天皇皇后両陛下 ヨーロッパ諸国ご訪問時のおことば

スウェーデン

平成19年5月23日(水)
リンネ祝賀全国委員会委員長主催晩餐会(ウプサラ城)における天皇陛下のご答辞(仮訳)

国王陛下,王妃陛下

両陛下を始め,本日ここに集まられた皆さんとともに,スウェーデンの生んだ偉大な博物学者であるカール・フォン・リンネの功績を偲ぶことを誠に喜ばしく思います。

リンネの人類に対する最大の貢献は,二名法の学名を確立したことによって,世界の人々が,言語や文化の違いにかかわらず,動物や植物について語り合い,協力し合うことを可能にしたことでありました。私自身を含む分類学の研究者は,他国の学者との協力に当たって,この制度の恩恵を蒙ってきました。また,この制度は,今日,人々が,自然保護や,生物の保護について国境をこえて協力し合うにあたり,極めて有用な役割を果たしています。

人類の幸せと世界の平和に貢献することを目指す科学の健全な発展とその応用にとって,国際協力は不可欠なものであると信じます。

ここに,カール・フォン・リンネと,その人類に対する偉大な貢献を偲び,杯を挙げたいと思います。

エストニア

平成19年5月24日(木)
エストニア大統領夫妻主催午餐会(カドリオルグ美術館)における天皇陛下のご答辞

大統領閣下,令夫人

この度,お招きにより,皇后と共に初めてエストニアを訪問する機会を得ましたことを誠に喜ばしく思います。私どものために午餐会を催していただき,また,ただ今は,丁寧な歓迎のお言葉をいただいたことに,厚く御礼を申し上げます。

私が即位いたしましたのは1989年のことでありましたが,この年,バルト三国においては,タリンを起点として3カ国を繋ぐ「人間の鎖」が出現し,世界の注目を集めました。そして,1991年,その三国が,旧ソ連邦からの初めての独立国になったとの報せに接し,歴史の大きな流れに深い感慨を覚えたことを思い起こします。以来15年余り,欧州の一員として,民主化と経済,社会の発展の道を着実に歩んでいる貴国の人々の英知と努力に心からの敬意を表したく思います。

本日,エストニアの古い歴史と豊かな伝統を反映し,世界遺産ともなっているタリンの旧市街を訪れることを,楽しみにいたしております。タリンの街は,エストニアの人々が,第二次世界大戦の惨禍や,その後の苦難の歴史を経ながら,勇気と誇りをもって困難に立ち向かった足跡を思い起こさせるものであります。

このような歴史を経てきた貴国と我が国との間には,二つの大戦の間の時代に,既に友好的な関係が存在しておりました。今日,両国の間に,再び友好関係が発展しつつあることは誠に喜ばしいことであります。この度の私どもの訪問が,両国の国民の間の相互理解をさらに深め,相互の交流を一層進めることとなれば,誠に嬉しいことに思います。

ここに杯を挙げて,大統領閣下並びに令夫人のご健勝とエストニア国民の幸せを祈ります。

ラトビア

平成19年5月25日(金)
ラトビア大統領同夫君主催午餐会(ブラック・ヘッド・ギルド)における天皇陛下のご答辞

大統領閣下,御夫君

この度,お招きにより,皇后と共に初めてラトビアを訪問する機会を得ましたことを誠に喜ばしく思います。私どものために午餐会を催していただき,また,ただ今は,丁重な歓迎のお言葉をいただき,厚く御礼を申し上げます。

我が国と,貴国との友好関係を振りかえりますと,1928年,通商航海条約が締結され,翌年にはリガに日本の公使館が設置されました。この関係が,第2次世界大戦とその後の歴史の展開の中で閉ざされたことは,誠に残念なことでありました。

以来,大統領閣下ご自身を始め,大勢のラトビアの人々が,国の内外で計り知れない辛苦を経験されました。第2次世界大戦の戦場となり,多くの人命が失われ,社会が破壊され,物的な損害にも多大なものがありました。ラトビアの人々が,その後の苦しい時代を通じ,勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきた歴史を私どもは忘れてはならないと思います。

1991年,バルト三国が旧ソ連邦の中から初めての独立国となったとの報せを受け,歴史の大きな流れに深い感慨を覚えたことを思い起こします。以来15年余り,欧州の一員として,民主化と経済,社会の発展の道を着実に歩んでいる貴国の人々の英知と努力に心から敬意を表したく思います。

このような歴史を経てきた貴国と我が国との間に,再び,友好の関係が発展しつつあることは誠に喜ばしいことであります。この度の私どもの訪問が,両国の国民の間の相互理解をさらに深め,相互の交流を一層進めることとなれば嬉しいことと思います。

ここに杯を挙げて,大統領閣下並びに御夫君の御健勝とラトビア国民の幸せを祈ります。

リトアニア

平成19年5月26日(土)
リトアニア大統領夫妻主催午餐会(大統領官邸)における天皇陛下のご答辞

大統領閣下,令夫人

この度,お招きにより,皇后と共に初めてリトアニアを訪問する機会を得ましたことを誠に喜ばしく思います。私どものために午餐会を催していただき,また,ただ今は,丁重な歓迎のお言葉をいただいたことに,厚く御礼を申し上げます。大統領閣下並びに令夫人には,2001年,我が国を公式にご訪問になり,皇居でお目にかかりましたが,本日,再び,ビリニュスでお目にかかれたことを大変嬉しく思っております。

リトアニアが独立を果たした翌年の1992年には,ランズベルギス最高会議議長が,貴国の画家であり音楽家でもあるチュルリョーニスの展覧会が東京で開かれた機会に,夫人とともに訪日されました。独立後のバルト三国からの初めての賓客であり,私どもは,皇居でご夫妻にお目にかかり,また,後日,この展覧会を見たことを記憶しております。

1991年,バルト三国が,旧ソ連邦の中では初めての独立国となって国際社会に復帰したことは,歴史の大きな流れを示す画期的な出来事でありました。以来15年余り,貴国を始めとする3カ国が,欧州の一員として,民主化と経済,社会の発展の道を着実に歩んでいることに心から敬意を表したく思います。

私どもは,貴国の土を踏み,あらためて,第2次世界大戦の惨禍や,その後人々が経てきた苦難の歴史に思いを致し,貴国の人々が勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきたことに深い感慨を覚えます。1920年代に始まり,一旦は途絶えた貴国と我が国との友好関係が,今日,再び発展していることは誠に喜ばしいことであります。私どもの訪問が,両国民の間の相互理解をさらに深め,相互の交流を一層進めることとなれば嬉しいことに思います。

ここに杯を挙げて,大統領閣下並びに令夫人の御健勝とリトアニア国民の幸せを祈ります。