昭和61年歌会始お題「水」

御製(天皇陛下のお歌)
須崎なる岡をながるる桜川の水清くして海に入るなり
皇后陛下御歌
さしのべて手にうくる水のつめたきに心やすらふ泉のほとり
皇太子殿下お歌
外国(とつくに)の旅より帰り日の(もと)の豊けき水の(さち)を思ひぬ
皇太子妃殿下お歌
砂州(さす)越えてオホーツクの海望みたり佐呂間(サロマ)の水に稚魚を放ちて
徳仁親王殿下お歌
オール手に(てい)(きそ)ひ行く若人の影ゆれ映るテムズの水に
文仁親王殿下お歌
(まも)られて幾多の鳥はにぎやかにスリムブリッジの水面(みのも)に遊ぶ
正仁親王殿下お歌
にほどりは池の面にわをゑがきたちまち水にかづきゆくなり
正仁親王妃華子殿下お歌
濃くあはく青うるはしき縞をなし珊瑚礁をめぐる水はすみたり
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
光りつつすばやく動く岩魚(いはな)見ゆ底まで澄める山川の水
宣仁親王殿下お歌
明日(あした)には田植するらし並び田は水を豊かに張りてかがよふ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
奥飛だの緑したたる谷あひを流るる水は清らかに澄む
崇仁親王殿下お歌
万物の根元(もと)は水ぞと喝破せし哲人ありき三千年の昔に
崇仁親王妃百合子殿下お歌
映さるる黄河源流残雪の沢に満ちたる水浅く見ゆ
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
乗鞍の大雪渓を登りつつまぢかにきこゆ初夏の水音
寬仁(ともひと)親王妃信子殿下お歌
水しぶきあげて出船のいでゆくを幸おほかれとわれは見おくる
憲仁親王殿下お歌
水しぶきかかりてすずし沖縄の真蒼き海を船すべりゆく
憲仁親王妃久子殿下お歌
みたらしの水はつめたくさやかなり伊勢の宮居をいましをろがむ
召人 宮本顯一
清水もて端溪の硯すすぎつつ何書かむかと想ひは(かけ)
選者 窪田章一郎
山小屋をとづる日近し湧き水のゆたけき流も雪に埋もれむ
選者 山本友一
あかつきの薄き明かりにつたひくる水音(みのと)小滝(こたき)アリランの唄
選者 香川進
ひそかなる山の大きさみどりなし動ける水にちかづきて立つ
選者 渡辺弘一郎
ゆく水は北上川の分れならむ冬あをき岸屈曲しまたまつすぐに
選者 岡野弘彦
いとけなき我をはぐくみし老い母のあぎとふ口に水ふくまする

選歌(詠進者生年月日順)

大分県 是永俊子
断食節終りの鐘は鳴り止みぬ静かに祈り水のむ乙女
ブラジル国サンパウロ州 高原マス子
水かげろふ揺るる渡し場馬を乗せ車を乗せてバルサ発ち行く
大分県 成松月夫
ゆるやかに淵を流るる水のごと深く静かに老いてゆきたし
京都府 松田熙
モロッコの市場(スーク)に黄砂吹きすさび水売りの声ひとときとだゆ
福島県 木村裕
何処(いづこ)にか月あるらしく谷川の水光る見え馬を曳きゆく
福岡県 新藤重夫
クレーンより届く飲み水手にしつつ高所作業に汗流す今日も
鹿児島県 大和てるみ
米磨ぎし水を静かに流しつつ子に従はむ心さだまる
福岡県 養父峯子
灼熱の鋼あをみそめふり灌ぐ千筋の水の気化いさぎよし
千葉県 横山隆
源へ黄河辿りし踏査隊水誕生の青きを捉ふ

佳作(詠進者生年月日順)

滋賀県 福原鉄造
休止せる噴水写生する児らのみな吹き上ぐる水を描けり
三重県 松井武雄
豊受の(あめ)忍穂井(おしほゐ)水清く汲みて捧げむ朝夕の御饌(みけ)
静岡県 中田きみ子
湧き出づる水ゆたかなる吾が町の製紙工場に子等励みをり
愛知県 大藪美貴江
見張る鳥護らるる鳥つくばひの水をかたみに浴みて飛びたつ
奈良県 中野京子
四代の醤油つくりの生業(なりはひ)を支へくれにし大井戸の水
福井県 北方政一
山かげの棚田に注ぐ谷水を手に受け拝みし母の思ほゆ
愛知県 竹本四郎
代掻きを終へし水面(みなも)を渡りくる風は仄かに土の匂ひす
福島県 猪狩喜通
底深く湧きくる忍野八海(おしのはつかい)の地下水は藻をゆらしあふるる
東京都 田中あや子
ふふみては吹きかくる水虹となり障子貼る母は若くいましき
三重県 長尾昭
調理場の永かりし冬も終らむか河豚(ふぐ)仕込む水今朝はゆるみて
新潟県 羽賀喜七
やすみなく降りくる雪に湯気をたて消雪パイプの水は吹き立つ
佐賀県 松尾純人
水落ちしダムの底にはそのままに小道がありぬ柿の木ありぬ
山形県 須田禮
水底(みなそこ)に光透りて月明の夜を遡る鮭の影見ゆ
愛知県 保田喜美代
真夜中を夫馳せゆけり地下に這ふケーブルの浸水告げ来しベルに
鹿児島県 高城美紀子
火山灰(よな)十日干上りて白きわがまちの人も街路樹も天に水乞ふ