フランス・スペインご訪問に際し(平成6年)

記者会見

ご訪問国:フランス・スペイン(ドイツお立ち寄り)

ご訪問期間:平成6年10月2日~10月14日

会見年月日:平成6年9月21日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇皇后両陛下
記者会見をなさる天皇皇后両陛下
(写真:宮内庁)

宮内記者会代表質問

問1 両陛下にうかがいます。今回のフランス,スペイン訪問に対する抱負と,両国民にどのようなメッセージをお伝えになりたいかをお聞かせください。また,両国と日本との関係,両国の歴史や文化で興味を持っていらっしゃる点と,訪問で楽しみにしていらっしゃる行事,会いたい人物をお聞かせ下さい。
天皇陛下

フランス国大統領閣下並びにスペイン国国王陛下からのご招待により,政府の決定を受けて,フランスとスペインを訪問することになりました。両国とは,日本が,鎖国をやめて,諸外国と国交を開いてから友好関係が続いており,人々の交流が行われ,様々なことを学んできました。10年以上前にミッテラン大統領閣下並びにホァン・カルロス一世国王陛下を国賓としてお迎えしましたし,また,お二方ともそれ以外の時に,何度か日本を訪問していらっしゃいます。

この度の訪問に当たっては,このようなことを思い起こしながら,訪問国の人々との理解を深め,相互理解と友好関係の増進に努めていきたく思います。この機会に日本が世界の平和を念願し,世界の国々と相携えて,国際社会に貢献しようと努めている姿が,更に理解されればうれしいことと思います。

両国民へのメッセージは,日本国民が,世界の平和を希求し,それぞれの国民との友好関係の増進を願っていることを伝えたく思います。

フランスと日本との関係は,国交が開かれてから,軍事,法律,教育制度,思想,芸術など様々な分野で日本は学んできましたが,中でも日本の発展に大きな原動力となった明治5年の学制の発布はフランスの学校制度を主に参考にしたと言われており,明治時代の人々が,いかに世界を見渡して,選ぶべき国々を考えてきたかということを感じます。

スペインとの関係は古くから交流が行われており,その足跡に接することは興味深いものがありました。エスコリアル修道院では天正の少年使節が持ち帰った印刷機で印刷された和漢朗詠集を目のあたりにし,深い感慨を覚えました。

私のフランス訪問は41年前になりますが,その時,訪れたいと希望したものの中にボルドー近くのモンテーニュの住んでいたシャトーとラスコーの洞窟壁画がありました。当時モンテーニュの随想録を読んでおり,また,旧石器時代の洞窟壁画にも関心がありました。どちらも訪れることはできませんでしたが,後年スペインのアルタミラで洞窟壁画を見ることはできました。

スペインでは,16世紀,アメリカ大陸を広く領土として,スペインの中にあって,ヨーロッパ人と非ヨーロッパ人の差別なく,すべての世界の人々で構成される普遍的な世界の法を説いたサラマンカ大学教授のビトリアが人々から尊敬を集めていたということを興味深く感じます。

この度の訪問は公式の訪問でありますので,一つ一つの行事を心を込めて果たしていきたいと思っています。なお,自然史博物館は,かって150年以上も前の標本を何度か借りて研究を進めたこともありますので,この自然史博物館を訪れるのは楽しみです。

会いたい人物としては,再会も楽しみですし,また,新たにお会いすることも楽しみです。ミッテラン大統領閣下とホァン・カルロス国王陛下とは,去年のベルギーのボードワン国王のご葬儀以来の再会になります。しかし,フランスへは41年振りの訪問ですので,19歳の私を親しく迎えて下さったオリオール大統領などお会いすることのできない方も多く,残念に思っています。

皇后陛下

この度陛下とご一緒にフランスとスペインを訪問することになりました。フランスのミッテラン大統領は,すでに過去数回にわたり日本を訪問なさっており,度々に,お会いする機会がありましたが,特に昭和天皇の大喪の礼に出席され,その折を私共と共に過ごして下さった思い出が,深く心に残っております。こうした折々の思い出の上に立って,この度の答礼を,陛下のお側で,心を尽くして果たしたく思います。

フランスに対して持つ興味の元をたどってまいりますと,中学生の頃に読んだ小国民文庫の数冊が思い出されます。ジャン・クリストフの中の一章,シャルル・フィリップの母への手紙,フランシス・ジャムの短い詩などが載せられていました。また,黒白の印刷ではありましたが,フランスの絵画が紹介されており,こうした絵をずっと後に色ずりの画集の中で見たときの喜びは,大きなものでした。私のフランスへの興味は,少女時代に得たこの小さな土台の上に,少しずつ育っていったものではないかと考えています。

スペインの国王陛下と王妃陛下に初めてお会いいたしましたのは,32年前,ホァン・カルロス陛下も今上陛下も,共に20代のお若い親王殿下でいらっしゃいました。その後,年月を経,スペインは大きな変革を遂げましたが,両陛下が常にスペインの国家を思われ,その進展に寄与していらしたことに,深い敬意を抱いております。永い年月にわたり,お二方との間に温かく保たれた友情を,私は大切なものに思っており,この友情への感謝の気持ちを持って,この度スペインを訪問いたします。

スペインへは,過去2回陛下のお伴をいたしましたが,陛下もお触れになりましたように,サンティリアーナ・デルマールから,まだ公開されていた当時のアルタミラの洞窟を訪れた時のことは,今も印象に残っています。スペインへの興味は何と特定できる程,知識を持ちませんが,ソルやタレガを始めとする,スペインのギターの曲や,カザルスのチェロの演奏に心をひかれるものを感じています。

フランス,スペインそれぞれのお国で準備して頂いている行事の一つ一つを楽しみに,また,旅の期間を通じ,大勢の人々にお会いすることを楽しみにしています。

両国民へのメッセージを,ということですが,この訪問を機会に,それぞれの国の現在の姿に接し,両国への認識を深めたいと思っていること,また,この度の訪問が,両国と日本との関係に,少しでも良いものを加えるものとなるよう願っていることを,お伝えしたく思います。

問2 両陛下におたずねします。今回のご訪問はアジア大会の開会式ご出席直後の出発という異例な形で,しかも6月の米国訪問に続いて今年2回目の外国訪問になります。両陛下にとって負担ではありませんか。また,今年の夏は猛暑でしたが,皇后さまのご体調はその後いかがでしょうか。
天皇陛下

この度の外国訪問は,政府の決定を受けて行われるものでありますが,広島で行われるアジア大会に引き続いてという日程になりました。忙しい日程ですが,心を込めて努めていきたいと思っています。

今年の猛暑と水不足は,多くの人々に非常なご苦労を味わせたことになったと深く察しています。暑いさなかでの長い断水はさぞ大変だったろうと思います。ただ,去年と違って,農作物の方は現在までのところ,良い状況で喜ばしく思っています。

皇后の健康に関しては,言葉の困難を克服出来たことを,まだ完全ではありませんが,うれしく思っています。多くの人々の励ましを深く感謝しています。

皇后陛下

体調を気づかって頂き有難うございます。今年の夏は,本当に暑く,しのぎにくいことでしたが,私は無事に過ごしました。お年寄りや病弱の人々には,さぞ辛いことであったろうと察しています。訪欧の出発時の日程は少し忙しいものになりますが,アジア大会は大切な行事であり,心を込めてこれに臨みたいと思っています。

問3 陛下にうかがいます。フランスで先ごろ,ノルマンディー上陸50周年を記念する行事があるなど,先の大戦から50年を迎えて世界で様々な催しが行われています。日本でも戦後50年を機に戦後処理や歴史認識が問い直されていますが,改めて先の戦争に対するお気持ちをお聞かせください。
天皇陛下

来年は戦争が終わってから50年経ったことになります。この戦争による犠牲者のことは決して心から離れるものではありません。常に謙虚に過去を振り返るとともに,世界の平和を目指して進んでいくことが大切と思います。

問4 陛下におたずねします。国際親善のための両陛下の外国訪問について「外務省の事情が優先されている」という指摘や,「皇室の政治利用につながる」といった声も聞かれます。改めて外国訪問に対するお考えをお聞かせください。また,皇后さまにおたずねします。これまでの外国訪問のように,単独でご行動されることがあった場合にはどんなことに心掛けられますかお聞かせください。
天皇陛下

私の外国訪問については,政府において十分に検討された上で決定されるものであります。

国と国との関係はその時々の政治情勢や経済情勢によって影響を受けますが,国民と国民との交流と理解が進み,友好関係が確立している場合には国家間の問題を越えて続いていくものと思います。国と国との関係がこのような互いの信頼関係に支えられていることは大変重要なことと思います。この意味において,様々な分野を通じて国民と国民とが相互理解に基づく友好関係を築いていくことが国際親善の上から意義深いことと考えます。私もこのことを念頭に置きながら,多くの人々と接し,相互理解に基づく友好関係が更に深まるよう努めていきたいと思っています。

皇后陛下

基本的には随行の人々の動きをあまり複雑にしないために個別の日程はできるだけ組まないようにしています。しかし,相手国の要望やその国の慣習からそうした日程が組まれる時には,それに従います。また,陛下がご専門の分野の人々にお会いになるなど単独のご日程をお組になるときには,その間私にも 自分の日程を持つようにお勧め下さり,これまでにも施設や学校,児童図書館などを訪問しております。単独の行動ということで,特に心掛けているというものはございません。そこでお会いする方々のことを思い浮かべ,お互いに良い時を分かち合えるよう願いながら,訪問しております。

問5 陛下にうかがいます。今回訪問されるフランスでは18世紀に王政が廃止され,スペインでは近年王政が復古するなどヨーロッパの王政は様々な歴史を持っていますが,ヨーロッパの王室をどうお考えですか。また,日本の皇室はヨーロッパの王室とどのような共通点,相違点があり,その中で,どうあるべきだとお考えでしょうか。
天皇陛下

ヨーロッパの王室も,それぞれの歴史や制度によって異なっております。また,時代によっても変わってきています。例えば,スウェーデンでは20年程前に憲法が変わり,それまでの大日本帝国憲法に近い方の制度から日本国憲法に近い方の制度に変わってきております。

日本の皇室もヨーロッパの王室も,それぞれ伝統に根ざしており,相違点もありますが,常に国民の幸福を考え,民主主義を尊重している点では共通していることと思います。私は国民の期待に応え,国と国民のために望ましい在り方を常に求めていくつもりでおります。

在日外国報道協会代表質問

問6 両陛下におたずねします。フランスとスペインは日本と同様,長い歴史を持っていますが,文化的・宗教的伝統は異なっています。そこで相互間の理解を更に深める為には,どの様にしたらよいとお考えでしょうか。また,今回のご訪問国にフランスとスペインを選ばれた理由をお聞かせください。
天皇陛下

スペイン,フランスに限りませんが,世界を視野に入れて,お互いを理解しようという精神を持って交流を広げていくということが最も重要なことと思います。

フランスとスペインが選ばれた点については,政府において十分検討した上で決定されたものであり,それに従って両国を訪問いたします。

皇后陛下

少しでも多くの人が,相手の国に友人と呼ぶことのできる大切な人を持つことができたならば,どんなによろしいかと折々に思うことがあります。国と国同士が難しい関係に立たされている時,その状況に耐え,状況の改善に忍耐強く努力する人々が両方の国に存在するような,そうした二国間の関係を築くことが大切ではないかと考えています。

問7 天皇陛下におたずねします。フランスは米・英・露・中,とならぶ核兵器保有国です。核実験の停止や軍縮の動きはありますが,核兵器全廃の世界的世論が高まっているとは思えません。日頃,世界平和を願っている陛下にとりましては,核兵器についてどのようにお考えでしょうか。
天皇陛下

核についての正しい認識を人々が持つということが大変大切なことであり,世界のすべての人々がこの認識に至るよう努めていかなければならないと思います。

核兵器に関しては,私の立場から触れることは差し控えたく思います。