皇太子殿下 トルコご旅行時のおことば(仮訳)

トルコ

平成21年3月16日 (月)
第5回世界水フォーラム開会式(イスタンブール市)における皇太子殿下のおことば
(世界水フォーラム ハリチ・ホール)

1 はじめに

世界からの多くの参加者と共に,ここトルコ・イスタンブール市において開催される第5回世界水フォーラムに出席できることを大変うれしく思います。

イスタンブールは,東洋と西洋が出会う所であり,東西の両文化が見事に融合している場所です。また,私たち日本人にとっては,古くは「シルクロード」によって結ばれたあこがれの地ともなっています。そのイスタンブールで,「水のために橋を架けよう」をテーマに第5回世界水フォーラムが開催されることは,世界の水問題の現状とその解決に向けた協働の必要性を考えると,極めて大きな意義を有するものと思います。

今回のフォーラムの開催に向けて多大な努力を惜しまなかったトルコ国政府,イスタンブール市,世界水会議,第5回世界水フォーラム事務局を始めとする関係各位に深く敬意を表する次第です。

2 第4回世界水フォーラムから今日まで-水を巡る最近の動き

2006年に開催された第4回世界水フォーラムからの3年間を振り返ると,多くの重要な動きが見られました。中でも,水の問題を専門家だけが議論するのではなく,一見水とは関係のない活動を行っている人々,さらには各国の首脳が水をテーマに議論を行う場が形づくられてきたことは注目に値します。

(1)世界各地での活動の広がり

① 地域における水サミットの開催

その一つは,地域における水サミットの開催です。2007年に日本の別府で開催された「第1回アジア・太平洋水サミット」は,世界で初めての水を単独テーマとする首脳会合であり,各国首脳や政府代表のほか,国際機関,市民団体,産業界や学会の代表が一堂に会して,地域に共通する水と衛生の問題について議論を行いました。私もこのサミットに参加し,各国首脳を始めとする皆さんが真剣に議論する姿を目の当たりにして,とても心強く感じたことを覚えています。

そこで採択された「別府からのメッセージ」では,「ミレニアム開発目標」に掲げた取組を更に強化し,アジア太平洋地域では安全な飲料水を利用できない人や基本的な衛生施設を利用できない人の数を2025年までにゼロにするという新たな目標が打ち出されましたが,これはこのサミットの大きな成果と言えます。

また,2008年には,国連「水と衛生に関する諮問委員会」議長であるアレキサンダー皇太子殿下の働きかけにより,エジプトで「アフリカ連合水サミット」が開催されたことは記憶に新しいところです。このように,水と衛生に関して深刻な問題を抱える地域の首脳がサミットという形で問題の解決策を探る動きは,この問題がいかに重要であるかを物語るものと言えるでしょう。

② あらゆるレベルにおける活動の進展

サミット以外にも,世界のあらゆる地域や分野で具体的な活動が進展しています。

アフリカや中近東,南北アメリカ,アジア地域などでは,地域の協働を目的とした閣僚レベルの対話が行われています。資金調達の分野では,OECDなどにより議論が深化され,世界銀行,地域開発銀行などにより支援策の強化や多様化が図られています。モニタリングや能力開発の分野では,国連の水関連諸機関で構成される「UNウォーター」などによって,必要な人材,技術等の確保に向けた対話や研修,ワークショップが進められています。さらには,各地の豊かな水環境を保全するため,政府や地方自治体,NGO等が協力しながら,地域に即した様々な取組を進めています。

こうした活動が近年ますます活発化していることを心強く思うとともに,それぞれの現場で地道な努力を続けている人々のたゆみない努力と熱意に心から敬意を表したいと思います。

(2)国際衛生年

昨年は,「国際衛生年」でした。今更言うまでもなく,衛生には,手洗い等の公衆衛生,トイレの整備,下水道等によるし尿の処理などが含まれており,それらをいかに効果的に推進していくかが問われています。「国際衛生年」自体は昨年一年間の取組でしたが,その真価が問われるのは,むしろこれからだと言えるでしょう。

私は,第4回世界水フォーラムの講演において,江戸と呼ばれた昔の東京で,都市と農村を結んだし尿の循環型処理システム,すなわち都市で生じたし尿を農村に運んで肥料とし,その肥料によって作られた農作物が都市住民の生活を支えるというシステムが見事に成り立っていたことを紹介しました。農作物の生産者がし尿の消費者であり,同時に農作物の消費者がし尿の生産者であるという,持ちつ持たれつの関係にあったのです。このように,江戸に限らず当時の日本では,し尿は貴重な資源だったのです。

し尿を肥料として使うには,その前提として,寄生虫や雑菌の駆除の問題,(ふん)尿への嫌悪感という心理的な問題を解決することが必要となります。しかし,し尿を貴重な資源として捉え,生活の中で大切に扱っていたという事例が実際に存在したことは,今後,衛生の問題を考える際に大いに参考となるのではないでしょうか。

(3)水をめぐる様々な課題への対応

第5回世界水フォーラムでは,「水と災害」や「資金調達」といった分野横断的な5つの重要課題に関するハイレベルパネルが開催されます。また,開催期間中,首脳会議や閣僚会議はもとより,地域ごとのテーマを議論する地域プロセス,全体で100以上のテーマを議論するテーマプロセスが開催されると伺っています。

水の問題は,人類が直面する広範な問題に関連するものです。水資源の持続的利用を実現するためには,水資源の特性に応じた包括的な取組が必要です。このように様々な場が設けられたフォーラムで,世界各地から集まった人々が,立場の違いを超えて自由に議論し,その成果を世界に向けて発信していくことは,今後の国際社会や市民社会にとって大変意義深いものとなると考えています。

最後に,水の問題すべてに関連する問題として,地球温暖化問題に触れないわけにはいきません。

地球温暖化は,人類の持続可能な発展を可能にする上で,国際社会がこれまで以上に力を合わせて取り組まなければならない問題です。気候変動に伴う水災害の激化や大規模な水不足,海面上昇に伴う太平洋島(しょ)国の海岸侵食や飲料水の不足,ヒマラヤ山脈の氷河の融解による洪水や雪崩の増加など,今までとは違った形の水問題が提起され,その深刻化が懸念されています。地球規模での気候の変化が,水の持つ様々な側面を通じて,これまで以上に先鋭化した形で各地域に影響を及ぼしているのです。

地球温暖化問題への的確な対応は,人類の存続にとって不可欠です。その多くが水問題の解決を通じてのものとなるでしょう。私たちと,私たちの子孫,そして地球上のあらゆる生物が,いつまでもこの豊かな地球環境の恵みを受け続けることができるよう,今こそ人類の叡智(えいち)と行動をもって,この問題を解決していかなければなりません。

3 おわりに

ご列席の皆様,世界の隅々にまで安全な水と衛生を届けようと長い道のりを進む私たちの活動は,例えてみればシルクロードを往くキャラバンのようなものかもしれません。「ミレニアム開発目標」の達成に向かい,また更にその先へと向かう水のキャラバンに,この第5回世界水フォーラムが新しい知恵と連帯,そして先へ進む勇気を与えてくれることを願い,私のあいさつといたします。