上皇陛下のご近況について(お誕生日に際し)(令和5年)

令和5年12月23日:上皇職

上皇陛下は、今年、90歳のお誕生日をお迎えになります。

上皇后さまと毎日を規則正しく静かに穏やかにお過ごしです。

朝夕の新聞やテレビニュースをよくご覧になり、国内外の出来事に目を向けられながら、国民生活の様子に心を配られています。今年5月から感染症法上の位置づけが変更された新型コロナウイルスの感染状況と社会対応の変化に注目される一方、世界的に異常気象が発生していることを気に留められ、梅雨から夏にかけ全国各地で発生した線状降水帯による大雨被害や今夏の記録的な高温による熱中症患者の増加や農作物への影響について案じていらっしゃいました。地震が発生すると、いつものように昼夜を問わず、すぐにテレビの速報をご覧になって被災状況を確認されています。

沖縄県慰霊の日、広島・長崎原爆の日、終戦記念日並びに阪神淡路大震災及び東日本大震災の発生日には、上皇后さまとご一緒に黙祷され、終日を静かにお過ごしになっていますが、沖縄や戦争と平和への思いは今もお強く、今年2月にお訪ねになったJICA横浜海外移住資料館の「沖縄移民の歴史と世界のウチナーンチュの絆」展や平和祈念展示資料館で開催された企画展「収容所(ラーゲリ)と日本を結んだ葉書」では、説明者に熱心にご質問になり、興味深くご覧になりました。上皇后さまとのお話の中でも、琉歌や琉球舞踊など沖縄の文化や歴史、沖縄のハンセン病療養所等をご訪問になった思い出と共に、ご疎開中の日光や終戦直後の東京都小金井市の東宮御仮寓所でのご生活、軽井沢大日向を開墾した満蒙開拓団の人々のことなどがよく話題になっています。

また、御在位中にお見舞になった東日本大震災を始めとする被災地のその後の様子をいつも心に留められ、取り分け、原発事故による放射能汚染により未だ帰還困難者がいる福島県の状況を案じていらっしゃいます。東日本大震災との関連で付言すれば、陛下が被災者をお見舞いになって詠まれた御製「大いなるまがのいたみに耐へて生くる人の言葉に心打たるる」、上皇后さまが復興に立ち向かう被災者を思われた御歌「今ひとたび立ちあがりゆく村むらよせたるものの面影のに」を歌詞とする祭祀舞が創作され、今年、宮城県石巻市にある神社の東日本大震災物故者慰霊祭で奉奏されたとの知らせを受けました。

新聞記事やニュースで話題になった国や地域については、ご訪問当時の様子やお会いになった人々のことを上皇后さまとよく話題にされています。天皇皇后両陛下を始め秋篠宮皇嗣同妃両殿下や皇族方が外国をご訪問になる折は、無事のお務めとご帰国を願われつつ、その国をご訪問になった当時のことを懐かしく思い起こされていらっしゃいます。これまでのご訪問国の中には、社会情勢が当時と一変しているところもあり、時に外部の識者からそうした国の現況について説明を受けられたこともありました。外国元首の中には、個人的なご交誼から、今でも季節の挨拶状や書状を送ってこられる方が多くあります。

陛下は、過去の出会い、一期一会を大切になさっていらっしゃいます。

平成9年ブラジルご訪問を機に、日本語と日本文化を学ぶ日系ブラジル人学校「松柏学園・大志万学院」の生徒から、毎年、学校での様子を伝える日本語の作文が送られてきますが、今年も運動会の様子を伝える案内状や作文集が届き、いつものように上皇后さまとご一緒に楽しそうにお目を通していらっしゃいました。夏の那須御用邸ご滞在の折には、これまでご訪問になった農家の人々の来訪を受けて再会を楽しまれました。秋には昭和60年の北欧4か国ご訪問の折に、フィンランドとデンマークでそれぞれお会いになり、ご交流が始まった日本人ピアニストの都内演奏会に上皇后さまとお出ましになりました。

今も宮中祭祀が行われる間は上皇后さま共々お慎みになりますが、今年の新嘗祭でも、天皇陛下の出御しゅつぎょに合わせてお慎みの時を過ごされ、暁の儀が終了する深夜までお慎みになりました。講書始では時刻に合わせて届けられた御進講資料に目を通され、歌会始ではテレビ中継をご覧になり、節句等には伝統の料理を召し上がるなど今も宮中行事を大切になさっています。

御夕餐後の侍従とのお話は今も続いていますが、最近は、侍従とオセロや将棋をお楽しみになることもあります。ご研究がない日の午前には、日本や世界の歴史、文化、自然等を紹介するテレビ番組の録画を上皇后さまとご一緒にご覧になっています。

昨年7月に診断された三尖弁閉鎖不全による右心不全については、現在も血液検査のBNP値がやや高く、少量ながら胸水貯留も認められますが、薬の服用、水分の摂取制限といった内科的治療により、昨年末以降、比較的安定した状態が続いています。また、昨年お受けになった白内障及び緑内障手術のその後の経過は順調です。

ハゼ科魚類の分類に関するご研究については、今も毎週月曜日と金曜日の午前午後は皇居生物学研究所で、水曜日午前は仙洞御所でお続けになっています。また、国立科学博物館が主催する「魚類分類研究会」には、オンラインで可能な限り参加され、講演者や参加者と交流なさいます。

陛下がこれまでに発表されたハゼ科魚類の分類に関する論文は、現在でも研究者のみならず図鑑等の啓蒙書でも引用されていますが、発表から40年が経過し、研究対象とされた同属の種の数も増え、その生態や分布に関する新たな知見も見られることから、陛下はご自身の発表された論文を再検証することをお決めになり、現在は以下の2つのテーマに取り組まれています。いずれのテーマにおいても、陛下は、新しい知見があれば、必ずご自身で標本を観察して確認されることを研究の基本姿勢とされています。

一つは、1987年発行の「日本の淡水魚類」(東海大学出版社)に発表された論文を基にしたチチブ類の分類や生態の再検証です。

昨年は、チチブ類の行動と鰭や鰾の体機能との関係について新しい知見が得られましたが、本年は、チチブ類が生息する河川環境を解析する他の研究者の協力を得て、河川構造や潮汐運動による塩分濃度の影響がチチブ類の住み分けに与える影響について解明を進められています。陛下のご提案により、チチブ類が生息する葉山町下山川の魚類相調査や野外観察が行われ、水中観察やVTR撮影などにより、チチブ類の生息場所や捕食活動を分析する情報が得られました。陛下のご専門である骨学的観察による分類手法においても、これまでのチチブとヌマチチブの分類形質に加え、水槽観察やフィールド調査における観察結果とも整合する新たな有効形質が見つかりました。

二つ目は、1980年に共著者と発表された日本産クモハゼ類6種とその後に確認された4種を加えた日本産クモハゼ類10種の分類学的再検討です。この研究では、まず1980年の論文で示されたクモハゼ属の種の同定に用いる6つの分類形質の再確認から始められましたが、そのうちの3つの形質について新たな分類学的特徴が発見されました。今年は、追加確認された日本産クモハゼ類4種について、6種との比較を行いながら分類学的形質観察をお続けになり、日本産クモハゼ属10種を明確に識別できる検索表を完成するに至っています。

今年のお誕生日行事は、別紙の通り、昨年同様に簡素な形としながら、やや人数を増やして祝賀をお受けいただく予定です。