなんです。そして,その文献がずっと後でも引用されて,非常に奇妙な分布というものが示されるということがよくあることです。私がかつて日本魚類大図鑑を書いた時に,何とかこの分布だけは,この魚類大図鑑から始まるようにしたいというような気持ちで始めたことがあります。そういう点を,いったいどのように考えればよいか,先ほどの歴史の真実という問題と合わせて,非常に考えさせられるところです。魚類の分布のように非常に単純と思われているようなことでも,それを否定をするということは非常な努力が必要なわけです。歴史の場合にも,その有無というものが非常に難しい場合もあることをよく感じております。先ほども言いましたように,常に,公正に,真実を求めていく努力というものが失われてはならないというのも,その気持ちを表したわけです。