アメリカ合衆国ご訪問に際し(平成6年)

記者会見

ご訪問国:アメリカ合衆国(米国)

ご訪問期間:平成6年6月10日~6月26日

会見年月日:平成6年6月3日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇皇后両陛下
記者会見をなさる天皇皇后両陛下
(写真:宮内庁)

宮内記者会代表質問

問1 今回の米国訪問に対する抱負をお聞かせください。皇太子ご夫妻時代を含め今回は3回目の訪米となりますが,天皇,皇后としての訪問に気持ちの違いのようなものはございますでしょうか。また,これまでの訪問で印象に残っていることは何かありますでしょうか。
天皇陛下

米国は,国際社会において極めて重要な地位を占めており,また,ペルリ提督の来航以来,日本の歴史に深くかかわってきました。明治初年から,日本は米国に多くのものを学びました。戦後まもなく,穂積東宮大夫から札幌農学校で教えたクラーク博士のことを聞き,心に深く残っていますが,日米の歴史を振り返ると,このような個人が友好に尽くした役割が大きかったように思われ ます。国と国との関係が国民との間の理解と友情に支えられることにより,さらに確かなものになってくるものと思います。

この度,米国大統領ご夫妻からお招きを受け,政府の決定に従って米国を訪問するわけですが,訪問地では人々に接し,日米両国の先人が築いてきた理解と友好の関係が更に増進されるよう努めていきたいと思います。また,私自身,この訪問によって米国への理解を深めていきたいと思っています。

気持ちの違いについては,いずれも親善のための訪問ですから違いはありませんが,この度の訪問は国の象徴である天皇としての訪問ですので,このことを念頭に置いて,親善に尽くしたく思っています。

米国には何回か訪問していますが,温かいおもてなしを受け,数々のなつかしい思い出があります。心に残っていますのは,いつも米国人の善意に触れたことです。

皇后陛下

陛下の外国ご訪問の目的は,政治を超越したお立場から親善にお努めになることですので,この目的が少しでもよく果たされることを願いつつ,お供をさせていただきたいと思っています。

二つの異なる国が緊密な関係を持続していく中では,多くの試練にも出会わねばならず,この試練に耐えるためには,双方の善意が不可欠なものに思われます。

日米間にはこれまでに様々な分野で人々が築いてきた友好の絆があり,訪問の機会にこの絆が改めて認識され,更に強まることを心から願っています。

前回に比べ陛下のお立場は変わりましたが,親善という目的に変わりはなく,これまでと同じ気持ちで努めたいと思っています。これまでの訪問での印象につきましては,私も陛下の仰せになったと同じく,過去の訪問時に受けた温かいもてなしと米国民の善意を強く印象に残しております。

問2 来年は太平洋戦争終結50周年ですが,昭和35年にも訪問され,先の大戦と関わりの深いハワイ訪問についてお考えをお聞かせください。また,昭和天皇の戦争責任について陛下はどのようにお考えでしょうか。
天皇陛下

来年は戦争が終わって50年になります。本当に長い年月が経ちました。しかし,今年の2月,硫黄島を訪れ,2万7千に及ぶ日米の戦死者とその遺族を思いつつ慰霊碑に参拝しました時,そのような年月が経ていることを感じませんでした。戦争によって命を失い,傷つき,また,苦しみを受けた人々のことは年月を経ても心から離れるものではありません。ハワイの訪問は,このようなことを念頭に置くとともに,日本からの移民を含む日米両国の交流の長い歴史を振り返りたく思います。

昭和天皇は,何よりも平和を大切に考えていらっしゃり,また,憲法に従って行動することを守ることを努めていらっしゃいましたが,大変ご苦労が多かったとお察ししています。

問3 皇后さまの体調がまだ万全ではないということで,陛下もご心配かと思われますが,いかがお考えでしょうか。
天皇陛下

まだ,完全な回復ではありませんが,一月前を思い起こすと回復が感じられます。日常会話には不自由が見えませんけれども,私の目から見れば,以前と比べ,声もまだ小さく,また,話すことにかなりの疲労を伴うようです。この度の訪米の日程は非常に忙しく,また,それに加えて,体の負担も大きいので心配していますが,これまでもいつも私の公務を陰から支えてくれておるように,この度も努めを心を尽くして果たしていくものと思っています。

問4 倒れられてから初めてお話が伺えるわけですけれども,この間,どのようなお気持ちでしたでしょうか。今回の訪米は2週間で10都市余りを回る厳しいスケジュールとなっておりますが,不安はございませんでしょうか。
皇后陛下

言葉を失うということは,あまりにも予期せぬことでしたので,初めはその現実を受けとめることが私にできる精一杯のことでした。この段階で,金沢教授が行き届いた配慮をしてくださり,また,陛下や紀宮が,話すことのできない私と,全く変わりなく日常の生活を続けてくださったことは,この上ない慰めでございました。言葉を失ったことへの不安と悲しみが日に日に大きくなり,発声や発語の練習に励む一方,回復への希望を失いかけた時期もありました。そのような時に,多くの方々から励ましの言葉を頂き,深い感謝に潤される中で,自分を省み,苦しみの持つ意味に思いをめぐらすゆとりを得ることができました。優しくありたいと願いながら,疲れや悲しみの中で,堅く,もろくなっていた自分の心を恥ずかしく思い,心配をおかけしたことをお詫びし,励ましてくださった大勢の方々に厚く御礼を申し上げます。この度の長い旅行の日程に,全く不安を感じていないと申すことはできませんが,つつがなく務めを果たせるよう,体に気をつけてお供をさせて頂きます。

問5 今度のご訪米では,アメリカ社会のさまざまな面に触れ合うことになりますが,楽しみにしておられる場所,また,会うことを心待ちにしていらっしゃる人はいらっしゃいますでしょうか。
天皇陛下

この度の訪問は公式訪問であり,人々に接し,理解と友好関係の増進に努めるよう努めたいと思っております。したがってある特定の場所を楽しみにしているというようなことを言うことは差し控えたく思います。この度の訪問で新しい知己を得るとともに,旧知の人と再会することも楽しみなことです。

皇后陛下

私も陛下のお答えと同じく特定の場所を挙げることは差し控えさせていただきます。前回お世話になったライシャワー博士を始めとし,ロックフェラー三世ご夫妻,また訪米の折にはいつも笑顔で迎え,テニスについて聞いてくださったマイクマサオカさんなど日本と親交の深かった方々が既に故人となっておられ,今回アメリカの地にあってもお会いできないことを寂しく思いますが,訪問に際しては,何人もの先人の方々をなつかしく思い出しながら,知己の方々との友情を深め,また,初めての方々ともお会いできますことを心待ちにしております。

問6 経済的には現在の日米関係は決して順風満帆とは言えません。こうした中での訪米は,日本政府がアメリカ国民の対日感情を和らげるため天皇を政治利用しているとの見方もあります。いかがお考えでしょうか。
天皇陛下

国と国との関係はその時々の経済情勢などによって影響を受けますが,国民と国民とが理解と友好を深め,広く信頼関係を築いていくことは,国家間の問題を越えて続けていくものと考えます。国と国との関係がこのような国民間の信頼関係によって支えられていることは極めて重要なことであり,その意味で様々な分野で国民と国民との間での理解が深まっていくことは,国際親善の上から意義深いことと思います。私の外国訪問も,このようなことを念頭に置き,人々に接し,相互理解に基づく友好関係が増進されるよう心掛けています。

在日外国報道協会代表質問

問7 1941年当時の状況に照らした場合,日本軍の真珠湾攻撃に正当性はあったとお考えでしょうか,また,真珠湾が攻撃されたハワイにおいて,アメリカ国民に対し,どのようなメッセージをお伝えになりますか。
天皇陛下

歴史的事実を正確に理解するということは大変重要なことと思いますが,私の立場からこのような問題に触れることは差し控えたく思います。

戦争によって,多くの人々が亡くなり,傷つき,また,苦しみを受けたことは本当に心が痛むところです。戦後,日本は民主主義の行われる平和国家として生きることを決意し,世界の平和と繁栄を念願し,世界の国々と相携えて,国際社会に貢献しようと努めてきています。日本と深い関係にある米国民との間の相互理解に基づく友好関係が更に増進されるよう願っております。

問8 高校,大学時代をアメリカで過ごされた雅子様とアメリカについてお話をされたことがございますか。最近,アメリカ国内におけるさまざまな社会問題が取り沙汰されていますが,両陛下はアメリカという国にどのようなイメージをお持ちでしょうか。
天皇陛下

皇太子妃とは特に取り立ててアメリカの話をしたことはありません。アメリカについては,独立時に立派な憲法を生み出し,建国の理想を心に刻み,常に過去を学びつつ,良心と勇気をもってより良い未来を築こうとしている国というイメージを持っています。

皇后陛下

東宮妃とはこれまでいろいろなことを話し合ってまいりましたが,アメリカを特定の話題として話し合ったことはまだなかったように思います。出発前に一度食事の機会をと,東宮,東宮妃二人から誘われておりますので,その機会にはきっとアメリカの話を聞くことができますでしょう。

私が持つアメリカのイメージの一つは,建国当時の人材と建国の理想につながっているように思います。今回の日程にモンティチェロと,ヴァージニア大学の訪問が入っており,このイメージが更に豊かなものになるのではないかと思っています。もう一つのイメージは,戦後間もなく数多くの人達に学問や研究の道を開いてくれたアメリカの各種の奨学金制度や招待制度につながっています。苦しかった時代に,学ぶ機会を得た人々の喜びと感謝の言葉を目にし,耳にする機会が本当に多くありました。自由を尊び,個々の可能性を伸ばす機会を少しでも多くの人に与えようと努力を続けている国であり,社会の問題に対しては,良心的に勇気を持って取り組んでいる国であるというイメージを持っております。