英国・デンマークご訪問に際し(平成10年)

天皇皇后両陛下の記者会見

ご訪問国:英国・デンマーク(ポルトガルお立ち寄り)

ご訪問期間:平成10年5月23日~6月5日

会見年月日:平成10年5月12日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇皇后両陛下
記者会見をなさる天皇皇后両陛下
(写真:宮内庁)

宮内記者会代表質問

問1 両陛下に伺います。ポルトガル・英国・デンマークと日本との関係の現段階をどのようなものとお考えでしょうか。また,今回の訪問で,どのような役割を果たしたいとお考えでしょうか。
天皇陛下

ポルトガル・英国・デンマーク共に日本とは友好の絆で結ばれております。そして,日本の人々もそれぞれの国に親しみを感じていることと思います。また,過去において,これらの国々から日本は多くのものを学んできました。

ポルトガル人は日本に来た最初の欧州人であり,1543年,ポルトガル人を乗せた船が種子島に漂着して以来,来日するようになりました。そして,様々な欧州の文物を日本にもたらしました。当時日本に伝えられた鉄砲・キリスト教・自然科学はその後の日本の歴史に大きな影響を与えました。最近のポルトガルとの関係は,5年前「日本ポルトガル友好450周年記念行事」が行われ,来日されたソアレス大統領はゆかりの地,種子島にも足を伸ばされました。また,今年は「1998年リスボン国際博覧会」が開催され,「海洋-未来への道」というテーマで,海によって結ばれた日本とポルトガルとの理解の増進に資することと期待しております。

英国とは19世紀の半ばから日本との国交が開かれ,日本の人々は様々なことを学び,英国が日本の近代化に果たした役割は誠に大きなものがあったと思います。そして,日英同盟も結ばれましたが,不幸にもその後,戦火を交えることになり,誠に残念なことでした。戦後,両国は良好な関係になってきていますが,その陰には戦争の傷を癒やすために,双方で地道に力を尽くしている人々の努力があったことを忘れることはできません。最近は,英国との関係は非常によくなっていると聞いていますが,一方,戦争の傷が消えない面があり,そのことが時折英国の新聞にも報道されています。

デンマークとは,英国のように戦火を交えることがなく,友好関係が今日に続いてきております。日本人にとって,デンマークは福祉面の整った国であり,またアンデルセンの童話で親しまれている国であります。また,農業研修にデンマークに渡った人々の数も多数に上っています。

このような今日までのそれぞれの国と日本との関係に思いを致し,日本とそれぞれの国の理解の増進と,友好関係の増進に資するよう,この度の訪問では努めていきたいと思っております。

皇后陛下

ポルトガルと日本との間には,今,陛下のお話にもありましたように,長い年月にわたる交流の歴史があり,そのことは,常に双方の国民の意識の中にあって,お互いの関係を特別なものとして大切にしてきたように思います。古い絆の上にあるこのつながりに,絶えず新しい時代のよき交流を注ぎ足し,この掛け替えのない二国間の関係を,更によいものとするよう努めていきたいものと思っております。

英国と日本との間にも,長きにわたり,様々な交流の歴史がありました。明治時代,英国大使館の庭にアーネスト・サトウが植えた桜の木が樹齢を重ね,つい先頃,改めて数本の若木が植え足されたことを聞き,改めて日英の過去を感慨深く思い起こしたことでした。日英関係は,今かつてないほどによい状態にあると言われていますが,陛下も仰せになりましたように,第二次大戦の残した傷跡は深く,今もなお,その時心身に受けた傷に苦しむ人があることを,私どもは折に触れ目にし耳にしてまいりました。この度の訪問で,私どもは戦前及び戦後の50年を通じ,双方の人々が大きな努力をもって築き上げてきた友情を確認し,それを一層深めるための努力を致したいと思いますが,同時にその同じ訪問地に,今も日本との関係におき,辛い記憶に苦しむ人々のあることを深く心に留め,将来両国の間に,二度とこのような苦い歴史の刻まれぬことを祈りつつ,訪問の日々を過ごすつもりでおります。

ポルトガル・英国に次いで,この度訪れるデンマークと日本との間には,長い年月にわたり静かなよい交流が続いてまいりました。明治4年,日本は欧米諸国の諸制度や技術を研究すべく,使節団を派遣して新知識の収集に努めていますが,この折の報告書の中で,筆者の久米邦武は,デンマークは国の大きさこそ小さくも,国民は質実で交際に信義があるなど,この国の国柄について敬意をこめた筆で書き記しています。

このようなことが基盤にあり,その後も日本はこの国の動向から目を離すことなく,各時代を通じて,国民高等学校の理念や,日本のラジオ体操の基本となったデンマーク体操,また,近年では社会福祉におけるノーマライゼーションの思想等が,広く日本の社会に紹介され,取り入れられてきております。

この度の訪問では,こうした過去を思いつつ,訪れる各所で人々との交流に努め,心を尽くして親善の務めを果たしてまいりたいと思います。

問2 天皇陛下に伺います。英国では,先の大戦で戦死したり捕虜として虐待されたりするなど,つらい体験をしたと訴える人や家族に,日本に対する厳しい見方もあるようです。こうした現状について,どのようなお考えをお持ちでしょうか。このような問題を踏まえて,日・英両国民に対し何かメッセージがありますでしょうか。
天皇陛下

相手の立場に立って心に痛みを受けた面を十分に認識するよう,努めていくということが大切だと思います。日英両国民の相互理解に基づく友好関係が一層増進されることを切に念願しています。

問3 両陛下に伺います。英国とデンマークの王室の方々とは長年のお付き合いがありますが,それぞれの王室が果たしている役割や,それぞれの国の王室と国民の関係について,印象に残っていることがありましたらお聞かせください。
天皇陛下

英国もデンマークも,歴史を受け継ぎ,それぞれの憲法などに従って王室が務めを果たしている点においては,日本とあまり変わらないと思います。しかし,制度の面では異なっている点もあります。日本国憲法では,天皇は国政に関する権能を有しないと定められていますが,デンマークでは,女王は閣僚との会議を主宰するということもあります。英国では,そのようなことはありませんが,やはり日本よりはデンマークに近いと言えると思います。王室と国民との関係については,ご招待を受けて訪問している場合,催される行事は賓客中心に行われますので,王室と国民との関係を十分に認識する機会はあまりありません。日本に来られる国賓についても,同様なことが言えるのではないかと思います。

皇后陛下

王室や皇室の役割は,絶えず移り変わる社会の中にあって,変わらぬ立場から,長期的に継続的に物事の経緯を見守り,全てがそのあるべき姿にあるようにと祈り続けることではないかと考えてまいりました。ただ,これから訪問する二つのお国の王室については,また王室と国民との関係については,詳しくこれを知るものではございませんので,私の答えも陛下のお答えと同じようになると思います。

問4 両陛下にお伺いします。昭和天皇の時代には考えられなかったほど,外国とのご交際や外国ご訪問が増え,ご負担はますます重くなっているように見受けられます。皇后陛下は,過去二回の外国ご訪問時に,続けて体調を崩されました。今回はいかがでしょうか。また,今後の両陛下の外国ご訪問の在り方について,お考えがあればお聞かせください。
天皇陛下

私どもの健康について心配されたことを感謝いたします。去年の訪問は,国外で最大多数の日系人のいるブラジルとアルゼンティンでした。皇后も誕生日の記者に対する質問に対して答えていますように,広大なブラジルの国土に,日系の人々がそれぞれの地域に分散して活躍しており,その人々を訪問することは,当然の務めであったと思います。また,この度の訪問では,前回のように週末に休みが無かったということに比べれば,半日,日程の無い時があります。しかし,その翌日からはロンドン・ユトランド半島・コペンハーゲンと飛行機と列車によって,かなり忙しい日程になります。公式訪問の場合,日程が厳しくなることは当然のことであると考えております。なお,皇后の患ったヘルペスは,最初の時は訪問の最後の時であり,また,去年二度目の時は帰国後しばらく経ってから発病したわけで,日程を変更するということはありませんでした。しかし,最初の時は,訪問中に強い痛みを感じたと聞いており,その後の日程を痛みに耐えて進めていかなければならなかったと思っております。

皇后陛下

前回の南米の公式訪問の後で病気になり,3年前のヘルペスの再発であったということで,大勢の方に心配をお掛けし,申し訳ないことであったと思いますが,昨年の誕生日の記者回答の中にも記し,また,今,陛下も仰せになりましたように,あの訪問は私どもの当然の務めでございました。たまたまブラジルとアルゼンティンが日本から遠く,広大な国土の各所に点在して日系人の活躍の拠点があったため,厳しい日程になりましたが,私どもの生活には,大切なことのためには,時としてリスクを冒さねばならないこともあるのではないかと思っています。ヘルペスは痛うございましたが,この訪問を果たした安堵感と喜びは大きく,今,懐かしさと感謝の気持ちのみが残っています。これからの外国訪問につき,今,特に考えていることは何もありません。健康に気を付け,一回一回の陛下の大切なお旅に,心してお供をさせていただくつもりでおります。

在日外国報道協会代表質問

問5 両陛下にお伺いします。報道によれば,英国のエリザベス女王が,国民に親しまれる王室の印象向上をという配慮から,3月27日デボン州トップシャムにある家族経営のパブを公式訪問をなさったそうです。ご自分は,パブ特製ビールはお飲みにはならなかったようですが,夫君へのお土産用のビールは受け取られたとか。天皇皇后両陛下は,神戸の地震の際も,本当に被災者をお励ましになっておられました。長野でも,国民と一緒にオリンピックを楽しんでおられました。日本でも,両陛下がパブともいわずとも,居酒屋のような所を訪ねられて,国民と直接お話しになるとか,お酒をちょっとでも楽しまれるとか,そんな機会をお持ちになりたいとお思いでしょうか。
天皇陛下

前にもお話ししましたことですが,天皇は日本国の象徴であり,国民統合の象徴であるという憲法に定められた点を常に念頭において務めを果たしてきました。そして,どのように在るのがこの象徴にふさわしいかということが,いつも念頭から離れないことでした。今の問題についても,その面から考えなければならないことではないかと思います。やはり王室や皇室は,日本でも英国でも,それぞれの歴史を受け継いでおり,国民の考え方・感情も違ってきています。この点を日本の国民がどのように考えるかということを,考えていかなければならないことではないかと思っております。

皇后陛下

今,国民の大半が私どもに基本的に望んでいることは,皇室がその役割にふさわしい在り方をし,その役割に伴う義務を十分に果たしていくことだと思っています。民主主義の時代に日本に君主制が存続しているということは,天皇の象徴性が国民統合のしるしとして国民に必要とされているからであり,この天皇及び皇室の象徴性というものが,私どもの公的な行動の枠を決めるとともに,少しでも自己を人間的に深め,よりよい人間として国民に奉仕したいという気持ちにさせています。皇室の役割にふさわしい「在り方」という中に,きっと「親しさ」の要素も含まれておりますでしょう。ただ,それぞれの王室や皇室に,どのような親しさを,どのような度合いでもって国民が求めているか,また,どのような形においてそれを感じたいと思っているか,というところに国民性の違いがあると思いますし,また,違いがあってよいものだと思います。西欧の王室にあっても,このようなことへの対応は必ずしも一様であるとは思いません。私どももこの国にふさわしい形で,国民と皇室との間の親しみを大切に育んでいきたいものと考えています。

問6 両陛下にお伺いします。最近,イギリスでもスウェーデン・デンマークのように王室後継者で男女平等への動きがあります。日本では国会による皇室典範の改正によって定まる問題でありますが,もし女子の「天皇」が誕生することになれば,内親王への幼児期からのご教育を始め皇族全体の問題になると思います。この問題に対する率直なご意見をお聞かせください。
天皇陛下

この問題は,質問にもありましたように,国会の問題であり,国会の議を経た後でなければお答えすることはできないと思います。仮定の問題でお答えするわけにはいかないと思います。

皇后陛下

私もこの段階では答えを控えます。

関連質問

問 英国に関連して両陛下にお尋ねします。天皇陛下は皇太子時代にジョージ五世の伝記をお読みになるなど英国の歴史を学ばれたと伺っておりますし,皇后様は永年英詩あるいは児童文学を通じて英国の文化に親しんでおられると伺っておりますけれども,それぞれ,ご感想はいかがでございましょうか。
天皇陛下

ジョージ五世の伝記は小泉博士と一緒に読みました。しかし,全部読んだというわけではありません。ただ,その時に読んだ箇所は今でも非常に印象深いものがあります。例えば,バジョットの憲法論,国王は相談され,励まし,そして警告するという,そういうことをジョージ五世は学ばれたと書かれていますが,ジョージ五世が地道に誠意を持って,国のため国民のために歩まれた姿は感銘深いものがあります。昭和天皇が皇太子時代にジョージV世の温かいおもてなしを受けたわけですけれども,やはり同じような気持ちを持たれたのではないかと思います。また,この本の中で,私の年代ではもう歴史となっている時代の英国,また,英国を取り巻く欧州についての認識を深められたことも大変良かったことだと思います。

皇后陛下

英詩の研究という程のものでは決してございませんが,高校や大学の時代に習った詩を,今も時々取り出して来て読むということはございます。学生の頃は,あまり意味も分からずに,ただ暗記をしていたということの方が多く,あまり英語の勉強にはなりませんでしたけれども,言葉の美しさを教えられたということは,恵まれたことであったと思います。英国の児童文学についても,私はあまり詳しくはないのですが,子供の頃に読んだ物語は皆懐かしく,私は英国人を知る前に,英国人の筆が創り出した熊やひき蛙・穴熊・黒豹などと知り合いになっていたということになります。大人になってからも,トールキンやC.S.ルイス,サトクリフ,フィリッパ・ピアスなどの物語を楽しく読みました。英国は,児童文学の分野において,世界の子供のためにも,大人のためにも,非常に大きな貢献をしているのではないかと思います。