天皇皇后両陛下フランス・スペインご訪問(ドイツお立ち寄り)時のおことば

フランス

平成6年10月3日(月)
フランス大統領夫妻主催晩餐会(エリゼー宮)における天皇陛下のおことば

大統領閣下

今夕は皇后と私のために晩餐会を催して下さり,また,ただ今は閣下から懇篤なお言葉をいただき,厚く御礼を申し上げます。

私がこの前,貴国を訪れましたのは41年前,まだ19歳の時でありました。英国女王陛下の戴冠式に参列のため訪英の途上,船が着きましたシェルブールの港は,私が最初に踏んだヨーロッパの地であり,石積で区切られた緑豊かなその郊外の景色には印象深いものがありました。その後,英国からカレーに船で渡り,パリまで列車でまいりましたが,夏の明るい光の中に広がる農地に,印象派の絵画の生まれる風土を感じたことを記憶しております。パリではオリオール大統領御夫妻を始め,貴国の人々から手厚いおもてなしをいただき,そのことは今日なお懐かしく思い起されます。

閣下には,すでにこれより数年前,オリオール大統領の下で在郷軍人大臣を務めていらっしゃいます。閣下が今日に至るまで,このように長きにわたって貴国のため,欧州のため,更には世界のためにお尽くしになってきとことに対し,深く敬意を表したいと思います。

閣下には大統領就任後,時をおかず,国賓として我が国を御訪問になりました。その後の閣下の御尽力と御配慮によって両国間の友好と協力の関係が益々進んできていることを誠に喜ばしく思っております。

歴史を振り返りますと,貴国との交流は,我が国が鎖国をやめ,貴国を含む諸外国と国交を開いた19世紀半ば以降に始まります。欧米諸国に伍して独立を守り,国を発展させるために,我が国は貴国を含む欧米諸国の様々な文物を学びました。中でも初等教育の充実に関し,我が国が貴国から学んだものはその後の我が国の発展に大きな意味を持ったのではないかと考えます。当時すでに我が国では藩校や寺子屋があり,教育に大きな力が入れられておりましたが,明治5年,1872年には主に貴国の制度を参考にし,新しく学制が発布されました。その中には,「一般の人民必ず邑に不学の戸なく,家に不学の人なからしめん事を期す」という理想がかかげられております。

日仏の交流の中で,芸術はやはり特筆されるべきものでありましょう。多くの我が国の芸術家がこの国で学び,また,我が国の芸術がこの国の芸術家に少なからぬ関心を持たれたことを聞き及んでおります。両国は相異なる文化圏に位置しつつも,共に文化を重んじ,生活の中に美を求めるという基本的な在り方において,共通なものを有していたのではないかと感じております。

この度の貴国訪問で,私どもは閣下の御尽力により新装なったルーブル美術館と自然史博物館の見学を大変楽しみにしております。自然史はもちろんのこと,貴国は科学の様々な分野においてラヴォアジェやパストゥールなどの碩学を輩出し,世界に大きな貢献をしてきました。今から10年ほど前,人類の福祉に貢献する科学技術の発展し寄与した人に贈るものとして,我が国に日本国際賞が設けられましたが,この中には,すでに4人の貴国の受賞者が含まれております。この分野における交流,協力が今後どのように裾野を広げていくかを楽しみに見守りたいと思います。

貴国は今,閣下の下で,欧州の統合に向かって伝統的価値を尊重すると共に新たな価値を求めて未来への道を歩んでいます。我が国と貴国の国民が共に世界の人々と手を携え,争いのない平和な世界を築くべく努力をしていきたいものと,哀心より希望いたしております。

ここに大統領閣下の御健勝と令夫人の御健康の回復を心より願い,フランス国民の幸せと発展を願って杯を挙げたいと思います。


スペイン

平成6年10月10日(月)
スペイン国王王妃両陛下主催晩餐会(サルスエラ宮)における天皇陛下のおことば

国王,王妃両陛下

今夕は皇后と私のために晩餐会を催して下さり,また,ただ今は国王陛下より懇篤なお言葉をいただき,厚く御礼申し上げます。

この度の貴国への訪問は,私にとりましては,41年前,フランスとの国境を越えサン・セバスティアンに第一歩を印して以来,4度目の訪問であり,皇后にとりましては3度目の訪問になります。このたび両陛下の御招待により再び貴地を踏みますことをうれしく思いますと共に,これまでの旅に際し訪れた各地で親しみを込めた温かい歓迎を受けたことを懐かしく思い起こしております。

両陛下には御結婚後間もなく我が国を御訪問になり,爾来,貴国で,また,我が国で,度々お目にかかる機会を重ねてまいりました。初めてお会いしてから32年の月日が流れましたが,その間に育まれた友情を私どもは尊いものに感じております。

貴国は,国王陛下の御即位以来,陛下と国民の一致した協力により,民主社会の建設に向かって大きく歩み始めました。9年前の貴国訪問のとき,その著しい変化を目のあたりにし,深い感銘を受けたことを今も鮮やかに記憶しております。貴国の安定した民主国家としての存在に思いを致す時,陛下が厳しい困難を乗り越え,今日のスペインを築いていらっしゃったことに深く敬意を覚えます。

貴国と我が国の人々との交流は16世紀に始まりますが,我が国からスペインを訪れた者の中には,九州の3人の大名がイエズス会司祭の同行の下に派遣した天正少年使節があります。フェリッペ二世によりマドリッドの王宮で親しく迎えられ,また,完成間もないエスコリアル修道院をも訪問しています。天正少年使節が,我が国に持ち帰った印刷機で印刷された和漢朗詠集は,今,同修道院に保管されております。かつて御即位前の両陛下とその場所を訪れた私どもは,この和漢朗詠集を目にし,深い感慨を覚えました。こうした両国の交流は我が国の鎖国によって断たれましたが,19世紀の半ば以降に国交が開かれ,友好の絆は,近年ますます強くなってきております。交流は今日,経済,技術,文化等,幅広い分野で行われており,年間20万人を数える日本からの観光客が貴国の文化と人々の温かさに触れ,貴国への親しみを深めていることをうれしく思います。

日本との交流が始められた16世紀は,世界の強国が自国の領土を拡張している時でありましたが,この時期にすでにサラマンカ大学教授のビトリアは,キリスト教徒と非キリスト教徒,ヨーロッパ人と非ヨーロッパ人とを区別することなく,普遍的な世界の法を説いていました。今日の世界に思いを致すとき,450年以上も前にビトリアがかかげた理想は,今なお私どもの追い求めねばならぬ課題として残っていることを感じます。貴国民も,我が国民も,内乱や戦争による大きな試練を乗り越えて今日の平和を享受し,その大切さを身にしみて味わっております。貴国と我が国の国民が,共に世界の人々と相携え,争いのない平和な世界を目指して努力をしていきたいものと,衷心より希望いたしております。

ここに,国王,王妃両陛下の御健勝を願い,スペイン国民の幸せと発展を願って杯を挙げたいと思います。

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