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鎌倉時代の絵巻の名品《春日権現験記絵》は,延慶2年(1309)3月の年記をもつ付属の目録によって,藤原氏一門の左大臣西園寺公衡(1264~1315)がその制作と春日社への奉納を計画し,絵を宮廷絵所預の高階隆兼が担当,詞書を前関白鷹司基忠の父子四人が記したことなど,制作時の事情が明確な絵巻です。また,詞書が記され,優れたやまと絵技法により色彩豊かに精緻な画面が描かれているのは高価な絹であり,その経年変化で劣化しやすい画面は,一場面も欠けることなくほぼ完全な姿で伝わっています。さらに表紙などの装丁,収納箱なども含め,総てが制作当初の姿を伝えており,数ある名品の中でもその貴重性は際立っています。伝来,絵巻の内容,描写技法など,いずれをとっても優れた芸術性,歴史性を示す本絵巻は,日本文化を代表する絵巻の名品として揺るぎないものと言えましょう。 ところで,本絵巻は,春日大社の重宝として厳重な管理を受けて伝えられていたもので,江戸後期に何らかの事情で鷹司家の所有となった後,明治初期に皇室に献納され,それ以降は御物の名品の一つとして保護されてきました。そして,平成に入ってその保存管理を担うことになった三の丸尚蔵館では,絵巻を後世へ継承していくには危険な状態になっていると判断し,専門家との調査,検討を経て,平成16年度から13カ年をかけて本格的な保存修理を行いました。この平成の大修理とも言える事業は,本絵巻の芸術性,歴史性とその貴重性を考慮し,それを損なわない形での修理方針を明確にした上で,絵具の光学的・科学的調査を加え,最も確かで安全な修理技術によって実施しました。また,絵巻の表紙裂の復元には,皇后陛下が紅葉山御養蚕所でお育ての小石丸の糸を頂戴しました。さらに,軸首の復元に関わっていただいた螺鈿技術の重要無形文化財保持者(人間国宝)の北村昭斎氏をはじめとして,日本文化の伝統を継承されてきた方々の総力を結集した本事業は,技術や材料においても日本の伝統を後世へ伝えるという大きな意義を果たしました。 今後,本絵巻は,保存と公開のバランスをとりながら,多くの方々の目に触れる機会が増えることになります。日本人の優れた感性によって育まれたやまと絵のもつ繊細さ,鮮麗さ,優雅さを堪能していただくと共に,本絵巻が今日まで伝えられてきたその背景と保護の重要性にも触れていただければ幸いです。 展覧会図録(PDF形式:146.0MB) |