主な式典におけるおことば(平成9年)

皇后陛下のおことば

日本助産婦会創立70周年記念式
平成9年5月8日(木)(九段会館)

日本助産婦会が,創立70周年を迎え,本日,日本各地より集われた皆様方と共にこの日をお祝いできますことを,心よりうれしく思います。

助産の歴史は人類の歴史と共にあり,長い年月の間に次第に専門化し,制度化され,それぞれの社会に位置づけられてまいりました。日本においては,既に大宝律令が助産を専門とする女性の存在に触れていますが,これを本格的職業として位置づけたのは,明治7年の「医制」,及び明治32年の「産婆規則」であったと聞いています。この頃より,昭和の戦前,戦中にかけ,職制を確立された助産婦が,地域の母子保健活動を通じ,日本の社会に活き活きと貢献していく姿が想像されます。

このように,各地域において主体的,継続的に活動を行ってきた助産婦,とりわけ開業助産婦にとり,戦後は誠に厳しい試練の時であったことと思われます。多産奨励が,少産少死を目ざす時代へと転換する中で,従来家庭において行われていた分娩の多くは,急速に施設分娩へと移行していきました。開業助産の職域がせばめられた苦しいこの時期に,それまで地域に密着して活動し,高い評価を得ていた大勢の助産婦が,家族計画実地指導員という新しい使命を帯び,人工妊娠中絶の弊害から一人でも多くの胎児や女性を守るべく,わが国の家族計画普及に大きな役割を果たしたことを,私どもはこれからも長く記憶していくことでしょう。

戦後における世界の科学技術の進歩は,産科学の分野にも多くの恩恵をもたらしました。分娩監視装置による胎児監視が可能となり,更に超音波医学の進歩により,かつては全くの闇であった胎内から,情報の入手が可能になりました。また,日本の厚生行政においても,昭和40年に母子保健法が公布され,広く母性の保護と尊重の理念が明らかにされる中で,それまでの児童福祉を中心とした妊産婦・乳幼児保健対策が,母子一貫した総合対策として推進されるようになりました。戦後ほぼ20年にして,日本の妊産婦死亡,周産期死亡率が大巾に改善されたことを思う時,当時のわが国において様々な困難と戦いつつ,医療,助産,行政の各分野で力を尽くした人々に対し,深い感謝を覚えます。

今わが国は,かつて世界のどの国も経験したことのない,高齢社会の時代を迎えようとしています。一方,わが国における出生率は,一国の人口維持に必要な基準をはるかに下回り,すでに世界の最低率を記録しました。今日から始まる日本助産婦会の新たな歩みは,この高齢化と少子化という,私どもの社会の持つ重要な課題と共に始まろうとしています。地域保健が市町村に委譲された本年が,多くの助産婦方にとり,今までにも増して深く地域と関わり,活き活きとした活動の出来る年となることを,そして,それぞれの地域の助産婦が,医師や保健婦との良い連携のもと,妊婦,分娩期の女性は(もと)より,その前後の,更に長い期間にわたる女性を対象に,巾広い支援を行っていかれるよう期待しております。

助産婦は,自己の責任において正常な分娩を取り扱う実力をそなえつつも,常に非常の時にそなえ,異常出産においては,これを直ちに医師の責任下に移す,的確な判断と自己規制とを求められていると聞いております。全責任を自ら負って立つ自立心と,職域に関し,自らを厳しく律する自律心との双方を追求しつつ,今日まで真摯な歩みを続けてこられた皆様方が,これからも,施設勤務,開業の別を問わず,互いに手をたずさえ,明日への道を(ひら)いていかれるよう,そして,皆様の責任下に置かれる全ての女性が,身も心も安らかに守られ,感謝と喜びに満ちて新しい生命(いのち)を迎えることが出来ますよう,衷心より希望して止みません。

永年にわたるお仕事への献身に対し,本日表彰を受けられた方々に深く感謝の意を表し,母と子の二つの生命を預かる,この意義深い天職にある全ての方々の健康と幸せを願い,お祝いの言葉といたします。

第36回フローレンス・ナイチンゲール記章授与式
平成9年7月3日(木)(東京プリンスホテル)

第36回フローレンス・ナイチンゲール記章の授与式にあたり,受章者をはじめ,看護に携わる大勢の方々にお会いできますことをうれしく思います。

このたび,高橋シュンさんが,戦傷病者の看護や,戦後の我が国の看護教育に関する功績など,半世紀以上の長きにわたる看護への貢献をもって,赤十字国際委員会から,看護婦として最高の名誉であるフローレンス・ナイチンゲール記章を贈られました。高橋さんの長年にわたるたゆみない努力と功績に対し,深く敬意を表し,受章をお祝いいたします。

高橋さんが看護にそそがれた真摯な情熱と,病み苦しむ人々に寄せられた深い慈しみの心が,どうかこれからも広く看護の世界に受けつがれ,病者一人一人が,かけがえのない人生を生きぬく上の支えとなることを願い,また,この機会に,受章者をはじめ,日頃看護に携わる人々が,皆体を大切に,今後ともこの道に力を尽くして下さることを願って,お祝いの言葉といたします。