皇后陛下お誕生日に際し(平成16年)

宮内記者会の質問に対する文書ご回答

天皇皇后両陛下のお写真
皇后陛下お誕生日に際してのご近影
問1 70歳のお誕生日おめでとうございます。お生まれになってから,さらには天皇陛下と結婚されてからの45年余を振り返りつつ,喜びや悲しみ,印象に残った出来事などをお聞かせください。
皇后陛下

古希を迎え,両親に育てられ,守られていた頃が,はるかな日々のこととして思い出されます。

家を離れる日の朝,父は「陛下と東宮様のみ心にそって生きるように」と言い,母は黙って抱きしめてくれました。両親からは多くのことを学びました。

振り返りますと,子ども時代は本当によく戸外で遊び,少女時代というより少年時代に近い日々を過ごしました。小学生生活のほとんどが戦時下で,恐らく私どものクラスが「国民学校」の生徒として入学し卒業した,唯一の学年だったと思います。そのようなことから,還暦の時の回答にも記しましたように,私の中に,戦時と戦後,特に疎開を間にはさむ数年間が,とりわけ深い印象を残しており,その後,年を重ねるごとに,その時々の自分の年齢で,戦時下を過ごした人々はどんなであったろうと考えることが,よくあります。

結婚により私の生活は大きく変わりましたが,陛下がいつも(ひろ)いお心で私を受け容れてくださり,また,3人の子どもたちからも多くの喜びを与えられました。私は男の子も大好きでしたが,3人目に,小さな清子が来てくれた時のうれしさも,忘れることができません。この子どもたちを,昭和天皇,香淳皇后のお見守りくださる中で育てた日々のことは,今も私の大切な思い出です。

陛下のお側でさせていただいた様々な公務は,私にとり,決して容易なものばかりではありませんでしたが,今振り返り,その一つ一つが私にとり必要な経験であったことが分かります。陛下がお優しい中にも,時に厳しく導いてくださり,職員たちも様々な部署にあって,地味に,静かに,私を支え続けてくれました。まだ若かった日々に,社会の各分野で高い志を持って働く多くの年長の人たちの姿を目のあたりにし,その人々から直接間接に教えを受けることができたことも,幸運でした。とりわけ,自らが深い悲しみや苦しみを経験し,むしろそのゆえに,弱く,悲しむ人々の傍らに終生よりそった何人かの人々を知る機会を持ったことは,私がその後の人生を生きる上の,指針の一つとなったと思います。

平成2年に礼宮が,5年に皇太子が結婚し,二人の妃が私どもの家族に加わってくれました。これから先,長く皇室で生きていく二人が,私のしてきた事ばかりでなく,なし得なかったたくさんの事も,しっかりと見,補っていってほしいと願っています。

至らぬことが多ございましたが,これからもこれまでと変わらず,陛下のお側で人々の幸せを祈るとともに,幼い者も含め,身近な人々の無事を祈りつつ,国や社会の要請にこたえていきたいと思います。

問2 この間,昭和から平成へと時代は引き継がれ,その平成の世も16年になりました。常に天皇陛下をそばで支え,両陛下で皇室のあり方を自問しながら,その時々の時代の要請に応えてこられたと思います。皇太子妃,皇后として務める日々の心の内にあったものは,どんなことだったでしょうか。「次世代」の皇太子ご一家や秋篠宮ご一家,紀宮殿下への願いと併せ,お聞かせください。
皇后陛下

もう45年以前のことになりますが,私は今でも,昭和34年のご成婚の日のお馬車の列で,沿道の人々から受けた温かい祝福を,感謝とともに思い返すことがよくあります。東宮妃として,あの日,民間から私を受け入れた皇室と,その長い歴史に,傷をつけてはならないという重い責任感とともに,あの同じ日に,私の新しい旅立ちを祝福して見送ってくださった大勢の方々の期待を無にし,私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた,その後の歳月,私の中に,常にあったと思います。

陛下が東宮でいらした時は,昭和天皇をお助けし,昭和の時代を支えていくという,静かな,しかし強い陛下のご気迫を,常に身近に感じておりました。また,お若い頃より伝統を今に活かしつつ,時代の要請に応えていこうとなさる陛下のお気持ちは,いつか私のものともなって,このお気持ちをともにしつつ,皇室での日々を過ごしてきたように思います。

皇太子始め次世代の若い人たちへの願いは,という質問ですが,それぞれの生き方を見守りつつ,必要と思われる時に,その都度伝えていくつもりです。今はただ,皆ができるだけ人生を静かな目で見,穏やかに,すこやかに,歩いていってほしいという願いを伝えたいと思います。

問3 皇太子妃殿下は昨年末から長期の静養を続けられています。また今年5月の皇太子殿下のご発言をきっかけに,皇室をめぐってさまざまな報道や国民的議論がなされました。妃殿下のことや一連の経過,この間の宮内庁の対応などについて,どのように受け止められましたでしょうか。
皇后陛下

東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。家族の中に苦しんでいる人があることは,家族全員の悲しみであり,私だけではなく,家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。宮内庁の人々にも心労をかけました。庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,これからもどうか東宮妃の回復にむけ,力となってくれることを望んでいます。宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,昨今のように,ただひたすらに(そし)られるべき所では決してないと思っています。

皇后陛下のお誕生日に際してのご近影

この1年のご動静

この1年も皇后さまは日々のお務めを全て予定通りに果たされました。皇居内外での様々な行事・式典へのご臨席,福祉・文化施設などへのご訪問,外国賓客のご接遇など,皇后さまが公的なお立場でお務めになったお仕事は353件になりました。なお,この他に宮中祭祀14回,新嘗祭にあたっての全国からの献穀者及び宮中祭祀にあたっての賢所奉仕者の拝謁11回,皇居勤労奉仕団のご会釈58回があり,ご養蚕のお仕事で紅葉山へのお出ましが20回ありました。これらの行事やご視察の多くは,陛下のお側でお務めになったものですが,ご単独では,全国赤十字大会,日本・ラテンアメリカ婦人協会創立30周年記念午餐会にご臨席になり,それぞれにおいてお言葉を述べられた他,社会に貢献する活動や文化・芸術に携わっている者を励まされるため,チャリティー・コンサートをはじめ各種公演・展覧会などに足を運ばれました。御所では例年の重症心身障害児関係の「ねむの木賞」受賞者の拝謁,日本赤十字社名誉総裁として,同社社長からの活動状況報告ご聴取の他,介護保険のその後の状況について,厚生労働省老健局長等より,また,入居者の高齢化に伴うハンセン病療養所の現状について,国立療養所邑久光明園園長よりお話をお聞きになりました。なお,ハンセン病療養所については奄美大島(鹿児島県),宮古島(沖縄県)でそれぞれ,奄美和光園,宮古南静園をお訪ねになり,高松市(香川県)では瀬戸内海の大島にある療養所,大島青松園の入所者代表にお会いになりました。

昨年10月以降,この1年の公的な地方行幸啓としては,静岡県,鹿児島県,沖縄県,神奈川県,宮崎県,富山県,岐阜県,京都府,香川県の9府県を数えました。皇后さまは東宮妃時代,すでに陛下と共に日本の47全都道府県を訪問されていますが,本年の香川県ご訪問で,皇后さまとなさってもこの16年間で日本の全ての都道府県を訪問されたことになります。国民体育大会,豊かな海づくり大会,植樹祭,国際会議等の開会式にご臨席になった他,各県へ行幸啓の都度,多数の市町村を回られ,各地で文化,福祉を始めとする諸施設をご訪問になり大勢の人々の歓迎にお応えになりました。この1年にご訪問になった市町村数は33にのぼり,ご訪問地における車や列車,船での移動距離は約1100キロになります。

宮中祭祀は恒例の祭祀の他,後深草天皇700年式年祭の儀を含め祭祀すべてに列せられました。また,京都ご訪問の折には,両陛下で後深草天皇陵にご参拝になりました。

今年のご養蚕は4月末より始められ,桑の葉摘み,ご給桑,上蔟,わら蔟作り,まゆ掻き等の作業のため恒例の行事の他にも幾度か桑園やご養蚕所においでになり,かいこの飼育に当たられました。今年はまゆ131.8キロの収穫があり,このうち36キロの小石丸のまゆが,御物絹織物復元のため正倉院へ送られました。なお,京都ご訪問に際しては,皇后さまから10年間にわたり毎年下賜された小石丸のまゆによって実現した「正倉院裂復元模造の十年」展に展示された19点の復元品をご覧になり,制作に携わった関係者に会われ,陛下とご一緒にその労をねぎらわれました。また,この復元を可能にした皇后さまのご養蚕のお仕事についての本が,本年,「皇后陛下古希記念 『皇后さまの御親蚕』 」として出版されています。

本年3月皇后さまは天皇陛下の古希のお祝いに日本各地の民俗芸能をご覧に入れる集まりをご主催になりました。

皇后さまの御所におけるご生活はここ何年変わることなく,毎朝6時のニュースと共に起床され,夜は10時から11時の間に休まれます。週日はほぼ連日,複数の公務を持たれ,土日や祝日にも公的なご旅行や行事,祭祀などが入ることが多く,この1年も,33日の休日がお仕事と重なり,返上されました。陛下のご健康を案じられ,特に新しいご治療には筋力の低下を招くことが予想されることから,早朝の散策やご公務のない週末のテニス等を努めて陛下と共になさるよう心がけておられます。僅かな時間をつないで音楽の練習をされ,内外の音楽家のお誘いがある時には,感謝なさりつつ,お楽しそうにアンサンブルに加わっていらっしゃいます。

10月20日,皇后さまは古希のお誕生日をお迎えになります。