この度私は,ヴルフ独大統領よりのご招待を受けて,昭和62年以来24年ぶりにドイツ国を公式訪問することになりました。
今回のドイツ国訪問は,日独交流150周年名誉総裁としての訪問として,日独両国政府間でその時期を調整したのを受け実現したものです。出発前の私の記者会見でも申し上げたとおり,3月11日に起こった東日本大震災の被害の大きさに鑑みて,当初,検討されていた地方日程を行わず,首都ベルリンのみ訪問する日程となりました。こうした背景もあってか,ヴルフ大統領を始め,ドイツでお会いした様々な方々から,今回のドイツ国訪問が実現したこと自体を歓迎する声が多く寄せられるとともに,今回お会いした日独交流に関わってこられた方々はもとより,沿道のドイツ一般市民の方々も含め,滞在中は多くの方々に大変温かく迎えていただいたことを有り難く思うとともに,ベルリンのみ実質3日間という短期間ながら,今回の訪問が実現できたことは有意義であったと思いました。
東日本大震災の関連では,ヴルフ大統領,メルケル首相,ラマート連邦議会議長,ヴォーヴェライト・ベルリン州首相など,今回お会いし,お話しした全ての方々から,震災へのお見舞いの気持ちや,震災を通じて日本との連帯感を強く感じることとなったこと,今後も引き続き必要な協力を行っていく用意があることなどにつき,率直なお気持ちをお聞きしました。
私からは,大統領を始め,ドイツにおいてお会いした一人一人の方に,様々な支援やお見舞いに対し大変感謝していることや,被災地の現状等について説明いたしました。また,滞在中には,ドイツの方々のみならず,ドイツで暮らす日本の方も,故国の大災害に大変心を痛めるとともに,例えば,音楽家の方であれば,チャリティーコンサートを開催するなど,それぞれの方々がそれぞれの形で被災地に思いを寄せ,行動を起こしていることを伺いました。私としても,被災地へのお見舞いなど,私としてできる限りのことを続けていき,今後とも被災地の方々に長く心を寄せていきたいとの思いを改めて強く持ちました。
今回は日独交流150周年名誉総裁としての立場での訪問となりましたが,今回の滞在を通じ,多くの方々とお会いする中で,二国間の
まず,ドイツにおいて両国間の交流に長年関わってこられた方々とお会いし,また,森鴎外を始め,日独交流に深く関わった先人たちの足跡を
また,私は,約四半世紀ぶりのベルリン訪問に当たり,前回ベルリンを訪れた際の記憶をたどりつつ,ベルリンの壁がなくなり,東西ドイツの統一を経て,大きく変貌したベルリンをこの目で見ることを楽しみにしてまいりました。記憶の中にあるベルリンは,緊張感に満ちた,また,他のドイツの街と比べても,どこか重苦しい街という印象でした。今回,わずかに残されたベルリンの壁にその痕跡はあるものの,ヴォーヴェライト・ベルリン州首相とブランデンブルク門を歩いてくぐり抜け,また,ラマート連邦議会議長に首都となったベルリンの連邦議会の建物の屋上より,東西が一つとなった新しいベルリンの街を一望に見渡しつつ案内いただく中で,新しく成長する都市の息吹を強く感じました。
さらに,日独交流という観点からは,私が24年前に開所式に出席したベルリン日独センターが,四半世紀の歳月を経て,私が植樹した桜のように文字どおり日本とドイツの交流の懸け橋として,しっかりベルリンの地に根付いていることに感慨を覚えました。
今回の私の訪問中,24年前の公式訪問の際お世話になったディープゲン・ベルリン前州首相を始めとする方々に再会でき,また,平成5年の両陛下のドイツ国ご訪問の際の思い出を昨日のように語る方々ともお会いする機会を得ました。私自身も,今回の訪問を通じてできた人と人との
なお,今回の訪問に雅子が同行できなかったことは残念でしたが,本人もドイツ国政府からのご招待をとても有り難く思っております。また,現地にてお目にかかった方々からお見舞いとお励ましの言葉を頂いたことにも厚くお礼を申し上げます。