皇后陛下お誕生日に際し(平成15年)

宮内記者会の質問に対する文書ご回答

天皇皇后両陛下のお写真皇后陛下のお写真
お誕生日に際してのご近影
問1 この1年を振り返り,ご一家のことも含めて印象に残る出来事やご感想についてお聞かせください。
皇后陛下

昨年の誕生日以来,この1年も事多い年でした。

5月と7月の2度にわたり,宮城県を中心とする地域に,また9月に入ってからは,北海道十勝に度々に地震が起き,大きな被害を残しました。大勢の人々が怪我を負い,また避難生活を余儀なくされ,心の痛むことでした。7月には,中国,九州地方が豪雨に襲われ,また8月には台風10号のため北海道始め広範囲にわたる地域が被害を受けました。この時の40名を超える犠牲者の死を悼みます。

この夏は異常に涼しく,農家の人々は苦労が多かったことと案じています。紅葉山養蚕所の春蚕も,今年は総じて繭が小さく,5,6月の日照不足が桑に及ぼした影響があったようです。

三宅の火山ガスの放出もいまだ止まらず,3年にわたり避難を続けている人々は,どんなにか疲れていることでしょう。東京都が,早くより地道に続けているライフ・ラインの復旧,橋梁や砂防の工事も順調に進んでいるようであり,全員帰島の日の遠からぬことを祈っています。

この10月で,地村保志さん等5名の拉致被害者が帰国して1年になります。

この方たちそれぞれが,長い断絶の時を経,恐らくは私たち誰もが十分には察しきれない悲しみを内に持ちつつ,日本の社会に再適応する困難に耐えていることを忘れてはならないと感じています。

国際的な出来事の中では,イラクにおいて,国連の事務所がテロの対象となり,ボスニア,ティモール等,世界各地で紛争後の国造りに力を尽くしたデ・メロ特別代表が死亡したことを,大変残念に思います。同じく,国連との関係になりますが,今年,小型武器規制に関する中間会議で,日本の猪口軍縮大使が議長を務めた姿も,印象に残っています。年間50万人もの死者を出すといわれる小型兵器は,主として人目の届かぬ小さな国々で被害を出しており,大使が,こうした国々の被害者の声を議場に届けることを議長の役割とし,年次報告書の全会一致の採択に向けて努力する姿に胸を打たれました。

この他,保健・衛生に関し,SARSやBSE,輸血血液の問題等,これからの課題として記憶に残りました。

スポーツ界は陸上,水泳を始めとし,嬉しいニュースを沢山に届けてくれました。多くの世界大会で活躍し,今,現役を引退した荻原健司選手が国際フェアプレー賞を受賞したことも,日本にとり素晴らしい出来事であったと思います。今年は陛下のご不例で初場所を見ませんでしたが,来年は陛下がお元気で,ご一緒にお相撲を見られるとよいと今から楽しみにしています。

一家のこととしては,お若い高円宮の薨去が,今も深い悲しみを残しています。妃殿下が悲しみの中にも健気に殿下のお志を継承しようとしていらっしゃり,少しでもお力になっていかなければと思います。

1月には陛下ががんの手術をお受けになりました。私にとっても初めての経験が多く,心細い日々でしたが,陛下が科学者らしい静かなお目で事態をご覧になり,また陛下としてのご自覚の中で全てに対処なさいました。難しいことの多かったあの日々も,陛下に支えて頂いて通り抜けることが出来たのだと思います。

問2 天皇陛下が1月に前立腺がんの手術を受けられました。皇后さまは陛下のご入院中,連日付き添われるなど献身的なお世話をされました。一連の経過の中で皇后さまが感じられたこと,心に残るエピソードなどがありましたらお聞かせ下さい。また,陛下と皇后さまご自身の健康管理,今後のご公務のあり方についてお考えをお聞かせ下さい。
皇后陛下

陛下のお病気がだんだんに確実なものとされていく日々,何回となく,これは夢の中の出来事で,今にほっとして目覚めることが出来るのではないか,と願ったことでした。

この度のご手術に関し,忘れられないことは,広範囲にわたり,多くの方々の協力を頂いたことです。関わって下さった方々が,それぞれの所属や立場を越え,陛下のお為に最もよいと思われる形で,力を提供して下さいました。有難いことであったと思います。

ご闘病中,国の内外から寄せられたお見舞いの気持ちを,陛下は喜ばれ,また,お力とされていらっしゃいました。沢山の人々の祈願に包まれ陛下のお側で過ごした日々を,今も感謝の中に思い出します。

病院に通う道々,時として同じ道を行く人々の健康体をまぶしいように見つめていたあの頃の自分のように,今日も身近な人の容態を気遣う多勢の人々のあることを思い,現代のすぐれた医学の恩恵が,どうか一人でも多くの人の享受するものであるよう,願わずにはいられません。

今後の健康管理や,公務のあり方についてのおたずねですが,あまりこれまでの答えと変りません。ただ,すでに発表されたように,陛下のPSAが示す今後の動きには,十分な注意を払っていかなければなりません。医務主管や侍医たち,宮内庁の関係者が陛下のお気持ちに添いつつ,可能な範囲で,少しずつ陛下のご負担の軽減をはかっていってくれるよう願っています。

問3 今夏,陛下とともに13年ぶりに長野県軽井沢町を訪問されました。皇后さまにとりまして疎開当時から正田家の皆さまと過ごされ,また天皇陛下との出会いなど様々な思い出を作られた場所でもあります。こうした時の流れの中で,軽井沢との関わりについて,どのような感慨をお持ちになられているかお聞かせ下さい。
皇后陛下

7月に熊本で多数の死者を出した集中豪雨があり,その頃計画していた須崎の滞在をとり止めましたので,8月26日から29日までの軽井沢滞在が今年最初の夏休みとなりました。

13年ぶりの軽井沢は,何もなにも懐しく,陛下とご一緒に思い出のある場所をたずねたり,樅の木にかこまれた鹿島の森や泉の里の道を歩いて過ごしました。

27日と29日には,かつて軽井沢滞在中に訪問したことのある,小諸と大日向の開拓地をたずね,当時会った人々との再会も果たすことが出来ました。開拓地に向かう道々には,花豆の赤い花があちこちの畑に咲いており,ああ軽井沢に来ているのだと,沁々と感じたことでした。

長い間たずねておりませんでしたのに,大勢の方に「お帰りなさい」と迎えて頂き,思い出の多い土地で,心温まる数日を過ごせたことを感謝しています。

この1年のご動静

この1年,皇居内外での様々な行事・式典へのご臨席,福祉・文化施設などへのご訪問,国賓を始めとする国内外の賓客のご接遇など,皇后さまが公的なお立場でお務めになったお仕事は367件になりました。尚,この他に宮中祭祀15回,献穀者及び賢所奉仕者の拝謁7回,皇居勤労奉仕団のご会釈52回があり,ご養蚕のお仕事が27回ありました。皇后さまは多くの行事やご視察を陛下のお側でお務めになりましたが,ご単独では,恒例の全国赤十字大会,フローレンス・ナイチンゲール記章授与式にご臨席になり,お言葉を述べられた他,社会貢献活動や文化・芸術に携わっている者を励まされるため,チャリティー・コンサートをはじめ各種公演・展覧会などに足を運ばれました。御所では例年の「ねむの木賞」受賞者の拝謁があり,また日本赤十字社名誉総裁として,同社社長,国際部長よりイラク周辺国との関係を含めその活動につき数回にわたり報告を受けられました。

天皇陛下は,前立腺がん摘出手術のため1月16日に東京大学附属病院にご入院になり,2月8日にご退院になりました。皇后さまは,ご入院前のご準備にお心を込められ,ご入院中は,毎日のように陛下のおそばに付き添われ,また,ご手術後や週末には紀宮さまとご一緒に病院に宿泊し,献身的に看病に当たられました。ご退院後も,陛下のご健康維持のため,お心を遣っていらっしゃいます。

昨年10月以降,この1年外国ご訪問はありませんでしたが,公的な地方行幸啓は,高知県,神奈川県(2回),長崎県,千葉県,新潟県,北海道,島根県と7道県を数えました。国民体育大会,豊かな海づくり大会,植樹祭,国際会議等の開会式にご臨席になった他,各県へ行幸啓の都度,多数の市町村を回られ,各地で文化,福祉を始めとする諸施設をご訪問になり,大勢の人々の歓迎にお応えになりました。この1年間にご訪問になった市町村数は45にのぼり,ご訪問地における車や列車での走行距離は約2200キロに達しました。また北海道では平成12年の有珠山噴火災害の復興状況をご視察になり,復興に尽力した関係者の労をおねぎらいになりました。

宮中祭祀は恒例の祭祀の他,持統天皇千三百年祭の儀,開化天皇二千百年祭の儀を含め祭祀すべてに列せられました。陛下ご不例のため掌典長・次長御代拝の際にも,皇后さまお一方にてお務めになり,その後に病院に出向かれ,ご報告をなさいました。

昨年11月21日,憲仁親王殿下が薨去されました。両陛下はお悲しみのうちに5日間の喪に服され,薨去の直後4回にわたり高円宮邸を訪問されご遺族と悲しみをともにされました。また斂葬後一日墓所祭・墓所十日祭の儀当日及び百日祭の儀お済ませの本年4月14日には高円宮御墓所ご参拝のため豊島岡墓地に行幸啓になっています。今年の新盆には高円宮のお印である柊の絵提灯を二つお作りになり,妃殿下にお贈りになりました。

今年のご養蚕は5月より始められ,桑の葉摘み,ご給桑,上蔟,わら蔟作り,まゆ掻き等の作業のため,恒例の行事の他にも,ご公務の合間に幾度か桑園やご養蚕所においでになり,かいこの飼育に当たられました。今年はまゆ201キロの収穫があり,このうち44キロの小石丸のまゆが,御物絹織物復元10カ年計画の最終年分として正倉院へ送られました。

昨年9月末から10月初めにかけ,スイス国・バーゼルにて行われた国際児童図書評議会(IBBY)50周年記念大会で,皇后さまが名誉総裁として述べられたご祝辞がその後単行本「バーゼルよりー子どもと本を結ぶ人たちへ」と題してすえもりブックスより出版されました。

皇后さまは,陛下とご一緒に天候の許すかぎり毎朝皇居内をご散策になっています。週末にかかるご旅行や祭事,式典などが多いのですが,ご自由な週末には陛下とご一緒にテニスをなさるのを楽しみにしていらっしゃいます。

10月20日,皇后さまは69回目のお誕生日をお迎えになります。