ミトコンドリア・チトクロームb遺伝子の分子系統学的解析に基づくハゼ類の進化的考察

<標題>

「天皇陛下のご研究,国際学術雑誌に掲載 ー ハゼ類の進化のDNAと形態による比較研究」

論文のタイトル:「Evolutionary aspects of gobioid fishes based upon a phylogenetic analysis of mitochondrial cytochrome b genes(ミトコンドリア・チトクロームb遺伝子の分子系統学的解析に基づくハゼ類の進化的考察)」

掲載雑誌:GENE (An International Journal on Genes, Genomes and Evolution), Elsevier, Amsterdam, The Netherlands. (「ジーン」,遺伝子・ゲノム・進化の国際学術雑誌,エルセヴィア出版社,オランダ・アムステルダム。)

<論文に関する大まかな内容>

このたび天皇陛下には,ハゼ類のミトコンドリアDNAを用いて進化過程を推定するとともに形態に基づく系統分類との比較をおこなった論文を,オランダ発行の国際遺伝学雑誌「GENE(ジーン)」の特別号に発表された。

このご研究は,平成8年に,秋篠宮殿下がかつてご自身が理学博士号を取得された時の指導教授,国立遺伝学研究所の五條堀孝生命情報研究センター長を陛下にご紹介申し上げ,「DNAによるハゼ類の系統分類」を陛下にお勧めになったことに端を発する。陛下は,過去30余年にわたりハゼ類の系統分類を研究してこられたが,これまでのご研究は形態による分類であり,DNAによる分類との比較研究を行われたのは今回が初めてである。この年の8月以降,陛下を中心に,生物学研究所の職員,五條堀教授を始めとする国立遺伝学研究所研究員との共同研究がおこなわれ,秋篠宮殿下もこれに参加された。このため,秋篠宮殿下もこの論文の共著者のおひとりになられている。

また,本年の1月13日にがんで亡くなった米国シティー・オブ・ホープ・ベックマン研究所の大野乾終身特別研究員のほか,水産庁養殖研究所の小林敬典研究員,京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の岩田明久助教授らも共同研究に参加した。この国際学術誌では,かつて秋篠宮殿下との共同研究も行い,今回の共著者の故大野教授の業績をたたえる追悼特別号を企画していたこともあって,陛下の論文はこの特別号に掲載された。

ハゼ類は魚類の中でも種の数が大変に多く,多様性に富むグループの一つであることが知られている。それだけに形態学による分類において,その系統類縁関係については陛下の説も含め諸説があり,未だに決着がついていない。そこで,系統学的に重要であると考えられるものも含めた世界中の28種のハゼ類からミトコンドリアDNAを抽出し,その中のチトクロームbという遺伝子領域の塩基配列を決定した。そのDNA塩基配列に基づいて系統樹を作成した結果,28種のハゼ類のうちの多くは,ほぼ同時期かあるいは非常に短い期間に,ほぼ一斉に分化し適応放散していることが明らかとなった。

これらのDNAレベルの進化的特徴と比較検討を行った形態学的特徴は主に陛下のこれまでのご研究により明らかにされたものによっているが,その頃やそれ以降に他の研究者により発表された資料および今回新たに調べた資料も使用している。特に陛下の「続ハゼ科魚類の肩胛骨について」(1967),「ハゼ科魚類の中翼状骨,後鎖骨,鰓条骨,腹鰭,肩胛骨,眼下骨に基づく分類の検討」(1969),「ハゼ科魚類の上せつじゅ骨について」(1971),および「ハゼの進化にとって重要と考えられる幾つかの形態学的特徴(英文)」(1986)等のご論文が基盤になっている。陛下は,主として「骨」と「感覚器官」の二つの視点から研究を進めてこられたが,これらのご研究は,この分野のものとして先駆的なものであった。そしてDNAに基づく結果は,かなりの部分において陛下のこれまでの研究結果を支持するものであった。

このようにハゼの系統分類や進化過程の研究において,形態学と分子進化学の双方を駆使して大規模に比較検討した論文は,今後の研究の礎となるものと思われる。

著者: 明仁・岩田明久(注釈1) ・小林敬典(注釈2) ・池尾一穂(注釈3) ・今西規(注釈3) ・小野浩明(注釈3) ・梅原由美(注釈3) ・濱松千賀(注釈3) ・杉山佳代(注釈4) ・池田祐二(注釈4) ・坂本勝一(注釈4) ・秋篠宮文仁(注釈5) ・大野乾(注釈6・注釈7) ・五條堀孝(注釈3)

  • 注記1 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
  • 注記2 水産庁養殖研究所
  • 注記3 国立遺伝学研究所
  • 注記4 宮内庁
  • 注記5 山階鳥類研究所
  • 注記6 米国シティー・オブ・ホープ・ベックマン研究所
  • 注記7 故人