皇太子殿下お誕生日に際し(平成12年)

皇太子殿下の記者会見

会見年月日:平成12年2月21日

会見場所:東宮御所

皇太子殿下のお写真
記者会見をなさる皇太子殿下
(写真:宮内庁)
問1 2000年という節目の年に40歳のお誕生日を迎えられました。この1年の社会状況で,特に印象に残った出来事をお聞かせください。また,皇太子になられて10年が過ぎましたけれども,これまでを振り返って御感想と将来への抱負をお聞かせください。
皇太子殿下

2000年というこの節目の年に40歳の誕生日を迎えることができたことをうれしく思っています。昨年の誕生日の会見の折にも,昨年も「いろいろなことがあった1年だと思います。」ということを申し上げたと思いますけれども,この1年も振り返ってみると,いろいろなことがあった1年ではなかったかと思います。

まず,世界に目を向けてみますと,冷戦が終結して以来,新しい秩序が構築されつつあるかに見える一方で,地域の紛争あるいは民族問題などが,世界の様々な所で起こっていると思います。昨年はベルリンの壁が崩壊して,ちょうど10年目に当たるわけですけれども,このベルリンの壁の崩壊というのは冷戦の終結の一つの象徴的なことだったと思います。私もベルリンを,ちょうど壁が崩壊する2年ほど前に訪れておりますけれども,その時にはこのベルリンの壁がこれほど早くに崩壊するとは思ってもみませんでした。それだけにベルリンの壁が崩壊してベートーベンの「歓びの歌」が街に響く映像を見た時には,非常に感慨深いものがありました。

地域紛争や民族紛争では,罪も無い子供たちを含む多くの人々が犠牲になり非常に痛ましいことであると思います。昨年のことを振り返ってみますとコソボでの出来事であるとか,それからインドネシアの東チモールの問題,あるいはロシアでのチェチェン共和国の情勢ですとか,その外アフリカの諸国などでも引き続き内戦が継続しております。このような地域に早く平和が訪れることを願っております。

なお,昨年はマカオがポルトガル領から中国に返還されたこと,あるいはパナマ運河がアメリカからパナマへ返還されたことなどもありましたけれども,これらもやはり歴史の一つの区切りだと思います。

自然災害については,昨年はトルコですとか台湾で大きな地震がありましたし,中南米では非常にこれも大きな水害がございました。これらの地域の速やかな復興を心から願っております。

国内にあっては経済情勢が非常に厳しいことであるとか,それから高齢化の問題,若い人々の就職が非常に難しくなっていることですとか,それから失業問題,こういったことは非常に心配でありますし,また,産業廃棄物やダイオキシンの問題といった環境問題,あるいは子供たちをめぐる非行の問題,そしてまた児童の虐待のこと,そしてさらには最近少年の凶悪犯罪が増えていることなども非常に心配なことです。

個々の事例としては,昨年は茨城県の東海村で原子力の臨界事故がありましたけれども,これは国内で初めて犠牲者の出た事故でありまして,非常に残念に思いますとともに,原子力の安全な利用が確保されることが望まれます。また,国内初の脳死移植が行われたこと,あるいはキルギスにおける日本人の拉(ら)致の問題なども記憶に残る出来事でした。この外,ここ数年,街を携帯電話を持って歩いている人などをよく見掛けますけれども,この携帯電話を含む小型電子機器,これが非常に普及しているということも最近目に付くことだと思います。特に携帯電話などは,中学生や高校生などでも広く普及していると聞いております。

昨年,天皇陛下には御即位十年をお迎えになられましたことを心からお祝いいたします。天皇陛下が常に国と国民のために日々を過ごしておられることを念頭に置いて,私も皇太子としての務めを果たしていきたいと思っております。私も皇太子になって10年が経(た)ちますけれども,皇太子になって公務も増えましたし,また,一つ一つの公務もより重さが増してきたような感じがし,より重要な責務を負っているという印象を深く持ちます。この10年間,振り返ってみますと,あっという間に過ぎたというふうにも思いますけれども,一方でいろいろなことがあった10年ではなかったかとも思います。これからも天皇陛下をお助けすべく皇太子としての職務を遂行していきたいと思います。そしてそれに当たって日本の国民にとって何が大切なことであるか,そして今の自分に何ができるかということを,常に念頭に置きながら日々を過ごしていきたいというふうに思っております。

問2 去年の末,妃殿下に残念なことがありましたが,国民の大きな関心を集める中,皇太子殿下は妃殿下に細やかなお気遣いを示されたことと思います。妃殿下のその後の御回復ぶりや,この間の殿下のお気持ちをお聞かせください。
皇太子殿下

多くの国民の皆さんに心配していただいていると思います。幸い雅子も順調に回復してきており,私はそのことが何よりうれしく思います。この間,多くの方々から温かいお励ましをいただいたこと,中には全く知らない方から,多くのお手紙を頂きましたことを大変有り難く思っております。今回のことは残念なことではありましたが,結果については私たちも心静かに受け止めることができました。しかし,そこに至る過程で,医学的な診断が下る前の非常に不確かな段階で報道がなされ,個人のプライバシーの領域であるはずのこと,あるいは事実でないことが大々的に報道されたことは誠に遺憾であります。そのような中で雅子は非常によく辛抱したと思いますが,国民の中にも戸惑いを覚えた人も少なくなかったというふうに聞いております。今後,事柄の性質上,慎重で配慮された扱いを望みます。

問3 今年の歌会始の儀で,妃殿下が詠まれた歌には皇太子殿下への信頼と敬愛の念があふれていました。御夫妻として日常を過ごされる中で,最近,何か新たな発見や,喜びなどがありましたらお教えください。
皇太子殿下

本人に見せてもらうまでは,あのような歌を詠んでいるということは私も知りませんでした。歌会始の当日は,少し恥ずかしいような気もいたしましたけれども,あのような気持ちを歌に詠んでくれたことを,大変うれしく思っています。結婚して7年になりますけれども,この間,よき妻として,そして,よきパートナーとして,私を支えてくれていることを大変うれしく思っています。数年後に歌を詠んだ時には,重ねてきた語らいが小言の言い合いになっていないようにしなければいけませんね。

問4 昨年のお誕生日の会見では,皇太子の職務の中で関心を持たれていることとして,教育や環境問題,同世代との交流を挙げられました。これらの問題を含めさらに関心を深められたことはありましたでしょうか。
皇太子殿下

今も教育の問題,そして環境の問題には引き続き大きな関心を寄せています。そして,こういったことは今の日本にとっても非常に大切なことだと思います。若い人々が自分たちの可能性を試すことができて,そして,生きがいをもってそれに当たることができるような環境が整えられることが非常に大切だと思っています。そして他人への思いやりの心をもって,そして視野を広く持った若い人々が多く育っていってほしいと思っています。

最近ボランティア活動でもって国の内外で起こった災害の地域や発展の途上にある国々やそこにいる人々のために何かをしたいという思いで,海外へ進んで出掛けて行っている若い人々のいろいろな活動を耳にしたり,それからまた,そのような人たちに実際に会って話を聞くにつけ,社会の役に立ちたいと思っている若い人々が少なくないということに意を強くいたします。私事になりますけれども,私も高校生の時に一年間ほど「社会問題研究会」という学校のサークルに所属しておりまして,社会福祉などについての勉強を少ししたことがあります。その折には,ボランティア活動として,老人ホームを訪れたり,私たちの学校のあります目白通りを朝早く清掃したりすることをいたしました。殊に目白通りの清掃は朝早い時間にまだほかの生徒が来る前の時間に数人でもって何回かにわたり行ったわけですけれども,今でも非常にいい経験をしたというふうに思っています。時には汚い物が落ちていたり,後ろを通った子供から「こいつら馬鹿じゃないか。」というふうなことを言われたりしたこともありましたけれども,自分たちが何か役に立つことができたような気がして非常に満足な思いでいました。

地球環境についても温暖化が進んで,これからの地球をどうしていったらいいかということを,今真剣に考える時期にきていると思います。また,一度失われた自然というのは,元に戻すのが非常に大変ですし,また,滅びてしまった希少動物は,これを復活させることは不可能に近いことであると思います。「人間も動物も植物もそれをつなぐ鎖で結ばれている。」という表現をあるところで読んだのですけれども,地球上の生き物が共に合い携えながら生きていく道を探ることは,今後の人類の未来を考える上でも非常に大切なことだと思います。ところで私の誕生日は2月23日ですけれども,今この2月23日を「フジサン(富士山)の日」として,そして,美しい富士山を再生させるという運動が起こってきているというふうに聞いております。先日も静養先でもって,美しい富士山を毎日のように眺める機会がありまして,この美しい山が今後とも美しい姿を保ち続けていくことを願わずにはいられませんでした。

また,今後とも日本の将来を担っていく若い世代の人たちの活動にも関心を寄せていきたいと思っていますし,自分の研究分野以外でも国の内外の情勢ですとか,今申しましたようなこと,こういったことに引き続き関心を寄せて毎日を過ごしていきたいというふうに思っています。

<関連質問>
問5 先ほどの4問目の御回答の中で,高校時代から「社会問題研究会」で活動されたというお話なのですが,今御研究の,どちらかというと人文科学系で,瀬戸内海運それからテムズ川さらに淀川の方に御関心がおありと聞いております。これは非常に予断なのかもしれませんが,天皇家の皆様というと,どちらかというと自然科学系の分野をずっと御研究されているような方が強いのかなと思うのですけれども,皇太子様は自然科学ではなくて人文科学の方の御研究をずっと続けられてこられるということで,いろいろとお立場上御苦労とかそういうようなことがあるのかなというようなことと,それから,今後の研究の展望をお聞きできればというふうに思うのですが。
皇太子殿下

少し話が長くなってしまうかもしれないですけれども。前にもお話ししたことと思うのですけれども,私がそもそも現在の研究テーマに関心を持ったのは,ここの赤坂御用地の中で鎌倉時代の街道が通っているという事実を見いだして,そしてそれから人が通る道というものに関心を持つようになりまして,そして,大学に入って卒業論文を書くのに当たって,陸上交通よりは海上の交通の方があまり今まで研究もされていないので,研究してみたら面白いのではないかということで,その分野に関心を持ってそして卒業論文を書くことになったわけなのですね。ただ一方で私も,昭和天皇もそうですし,それから,今の陛下から,御一緒に同じ建物の中で住んでおりましたものですから,今の陛下からいろいろこの真理を探究していくことの喜びというか,そういったことの大切さというものを,これは自然科学であっても,いわゆる人文科学であっても非常に似たところがあると思うのですね,そういったその真理を探究していくことの大切さ,そしてその楽しみということは,例えば分野は違ってもいろいろと教えていただいたような感じがしますし,さっきお話ししたようにそもそもの関心の発端がその道というもの,古い道が通っているということを発見したことから起こってきていることですので,私としてはそれをそのまま研究テーマとしたというような感じがするわけなのです。それでただ,昭和天皇にしても,それから陛下にしても,昭和天皇はヒドロゾアの御研究,そして今の陛下はハゼの御研究をなさっていますので,水という点では海上交通も水上交通も同じような感じが私にはいたすわけなのですけれども。それで,今は引き続き瀬戸内海の交通もそうなのですけれども淀川の水運などにも関心を持っていますし,それから,今私が勤めております史料館に,西園寺家から600点ぐらいにわたる史料が寄託されまして,この中には今まで知られていなかった日本中世の史料も含まれておりますので,そういった史料を紹介していくことなども非常に自分にとっても大切なテーマではないかと思います。ですから淀川の交通,あるいはテムズ川の交通などと併せて,そういった問題にも今取り組んでいきたいというふうに思っております。今お話のあった難しい点とか,そういう点は確かにあるかもしれませんですけれども,私としては言ってみれば交通の問題,それから今まで知られていなかった史料を何らかの方法で紹介して,そしてもしそれが学界のお役に立つのであれば非常に幸いであるというふうに思っております。