皇太子殿下お誕生日に際し(平成16年)

皇太子殿下の記者会見

会見年月日:平成16年2月19日

会見場所:東宮御所

皇太子殿下のお写真
記者会見をなさる皇太子殿下
(写真:宮内庁)
問1 この一年間,印象に残った出来事についてお聞かせください。
皇太子殿下

この1年を振り返ってみますと,国内にあっては,昨年の夏の豪雨や台風によって多くの方々が亡くなられたことに心が痛みます。それに加えて,昨年は異常気象により作柄が良くなく,農家の方々は大変なご苦労をされたと思います。また,海外で発生したBSEの問題やSARSの問題,国内でも今も発生が見られる鳥インフルエンザなどは,感染の予防や食の安全について新たな問題を投げ掛けましたし,殊に鳥インフルエンザなどはそのような病気が存在することに正直驚きました。早くこれらの問題が解決することを心から願っております。

一方海外では,イラクの情勢が混迷を深めてきており,多くのイラク国民やイラクの復興に携わっておられる方々が犠牲になっていることは大変悲しいことです。殊に,昨年11月にはイラクの復興に尽力しておられた外務省の奥さん,奥さんは私がオックスフォードに留学していた同じ時期にオックスフォードに留学しておられました。そして井ノ上さんのお二方が亡くなられたことは本当に残念で,ここに改めて心から哀悼の意を表します。イラクに一日も早く平和が訪れることを心から祈るとともに,イラク復興支援に当たられる自衛隊の皆さんには厳しい状況の中でくれぐれも体に気を付けてイラクの国民のためになるお仕事をしていただきたいと思います。

北朝鮮による拉致被害者の問題も,良い方向に解決することを心から願っております。

問2 皇太子妃殿下は現在ご静養中ですが,皇族方が長期間公務を休まれるのは異例のことです。殿下は一連の経過をどう受け止められ,原因はどこにあるとお考えですか。夫としてどのように妃殿下を支えていらっしゃるのか,解決策としてご夫妻でお考えのことや望まれていることをお聞かせください。両陛下とはどのようなお話をされましたでしょうか。
皇太子殿下

雅子には,昨年12月以来公務を休むこととなり,国民の皆さんにはご心配をいただいております。皆さんから寄せられた多くのお見舞いやご厚意に,心から感謝をいたします。雅子には,結婚により,それまでとは全く異なる環境に入りました。新しい生活の中で,外からは分らないのですが,東宮御所での生活の成り立ちに伴う様々な苦労があったと思います。そのような環境に自分を適応させようと努力していましたし,また,公務にも努めてきました。

もちろん,天皇皇后両陛下が一番重いお立場にあられるわけですが,皇太子妃という特別な立場から来るプレッシャーも,とても大きなものだったと思います。私から見ても,雅子は本当に良くやってきていると思います。そのような中で,一昨年のニュージーランド,オーストラリア訪問の前の記者会見の折にも触れましたけれども,世継ぎ問題についても様々な形で大きなプレッシャーが掛かっていました。幸い子供が生まれて,それからは2か月で公務に復帰しましたが,公務と育児の両立,それからメディアからの子供をめぐる様々な要望にこたえようと努力していた中で疲労が蓄積していったのではないかと思います。

子供が生まれてからは,公務を少し軽減しましたが,疲れが蓄積していても,外では見せずに頑張っており私も心配でした。世継ぎ問題のプレッシャーも,また掛かってきたことも大きかったと思います。帯状疱疹を未然に防ぐことができなかったことはとても残念ですが,帯状疱疹という病気になってそれまで溜まっていた疲れが出ているように思います。今はともかく,全てを忘れてゆっくり休んで欲しい気持ちです。そうですけれどもなかなか思うようにいかないのが現状であります。雅子がゆっくり休めるよう宮内庁はもとより,マスコミの皆さんにもご協力いただければ幸いです。

雅子が公務に復帰するのにはまだしばらく時間が掛かるかも知れませんが,私としては側にいて,励まして,相談に乗って,体調が良くなるようにしてあげられればと思っています。また,皇太子妃というこの立場を健康で果たすことが必要なわけですから,そういった意味からも今後の公務の内容や在り方も検討する必要があると思います。世継ぎ問題については,その重要性を十分認識していますので,周囲からプレッシャーが掛かることなく,静かに過ごせることを望んでおります。さらにもう少し自由に外に出たり,いろいろなことができるようになると良いと思います。

両陛下には,雅子の病気についてお見舞いいただくなど,いろいろご心配をいただき有り難く思っております。

問3 敬宮愛子さまの最近のご成長ぶりを,殿下の子育てへのかかわり方,大切にされていることも交えてお聞かせください。幼稚園入園や,皇族であることを踏まえた教育など,小学校入学ごろまでの方針をどうお考えでしょうか。両殿下は以前から「同世代の子供たちとの触れ合い」を重視されていますが,愛子さまのためにも二人目のお子さまが必要とお考えかどうかもお聞かせください。
皇太子殿下

お陰様で愛子もすくすくと育っております。多くの方々に子供の成長を温かく見守っていただいていることに大変有り難く思っております。愛子も最近は,とても活発に走ったり飛び跳ねたり,また言葉も少しずつ増えてきました。いつの間に使い方を覚えたのかと思うようなかわいらしい表現をすることもあります。

私自身,昨年もお話しましたように子供に食事を与えたり,散歩に連れて行ったり,一緒に遊んだり,お風呂に入れたりすることなどを通して,子供との一体感を感じています。子供も自然と母親に求めることと,父親に求めることとが異なってきているようで,その点でも父親としてできることをやっていきたいと考えています。どうも母親は側にいてくれるもので,父親は遊んでくれるものとの認識が子供にはあるようで,私の場合は少し遊んであげるとそれで満足してくれるのですけれども,雅子の場合ですとかなり長く一緒にいて欲しい様子で,この辺りにも母親の大変さというのを感じます。相変わらず寝かし付けは母親の仕事となっています。愛子も成長とともにいろいろなことが分かるようになってきましたので,成長に合わせた育児が必要になってきていると思います。

そういう意味で,毎日を楽しく過ごせるように配慮することはもちろんですが,周りから自分が認められているということを分かるようにしてあげることが大切で,それは一つの安心感につながっていくと思います。また,このような場所にいますと,どうしても周囲から隔絶され,様々な刺激が少なくなりがちです。普通子供は,例えば親と一緒に買い物に行くなどの日常的な営みの中で自然と他の子供と出会ったり,様々なものを見て,また,様々な刺激を受けながら育っていくものではないでしょうか。このような場所にいながら,そういう環境をどうやって作っていくかというのが大きな課題です。

昨年も公園に子供を連れて行ったのもその一つの試みでしたが,どうしても毎回取材の対象になってしまうなどなかなか自然な形では難しいように思いました。いずれにせよ,「同世代の子供たちとの触れ合い」は,今特に大切なものではないかと思っていますので,東宮御所内でそのような機会も作っていますけれども,愛子もそのような友達と遊ぶ機会をとても楽しんでいる様子です。一方,子供を外の空気に触れさせることも大切で,今後も公園を始めとして外に連れて行くことは,子供の成長過程で必要なことだと考えています。

愛子の成長過程を知りたいと思う国民の皆さんの期待にもこたえる必要がありますが,出る度に取材の対象になっては子供もかわいそうです。なるべく自然に子供が振る舞える機会を増やせるよう温かく見守り,取材の面でも協力をしていただければ幸いに思います。二人目の子供については,今は何はともあれ,雅子が回復することを最優先に考えるべきではないでしょうか。今後の教育については,現在いろいろと検討しているところです。いずれにせよ,子供にとって後になって振り返ってこの学校で学んで本当に良かったというふうにしてあげたいですね。

問4 天皇陛下は昨年古希を迎えられましたが,殿下は,陛下のご年齢やご病気についてはどう受け止め,ご負担の軽減にはどのようなご意見をお持ちですか。秋篠宮さまは昨年の会見で,陛下とのコミュニケーションを大事にして円滑な意思疎通を図りたいとの思いを示されましたが,殿下は陛下をお支えするに当たり,具体的にどのようにお考えになり,行動されるお考えでしょうか。お聞かせください。
皇太子殿下

天皇陛下には,昨年古希を迎えられたことを,心からお祝いいたします。

昨年は手術を受けられ私も心配申し上げましたが,お元気そうなご様子を何よりと思っています。しかし,陛下のご年齢を考えますと,ご公務のご負担を軽減することはとても大切なことだと思います。一方で,ご公務では陛下でなければなされないご公務もおありになりますので,この辺りは周囲がよく陛下とご相談しつつ,陛下のお気持ちに沿って事を進めていくことが大切ではないでしょうか。

陛下との関係ですけれども,今後も皇太子という立場でもって陛下をお支えしていきたいと思っておりますが,親子であっても,天皇と皇太子という関係は特別なものがあります。ですから,お互いのコミュニケーションを大切にするということは,これは当然のことだと思っております。

問5 殿下が皇太子になられてから15年が過ぎました。この15年間を踏まえ,公務について,ご自身のお考えや個性に照らし重視したいこと,関心がある分野を具体的にお聞かせください。研究など私的に取り組まれたいこともお話しいただければ幸いです。
皇太子殿下

15年間皇太子として,公務を通して日本や世界を見ることができ,また,多くの方々と出会ってそして様々な事を学ぶことができたことを大変嬉(うれ)しく思っています。この15年を見てみますと世界はもとより日本も大きく変わってきています。公務というものは,私はその時代時代によって変わってくるものと考えます。国際化の中での日本が変わっていくのに伴って新たに私たちが始めるべき公務もあると思います。前の時代からの公務も大切にしなければいけないものもありますが,その辺りを整理して今の時代に合ったような形で新たに私たちでできる公務を考えていくことができればと思っております。もう一度長い目で,本当に皇太子として今どのような公務を,そしてどのような形で果たしていくべきか宮内庁も含めて真剣に考えていただきたいと思います。天皇皇后両陛下が皇太子時代に第1回からかかわっておられる身体障害者スポーツ大会は,現在では知的障害者も加わった障害者スポーツとして大きく花開いていますが,これは正に両陛下が皇太子そして皇太子妃時代に新たに公務を通して育てられたものだと思います。

次に私が今関心を持っているテーマや研究についてお話してみたいと思います。私は今後地球環境の問題がとても大切になってくると思います。昨年,第3回世界水フォーラムが京都市を中心として開催され,世界における様々な水問題が討議されました。私も名誉総裁としてこの催しにかかわることができましたが,水に関する問題が実に多岐にわたっていることに驚かされました。中でも世界では約11億人が安全な水を飲むことができない,そして約24億人が下水道施設を持っていないこと,劣悪な水環境のために8秒に1人子供の命が失われているという事実には,水は安全と思われがちな日本において大いに考えさせられるものがありました。恐らく水フォーラムを通して我が国でも多くの人々が世界における水問題について認識を深めたことでしょうし,私自身公務としてこのようなフォーラムに関係することができたことを大変嬉(うれ)しく思っています。水フォーラムなどの催しを契機として水の問題が少しでも解決の方向に向かうことを願っております。21世紀は水の世紀とも言われますけども,今は私としては今後日本そして世界における水をめぐる様々な問題について理解を深めていきたいと思っていますし,この問題に今後とも何らかの形でかかわることができれば幸いだと思います。

ところで水フォーラムの折にも水上交通の問題が取り上げられ,私たちもそのセッションに出席しましたけれども,私は今後とも水上交通の研究を通しても水の問題への理解を深めていきたいと考えています。具体的には水フォーラムの記念講演の折にお話しましたけれども,瀬戸内海と京都とを結ぶ淀川の中世の水上交通や,イギリスで研究していたテムズ川の水上交通の問題を今後更に深めていきたいと思います。私は個人的に「道」というものに小さい時から関心を持っております。ここでいう「道」には,「水の道」や,それから「陸の道」があるわけですけれども,私の研究テーマは学習院大学時代は日本の中世の瀬戸内海の海上交通でしたし,イギリスへの留学中は,主として18世紀のテムズ川の水上交通についてでありました。目下のところ,今私が勤めております学習院大学史料館にあります牛車(ぎっしゃ),牛が曳(ひ)く車ですけれども,その牛車の絵図の成立過程についての研究を進めていますが,こちらは牛車ですから,当然陸上交通という観点からも興味のあるテーマです。広い意味で洋の東西を問わずに,海,湖,河川の交通,あるいは陸上の交通がその国の歴史,文化あるいは人々の暮らしとどうかかわってきたかというテーマに,今大きな魅力を感じています。それと共にそのような歴史の道を,船や,あるいは実際に歩いてたどることが少しでもできればと思っています。

最後になりますけれども公務については,雅子についても体調が回復したならば何か今までの経験をいかした形で取り組めるようなテーマが見つかって,かかわっていけるようになると良いと思っています。

<関連質問>
問 殿下のご回答を伺っていて思ったことで伺いたくなって失礼します。私が思ったのは,44歳は昭和天皇が終戦の年,御前会議を開いた歳になられたんだなという感慨があります。それからその後天皇,皇族の位置付けもがらりと変わり,時代が随分変わりました。それで私が昭和の時代には,必ずしも私も全面的にそのとおりだと思ったわけではないんですけれども,よく天皇,皇族に「私(わたくし)」なしとか,あるいは「公(おおやけ)」を先にし「私(わたくし)」は後にと,そういうのが一つのモラールとしてあって,それは私自身もそれなりに感服するところがあったわけですけども,その後時代,世代が変わる中で価値観も変わってきたし,国民の皇室に対する見方も多様化しましたけれども,そういう中で一つは殿下がそういうご年齢という,昭和天皇がそういう時期にご自身がなられたという比較の感慨みたいなものがおありかどうかと,それから今言いました「私(わたくし)と公(おおやけ)」の考え方について,今現在どういうふうにお考えなのかということを伺えればと思うんですけども。
皇太子殿下

そうですね44歳ということで,私も本当にいつの間にか40,不惑の年を迎えて,そして今44歳になったという気がいたします。昭和天皇は本当にいろいろご苦労もおありだったと思いますし,本当にその激動の時代を生きられたと思います。本当にそういう面で大変なご苦労がおありになったと思います。その当時の世界の情勢,そして日本の情勢というものを考えてみますと,今私が置かれている状況とは本当に比べものにならない,ある意味で今そういう時代でないということが一つ幸せなことであるわけですけれども,そういう意味で本当に昭和天皇がご苦労されたということを私もよく身にしみて感じますし,今改めてこの44歳でそういうことをなさっておられたという事実にやはり深い感慨を覚えます。

それから,「公(おおやけ)と私(わたくし)」という問題ですけれども,やはりこれについては時代というものも変わってきていますし,「公(おおやけ)」というもののとらえ方,そして「私(わたくし)」というもののとらえ方というものはその時代時代で変わってきているわけですけれども,いずれにしても国民の幸福を一番誰よりも先に,自分たちのことよりも先に願って,国民の幸福を祈りながら仕事をするというこれが皇族の一番大切なことではないかというふうに思っています。直接の答えにはならないかもしれないのですけれども,私は今,「公(こう)と私(し)」ということについてそのようにとらえています。