昭和59年歌会始お題「緑」

御製(天皇陛下のお歌)
潮ひきし須崎の浜の岩の面みどりにしげるうすばあをのり
皇后陛下御歌
やはらかき日ざし透りて若桂みどりゆたかに中壺に満つ
皇太子殿下お歌
種々(くさぐさ)生命(いのち)守り来し西表(いりおもて)の島は緑に満ちて立ちたり
皇太子妃殿下お歌
ココ椰子の緑の上に大いなるアフリカの空あした燃えそむ
徳仁親王殿下お歌
みはるかす牧場の緑冬萌えて遠く聞え来チャペルの鐘は
正仁親王殿下お歌
上高地の山の光に萌え出づるけしようやなぎのみどりあざやけし
正仁親王妃華子殿下お歌
満開のマロニエの花に緑さえて春たえなはのパリの町ゆく
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
紅さすも黄なるもまじる奥尾瀬の芽ぶきのみどり今もめにあり
宣仁親王殿下お歌
降りつみし夜のまの雪に松が枝の緑あらたに色匂ふかな
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
水底(みなそこ)はふかき緑をたたへつつ青葉をうつす谷川の渕
崇仁親王殿下お歌
ふるさとの緑うるはし乾燥の国よりもどりし飛行機の窓に
崇仁親王妃百合子殿下お歌
湖は低く沈めりめぐり立つ若葉の緑濃く薄くして
召人 石橋貞吉
ふるさとの伊木力(いきりき)みかんみどり葉の大き葉つけて花のごとくあり
選者 窪田章一郎
うすべにの嫩葉(わかば)がみどりに移りゆくしばしの時の空の高槻
選者 山本友一
霧らひつつ砂に砂飛ぶ海のべの小松のみどりいまだをさなく
選者 香川進
みどりなす野も山も見ゆ二つなきいのちをまもり生きざらめやも
選者 前田透
宇宙電波に白き影おくアンテナはさみどりの野に向きをかへりをり
選者 上田三四二
新年(にひどし)のよろこびとしもわが抱かん初孫(うひまご)のみどり児の玉のごときを

選歌(詠進者生年月日順)

愛知県 佐藤義仁
みどり深き稲田の面は一様に出で穂の前のしづけさに入る
神奈川県 青田悦子
緑なす山の狭間の棚田より人輝きて上りくるなり
宮城県 大竹正五
岩礁の若布ほぐれて満ちきたる潮に順ふみどり(あたら)
長崎県 稲村勝行
阿蘇遠く煙る緑野に呼び笛の及ばむかぎり子らを放てり
群馬県 鈴木ヒイ
村に入る橋渡るとき新緑に埋もれて母の家の屋根見ゆ
岐阜県 中島力雄
新緑の櫟林の峠越え飛騨四十日の検診はじむ
長野県 丸山婦起子
アルプスに雪形(ゆきがた)いでて安曇野はわさび田のうねに緑つらなる
埼玉県 黒沢和士雄
たら(たら)の芽のみどりに積る雪払ひ熊除けの鈴鳴らしつつ摘む
ブラジル国サンパウロ州 多田邦治
日本語を学ぶ児童らスコールのあとのみどりの丘帰る見ゆ
愛媛県 丸谷吉一
籠の螢みんな夜空へ帰しやり緑の星を玻璃窓に飼ふ

佳作(詠進者生年月日順)

福井県 山内博
(ちまき)まく笹のみどりの蒸しかげん孫に教へて囲炉裏火守る
栃木県 入野道位
酪農留学中国学徒来りけり緑萌えたつ丘の牧場に
三重県 三橋研三
春潮になづさふ海女の白き衣みどり染みつつ沈みゆきたり
福島県 松野貴子
絹の道はろばろ日本へつながりて桑の緑のいまもゆたけし
和歌山県 岩橋まさみ
教室に児等の瞳の輝きて今さみどりのかまきり孵る
福井県 中山清
樹の緑ふかきみ寺に妻と在り砂漠の国へ明日発つわれは
新潟県 石塚豊
未だ閉づる地下街の朝店ごとに緑の鉢物配られてゆく
兵庫県 石田昭政
葉桜となりし緑の公園も警戒区域に組みて警邏す
鹿児島県 池亀美智子
屋久杉の原生林の濃緑を溶かすばかりに雨降りしきる
大阪府 吉田秀子
緑の羽ひとりびとりにつけやりて今日の授業を始めむとする
福岡県 村山安義
日に増して若葉の緑かがやけば谷のふかさのまたあらたなり
千葉県 斉藤勉
田植終へて補植の杉を負ふ人らいま新緑の山に入りゆく
長野県 春日幸枝
雨晴れて緑勢ふ桃の葉の雫に濡れて袋掛けゆく
和歌山県 二本松せつ子
さ緑にまぶしき庭を見よと呼ぶ夫も想ふや昨日(きぞ)()きし子を
静岡県 鈴木和子
まなうらに若葉の緑輝きてめしひ我にも五月はうれし
東京都 雨宮加代子
菖蒲湯の緑に香るみどりごを白きタオルに夫より受くる
栃木県 寺中道子
宇宙はるか撮りし地球にさみどりの淡き弧なして列島浮ぶ
岩手県 田端五百子
みどり濃きホップは空をふたわけて晩夏の風をはらみてゆるる
大阪府 中井洋子
あらたなる事業にかけし父の夢みどりの社章みどりの包装紙
東京都 田代雅嗣
アマゾンの深い緑に抱かれてプラント輸出の台船は行く