第7回世界水フォーラムにおける皇太子殿下ビデオメッセージ

第7回世界水フォーラムにおける皇太子殿下ビデオメッセージ(ビデオ)

「人々の水への想いをかなえる」-科学技術を通じた水と人との関わり-

大韓民国政府や市民の方々を始め,世界の多くの関係者のご尽力により,ここ大邱(テグ)市・慶州(キョンジュ)市で第7回世界水フォーラムが盛大に開催されることを心からお祝いします。豊かな文化に恵まれ山紫水明の両市で開催されるこの世界水フォーラムにご招待いただきましたが,都合により伺うことができません。このような形でお話をさせていただく機会をお作りいただいた世界水フォーラムの関係者のお心遣いに感謝いたします。

私が名誉総裁を務めた,京都,大阪,滋賀で開催された第3回世界水フォーラムを含め,マラケシュ,ハーグ,メキシコシティー,イスタンブール,マルセイユと世界水フォーラムが成功裡に開催され,水問題の解決のための議論と行動が促進されてきたことは,世界の水と衛生の改善にとって画期的なことでした。第3回以降,これまでの世界水フォーラムに引き続き,今回,ハン・スンス議長の下で開催される水と災害に関するハイレベルパネルにおいて,水に関するメッセージをお伝えできることは,私にとっても大きな喜びです。

この第7回世界水フォーラムでは,「私たちの未来のための水(Water for Our Future)」のテーマの下,水に関する科学技術プロセスがフォーラムの柱の一つとして新たに議論されることとなりました。この機会に,私が今までの様々な講演やメッセージでお話ししてきたテーマの一つである「人と水との関わり」の中で,科学技術が果たしてきた役割についてお話ししたいと思います。

世界の四大古代文明が大河のほとりで発展してきたように,古くから人々は様々な知恵を使い,工夫をこらして水を制御してきました。より豊かで安全な暮らしを送りたいという想いが,多くの技能を生みだしました。そうした水に関する知恵や工夫は,時代を追ってやがて科学技術として確立し,農業や工業の発展を助け,より健康で豊かな生活を送りたいという人々の想いがかなえられてきたと言えます。

私が2008年,世界水博覧会(図1)に出席するために,スペイン・サラゴサを訪れた際にはトレドの仕掛け水車跡地(図2)を,2009年トルコ・イスタンブール訪問では分水施設跡や水道橋(図3)を,2010年にはケニアのムエア灌漑施設(図4)やローマの水道橋を訪れるなど,世界各地の水に関する施設を視察し,それぞれの施設でその地の文化や社会に合わせた水を賢く利用する工夫が凝らされていることに深い感銘を覚えました。本日ご出席の皆さんの多くは水に広く関心をお持ちですので,水に関する施設を訪れた際に同じような感想を持ったことがあるのではないでしょうか。

水と科学技術の関係についての一例として水循環についてお話ししますと,古くは紀元前4世紀に哲学者アリストテレスが,大地と海洋の摂理を探求する中,その著書「気象学」において水循環の概念化に取り組んでいます。また,蒸発散の多いイランでは,貴重な水を効率よく採取して運ぶために,紀元前8世紀ごろから「カナート」(図5)とよばれる地下水の利用水路が建設されました。私が1994年に訪問した中東のオマーンでも,「ファラジ」と呼ばれる地下水路を利用した灌漑水路が古くから活用されてきています。さらに17世紀にハレー彗星で有名な天文学者E.ハレー(図6)が,地中海で蒸発する水の量を計算し,そこに流れ込む水の総量より大きいことを示しました。このように自然や時代,社会の要請により,水に関する科学や技術が様々な学術分野に関わって発展してきたことが分かります。

水と災害の分野においてもこのことは同様です。日本では,弥生時代の環濠遺跡(図7)で当時治水・排水に用いられたと考えられる水路が発掘されています。紀元前後の時代に既に洪水を制御するための技術が発達していたわけです。また,私が訪れた利根川では江戸時代にさかのぼり,川から少し離れた場所に中条堤(図8)という堤防が建設され,江戸(今の東京)への洪水の侵入を防ぐ工夫がなされていました。さらに近代になるとオランダなどの進んだ治水利水技術(図9)が取り入れられました。明治時代に洪水防止を目的として,オランダ人技師ヨハニス・デ・レーケの計画に基づいて実施された木曽三川の分流工事は,その一例です。日本でもより良い安全な暮らしへの希求が水防災の技術を発展させてきたと言えます。

これまで,水と水災害に関する科学技術の発展の歴史をお話ししましたが,過去の水に関する歴史記録が将来の科学技術的知見の発展につながることもあります。私は2013年,バンキムン国連事務総長の主催による水と災害に関する特別会合(図10)で基調講演を行い,水災害に関する日本の文書,記録についてお話ししました。その際に東日本大震災より千年以上前の869年に起こった貞観地震の災害記録(図11)を元に,地質調査の結果と合わせ当時発生した大津波が,東日本大震災で発生した津波に匹敵するものであることに触れました。東日本大震災では史上まれにみる大きな津波による被害がありましたが,日本では過去にこれと同レベルの津波が発生していたことが歴史記録を手掛かりに確かめられたわけです。過去の災害経験は,次なる災害に備えるための最善の教訓を与えてくれます。水と人との関わりについての過去の記録を丁寧にたどっていくことで,水と人とのより良い未来のための科学の発展へとつながっていくこともあるのです。

長い人類の営みを通じて,より豊かで安全な暮らしをしたいという人々の想いが,水に関する科学技術を通じて,少しずつかなえられてきました。人と水の関わりに関する過去の記録を読み解くと,水に携わる人々の長年の努力とともに,より良く水を治め,利用したいという人々の強い意志が,やがて科学技術を通じて実現してきたという事実の重みを感じずにはいられません。

私は2010年9月に,現オランダ国王陛下ウィレム・アレクサンダー公をつくばの宇宙研究開発機構(JAXA)にご案内し,地球上の水の観測に宇宙開発の技術が深く関わっていることを学びました。その際に見学した水循環変動観測衛星「しずく」(図12)は,その後打ち上げられ,現在地球を周回しながら水蒸気や雲,降水の状態を伝えてきています。その「しずく」などが送るデータ(図13)などを元に,世界各地の降雨の状況を伝え,人々に洪水の予測情報を伝えることが可能になってきています。これにより,それまで洪水の到来を予測する術のなかった発展途上国や遠隔地でも人々が洪水に備え,避難などの行動を起こすことも可能になってきました(図14)。恵まれない地域でも洪水から人々を守りたいという想いが,科学に携わる人々に伝わり,宇宙技術という現代の技術の粋を通じて実現した一つの例と言えます。

今,気候変動による人間活動への様々な影響が懸念されています。本年末にはパリで気候変動枠組条約締約国会議が開催され,気候変動に対処する新たな枠組みが議論されると聞いています。気候変動は今世紀に国際社会が正面から取り組むべき大きな課題の一つですが,こうした議論と行動にも先ほど述べた衛星観測などに基づく多くの科学技術の知見が必要になります。水に関する科学技術は人類の将来にも関わってくるのです。

先月仙台で国連防災世界会議が成功裡に開催され,今後防災に関して国際社会が取るべき行動に関する「災害リスク軽減のための仙台枠組み2015-2030」が採択されました。この枠組みでは,第一に災害への理解,第二に災害リスク軽減のガバナンス強化,第三に防災投資の強化,第四に効果的な災害対応とより良い復興などを柱として,人的・経済的被害の軽減など2030年までに達成すべき具体的な防災目標を設定しています。この枠組みでは,災害情報の共有,防災教育や避難訓練の充実,防災施設の強靭化,防災科学技術の発展・応用などが提言されています。災害リスクを軽減するために,どのように「日頃の備え」を充実・強化するかについて世界各国の知識と経験が凝縮されると言えましょう。これに先立つ防災科学技術会合「防災・減災に関する国際研究のための東京会議」においては,防災科学技術に関する世界の専門家から科学技術が防災に果たす役割がますます重要になってくるとのメッセージが出されました。時代が進み社会や経済が高度で複雑になるにつれ,一旦大災害が発生した場合の対応にも,様々な科学技術が使われるようになります。今後水災害などの災害対応やその国際連携に科学技術が果たす役割はますます重要になるでしょう。

世界保健機関(WHO)と国連児童基金(UNICEF)の調査によりますと,世界ではいまだに約7億4,800万人の人々に安全な水供給がなされず,約25億人の人々がトイレ等の衛生施設を継続的に利用できない状態にあるなど,大きな課題があります。また,台風,ハリケーン,洪水や津波,土砂災害など水に関する災害により,いまだに多くの人命や財産が世界各地で失われています。水に関して解決すべき課題は今なお大きく,多様であると言えます。

しかし,今までのお話で見てきたように,私たちが,世界の全ての人々に安全な水と衛生や,水災害からのより良い備えを届けたいと強く願い続けることで,科学技術が発展し,たとえ道は遠くとも,水と衛生へのアクセスや水災害からの改善が一歩一歩かなえられていくのではないでしょうか。

各国の災害の例を見ても分かるように,自然の力に対して科学技術がいまだに及ばないところもありましょう。しかし,今までそうであったように,これからも人々の知恵と工夫,何よりも強い意志と想いが,やがて水に関するより良い科学技術を生み,より安全で豊かな「私たちの未来」へと発展していくことを確信しています。このために,本日ご出席の皆さんを始め,水に関する多くの関係の方々の努力が続き,やがてそれが実ることを願ってやみません。そして皆さんとともに「私たちの未来のための水」がより良いものであるよう私も努力を続けていきたいと思います。

ありがとうございました。