皇后陛下お誕生日に際し(平成9年)

宮内記者会の質問に対する文書ご回答

この1年のご感想などについて

問1 この一年を振り返って,印象に残っていることをお聞かせください。
皇后陛下

ペルーの日本大使公邸人質事件,ロシアタンカーの重油流出事故,神戸の少年犯罪,現在なお被害の続いているインドネシアの森林火災等,数々の心痛む出来事と共に,ダイアナ妃,マザーテレサ,「夜と霧」の著者フランクルの死が思い出されます。

ペルー事件のことは,ペルー側に死傷者の出たことで,今も重く心に残っています。同時に又,この折に,国際赤十字のミニグ氏を始めとする委員会の人々が,それぞれの過去の実績,専門性及び人格をもって,この事件の解決に貢献されたことも,忘れることが出来ません。重油流出事故に関しても,このようなことが二度とないことを願う一方,災害にあたって現地の人々が示された忍耐と実行力,全国のボランティアによる地道な支援活動には,深い敬意を覚えます。日本海の幾つもの渚が,その石の一つ一つまで人々の手でぬぐわれ元の姿にもどされたことを,これからも長く記憶に留めたいと思います。

問2 最近の社会情勢で気がかりなことをお聞かせください。
皇后陛下

現在の問題でも,日本の過去に関する問題でも,簡単に結論づけることが出来ず,様々な見地からの考察と,広い分野の人々による討論が必要とされる問題が数多くあります。複雑な問題を直ちに結論に導けない時,その複雑さに耐え,問題を担い続けていく忍耐と持久力をもつ社会であって欲しいと願っています。

日本が他の国に例を見ない程急激に高齢化の時代に入っていく時,そのことへの対応が十分に出来るかどうかが心にかかります。又,高齢化に対しては,常に少子化が問題とされますが,限られた日本の国土の中で,環境を良好に保ちつつ,これから長く人々が暮らしていくためには,どのような人口の規模や構成が最も望ましいかといった基本的な問題があまり議論されないのではないかと不安を感じます。人口の問題は決して国によって制御されるべきものではないと思いますが,どの様な状態に達するのが社会として好ましいかを個々人が念頭に置き,一つの指針とすることには意味があると思います。

ご病気後の経過などについて

問3 今年初めからお咳が続き,南米訪問後には帯状ヘルペスを患われました。その後,お体の調子はいかがでしょうか。
皇后陛下

日本と南米と二つの風邪を重ねてひいてしまい,幸い日程に支障は来しませんでしたが,多くの方々に心配して頂くこととなり心苦しいことでございました。ヘルペスの予後も好く,体力もだんだんと回復しているように思います。

問4 ふだんの健康管理の上で心がけていること,またご病気以降に健康維持のために始めたことなどありましたらお聞かせください。
皇后陛下

これまでに何回かお答えした事に特に加えるものはありません。

問5 ご病気後,宮内庁幹部は記者会見で,南米訪問の日程が過密だったことを認めた上で,「これからはご負担がかからないよう配慮していかなければならない」との考えを明らかにしています。外国訪問を含め,日々の多忙なご公務について,どのように受け止めていらっしゃいますか。
皇后陛下

日本は極東の地にあるため,ヨーロッパ,南北アメリカのいずれからも遠く,移動に時間がかかることが疲労を多くする原因の一つで,これは誰の責任でもありません。それに今回の場合 ーとりわけブラジルはー 広大な国土に多くの都市が点在し,日系社会が,それぞれに活躍の拠点をそこにもっているのですから,訪問は当然の務めでした。もし希望を云うことを許されるとすれば,この15日間の日程の中程に,1日の休養があるとよかったと思います。

海外の日系社会への関心は,これまでハワイ,北米,メキシコ,ペルー,ブラジル,アルゼンチン,パラグアイ等を訪問する中で,1回毎に育てられてまいりました。この度の訪問は,両国を初めて訪れた30年前の記憶をよびさまし,この間における日系社会の発展に対する感慨や,発展の礎となった一世の人々への思い等に心を揺さぶられることが多く,後に振り返って,こうした強い感動も一種の疲れであったことに気付かされています。

国内の仕事については,宮中の祭祀は勿論のこと,各種の式典や行事への出席,各種功労者への接見など,どれも皇室として欠くことの出来ない大切な仕事が多くなってきており,又,外国賓客の接遇も,世界の独立国が私が御所に上がった1960年頃と較べ,2倍以上に増え,相互の行き来が容易になって来たことを考えると,多忙にならざるを得ないのが実状です。地方旅行も,陛下が,天皇としてのお立場で,出来るだけ早い機会に各都道府県を一巡なさるお気持ちをお持ちになっており,主だった島々への訪問も,すでにかなりを訪ねているとは申せ,五島列島を始め,未訪問の島々を残しています。もうしばらくは,現在のような旅行の日程が続いていくことが予想されます。ただ,年齢の上からも,これからは日程作成の上で,あまりの無理は避けていくことが出来ればと願っています。

ダイアナ・元皇太子妃の死去に伴うことについて

問6 3度来日しているダイアナ・元皇太子妃とは,どのようなお話をなさったのでしょうか。思い出や印象についてお聞かせ下さい。
皇后陛下

ダイアナ妃と初めてお会いしたのはご成婚の時でした。お式と関連の諸行事に出席し,式後お馬車で出発なさるときには,ご家族やご親族の方々と共に紙吹雪(コンフェティ)を播いてお送りいたしました。美しい花嫁姿でいらっしゃり,心からお幸せを願ったことでした。その後日本には3度いらっしゃり,その都度お会いしておりました。今はただご遺族のお悲しみに心を寄せ,残されたお二人の王子方の健やかな成長をお祈りするばかりです。

問7 日本の皇族が葬儀に参列しなかったことについて,宮内庁には国民から80件余りの電話が寄せられ,「参列すべきだった」という意見が多かったようです。このことをどのように受け止めていらっしゃいますか。
皇后陛下

外務省,宮内庁を始め政府が検討し結論したことであり,私もこの決定でよろしかったと思います。

問8 英王室の対応や英国民の反応を通じ,日本の皇室のあり方についてお考えになったことがあればお聞かせください。
皇后陛下

皇室のあり方については,折々に思いをめぐらすことがありますが,特にこの度のこととの関連においてということはありません。

ただ,日本の皇室も,血縁こそ持ちませんが,アジア,中近東,ヨーロッパの王室と長い交流の歴史をもち,家族のような絆で結ばれておりますので,その喜びごと,悲しみごとは,常に身近なこととして感じています。どのようなお立場におありの時でも,その時々に置かれていらっしゃるお立場の難しさを想像し,思いと祈りの中で,その方々のお気持ちの近くにありたいものと思います。

紀宮様のご結婚について

問9 紀宮様のご結婚や将来について,母親としての立場からお考えをお聞かせください。
皇后陛下

平成6年の時に同様の質問にお答えしたことと変わりなく,本人の気持ちを大切にし,静かに見守っていくつもりでおります。繰り返しになりますが,紀宮は私共の一家に沢山の喜びをもたらしてくれ,今,私共皆が紀宮の将来の幸せを心から願っています。

記者会見について

問10 宮内記者会は,毎年お誕生日に皇后様の記者会見を要望していますが,宮内庁は,外国御訪問前に会見を実施していることなどを理由に実現していません。皇后様は,記者会見の意義などをどうお考えになりますか。また,皇后様が望ましいと考える会見のあり方もお聞かせください。
皇后陛下

記者会見は,正直に申し,私には時として大層難しく思われることがあります。一つには自分の中にある考えが,なかなか言語化出来ないと云うことで,それはもしかすると,質問に対する私の考えそのものが,自分の中で十分に熟し切っておらず,ぼんやりとした形でしかないためであるからかもしれません。尋ねられることによって,始めて自分の考えが分かったと云うことが,今までにも何回かあり,私にとっての記者会見の意義は,自分の考え方をお伝えすると云うことと共に,言語化する必要にせまられることで,自分が自分の考えを改めて確認できるということであるかもしれません。

会見の望ましい形については,まだ考えがまとまりませんが,答の一部分だけが報道され全体の意図が変わってしまった時や,どのような質問に対する答かが示されず,答の内容が唐突なものに受け取られる時は悲しい気持ちがいたします。