中華人民共和国ご訪問に際し(平成4年)

記者会見

ご訪問国:中華人民共和国

ご訪問期間:平成4年10月23日~10月28日

会見年月日:平成4年10月15日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇皇后両陛下
記者会見をなさる天皇皇后両陛下
(写真:宮内庁)

宮内記者会代表質問

問1 日中の長い歴史の中で初めての天皇訪中が実現いたします。その意義について,陛下はどのようにお考えでしょうか。また,念願の訪中にあたりまして両陛下の抱負をお聞かせ下さい。
天皇陛下

日本と中国は地理的に極めて近く,長い交流の歴史がありました。日本人は古くから中国の文化を学び,それを元にして漢字から仮名を作り出したように,様々な面に日本の文化を育ててきました。したがって両国の間には似ている面と異なっている面が入り交じっていると聞いております。このような関係にある両国の間で関心を持っている人々が互いに理解を深め合い,友好関係を増進することは極めて重要なことと考えます。この度の訪問がこのような契機となれば幸いと思います。短期間の限られた地域への訪問でありますが,中国の文化や歴史に接するとともに,多くの人々と交わり,相互理解を深め,友好関係の増進に資するよう努めていきたいと思っています。

皇后陛下

私も陛下のおっしゃいましたことと同じ気持ちでおります。この訪問を楽しみに,心を込めて務めを果たしてまいりたいと思います。

問2 陛下は李鵬首相が来日した際に,「近代において不幸な歴史があったことに遺憾の意を表します」と述べられたと伝えられています。この度の訪中には,どのようなお気持ちで臨まれるのでしょうか。
天皇陛下

日本と中国は,古くから平和に交流を続けてきましたが,近代において,不幸な歴史がありました。戦後,日本は,過去を振り返り平和国家として生きることを決意し,世界の平和と繁栄に努めてきました。この度,国交正常化20周年の機会に中国を訪問することになりましたが,これを契機として,日本が世界の平和を念願し,近隣の国々と相携えて,国際社会に貢献しようと努めている現在の日本が理解され,相互信頼に基づく友好関係が増進されことを願っております。

問3 今回の訪中をめぐりましては,内外に様々な反対意見もありました。この点について陛下のお考えをお聞かせ下さい。
天皇陛下

言論の自由は,民主主義社会の原則であります。この度の中国訪問のことに関しましては,種々の意見がありますが,政府は,そのようなことをも踏まえて,真剣に検討した結果,このように決定したと思います。私の立場は,政府の決定に従って,その中で最善を尽くすことだと思います。

問4 中国とその国民に対して両陛下はどのような印象をお持ちでしょうか。また,いよいよ訪問が間近に迫っていますが,準備の方はそれぞれいかがでしょうか。特にお読みになっている本などがあればお聞かせ下さい。
天皇陛下

小さい時から中国に関しては話を聞いたり,また,本を読んだりして関心を持っていました。中国の古典や歴史から学ぶことがたくさんあります。私が好きな言葉に忠恕(ちゅうじょ)ということがありますが,これは自分に誠実で,そして人の心を思いはかるという意味のことです。これは論語にある言葉であり,また,私が小さい頃,当時の穂積東宮大夫は,新訳孟子をちょうど在職中に書いていましたけれども,その新訳孟子も後に興味深く読みました。日本人はこのような中国の文化の恩恵に浴してきました。遠い昔からこのような文化を生み出した中国に対して深い敬意の念を持っております。また,中国の人々に接した,私が接しました人々には,非常に親しみを感じております。準備の方としましては,いろいろ行事も多く忙しい日々を過ごしていますので,今までに読んだ本や,読まない本を含めて,ところどころに目を通すという程度しか出来ません。

皇后陛下

小学校の何年生の頃でしたか,音楽の時間に揚子江の歌を教わりました。水を満々とたたえた川が,昼も夜も滔々(とうとう)と流れて大陸の沃野(よくや)をうるおす,という意味の歌でした。歌いながら子供の心にも何か広々としたもの大きなものが感じられ,その印象が今も私の中にとどまり,中国や,そこに住む人々の姿と重なっています。準備の方は,期間も短く,決して十分とは申せませんが,陛下お始めいろいろな方面の方々にお教え頂きましたり,中国各地の民話等を少しずつ読んでいます。

問5 韓国訪問は皇太子ご夫妻時代に一度延期になり,その後,廬泰愚大統領から招請もありましたが,陛下はどのようにお考えでしょうか。
天皇陛下

韓国は日本と極めて近い隣国であります。近年,そして長い交流の様々な歴史があります。近年,協力の関係が進み,友好関係が深められてきていることは喜ばしいことと思います。私の訪問に関しましては中国の場合と同じく,政府の決定に従うものであり,そのような機会があれば,心を尽くして務めていきたいと思っております。

問6 中国につきましては,昭和天皇から生前どのようなお話を聞いていましたでしょうか。昭和天皇が中国訪問を強く希望されていたことについてはどう思われますでしょうか。
天皇陛下

中国のお話は,あまり伺ったことはありません。ご訪問に関しては,そのことを気にかけていらっしゃったということを聞いております。

問7 中国から帰国されますと,すぐに皇太子妃選考に関する申し合わせの期限が来ますが,こちらの方の見通しはいかがでしょうか。
天皇陛下

報道関係者が理解を示して,皇太子妃報道に関する自主的な申し合わせをされたことに深く感謝しております。皇太子の問題は,皇太子の意向に沿って,宮内庁長官や東宮大夫を始めとする関係者が努力していることですので,それを静かに見守っていくことが大切と思います。

在日外国報道協会代表質問

問8 1970年代に日中間の国交が正常化されたとき,中国が戦争について公式の補償を放棄したことは,これは寛大な行為だと思われますか。
天皇陛下

このことに関しましては,政府が関係する問題でありますので,お答えは差し控えたいと思います。

問9 陛下は皇室と中国の関係をいかがご覧になるでしょうか。それは三つの時代についてお尋ねいたしますが,一つは昔の時,もう一つは明治維新以来終戦までの時と,現在の時をお伺いしたい。
天皇陛下

皇室と中国の関係につきましては,古くは天皇が遣隋使,遣唐使を派遣し,それに伴って留学生も随,唐に渡り中国の文化を学ぶように力を尽くしてきました。遣唐使が廃止されてからは,中国との関係は,政治が将軍の手に移ったこともあり,なくなりましたが,中国の文化が皇室に深い影響を持っていたことは,例えば天皇の即位礼でも孝明天皇までは中国から取り入れた礼服という式服によって行われていたことにもうかがえます。明治以降は,世界の変動の様々な影響を受け,両国の関係も様々に変化しますが,その間には不幸な歴史もありました。戦後は,国交正常化の後両国の関係は緊密化を強めてきていることは喜ばしいことと思います。両国の関係は過去を踏まえて,それを乗り越え,相互信頼に基づく末永い友好関係が今後培われていくことを念願しております。

問10 両陛下へお尋ねいたします。今回の中国ご訪問に関して,特に楽しみにしていられること,例えば是非お会いになりたい人,ご訪問されたい場所などがございましたらお聞かせください。
天皇陛下

中国訪問中,多くの中国の人々にお会いすることを楽しみにしております。しかし,短期間でありますので,十分お話しする時間がとれないことを残念に思っています。また,この度の訪問地は限られたものではありますが,日本の文化に大きく影響した未知の国,中国を実際に見,そして理解を深めることは今後の中国を考える上にも意義深いことと考えております。この度の訪問で西安,昔の長安に当たる西安が含まれていますが,その地で昔の遣唐使のことを偲びたいと思っております。

皇后陛下

中国は今までに一度も訪れたことのないお国ですので,何もなにも初めてのこととして楽しみにしています。今回の旅で出会う人々,今回の旅で訪れるそれぞれの場所がいつかやがて自分にとって懐かしい人々,懐かしい場所となればうれしいと思います。

関連質問

問 陛下にお伺いしたいのですが,平成元年の李鵬首相来日の際の会見で,中国と日本の両国の歴史について遺憾の意を表しますというふうに述べられたと伝えられていますが,実際は残念に思いますという表現を使われたというふうにもお聞きしております。その時のお気持ちはいかがだったのか,もう一度お伺いしたのですが。
天皇陛下

その時には,残念に思いますということを言ったように記憶しています。