昭和57年歌会始お題「橋」

御製(天皇陛下のお歌)
ふじのみね雲間に見えて富士川の橋わたる今の時のま惜しも
皇后陛下御歌
鴨川のほとりにいでてながめやる荒神橋はなつかしきかも
皇太子殿下お歌
車窓よりはるけく望む奥浜名湖東名の橋(さや)かに浮かぶ
皇太子妃殿下お歌
橋ひとつ渡り来たれば三月のひかりに見ゆる海上の都市
徳仁親王殿下お歌
鼻栗(はなぐり)の瀬戸にかかりし橋望み潮乗りこえし舟人偲ぶ
正仁親王殿下お歌
冬日さす御苑(みその)の橋を渡り行くわが足音にをしどりのとぶ
正仁親王妃華子殿下お歌
海の()にかかれる金門橋を見おろしぬサンフランシスコの丘にのぼりて
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
ゆるぎなきすがためでたき二重橋今日しも参賀の人なみつづく
宣仁親王殿下お歌
山かひの恐ると見ゆる藤縄の釣橋山子(やまご)さりげなく行く
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
かもめとぶ志賀のみづうみあけそめて琵琶湖大橋人かげもなし
崇仁親王殿下お歌
三代の夫婦揃ひて新設の橋渡りゆくテレビにて見し
崇仁親王妃百合子殿下お歌
留学を終りし吾子と今日渡る宇治橋晴れて川の(おも)澄む
召人 安東正郎
瀬戸内の島々を結ぶ橋成りてよろこぶこゑの空にとどろく
選者 木俣修二
行者(ぎやうじや)らもためらひがちにみやまなる細吊橋(ほそつりばし)を渡りけるかも
選者 窪田章一郎
遠く来て伊水(いすゐ)の橋をわたるなり龍門(りゆうもん)石窟を眼交(まなかひ)に見て
選者 前田透
冬さりし茜をこえて行く橋のかなたに未知の街影をなす
選者 上田三四二
橋寺にいしぶみ見れば宇治川や大きいにしへは河越えかねき
選者 岡野弘彦
世のはじめの言葉もはらにつまどひて女男(めを)あはれなり(あめ)の浮橋

選歌(詠進者生年月日順)

山形県 渡部繁治
吊橋の風に揺られて軋む音聞きつつ登校の列区切りゆく
山口県 古澤政士
錦帯橋映ゆる水面(みのも)のかがり火にほうほうと鵜をはげます聞こゆ
宮崎県 渡邊綱男
御船出(みふなで)の瀬戸かがやかせ昇る陽を美美津大橋に立ちて仰ぐも
東京都 渡辺法子
今日も又父の彫りたる獅子麒麟左右に見つつ日本橋渡る
宮崎県 玉置賢司
夜釣りする桟橋の上風冷えて北斗は澄めり向きを変へつつ
愛媛県 林成一郎
マラッカの青海原に建て()へし桟橋の上に船待つわれは
福岡県 梶野寿人
定刻にわが発たせたる夜の列車橋わたりゆくその音ひびく
京都府 藤原健
社家町は清き流れをめぐらして門ごとに石の橋をわたせる
新潟県 岡田邦一
橋の(はば)にポールを立てて除雪車を徐々に導く吹雪のなかを

佳作(詠進者生年月日順)

茨城県 藤田久仁夫
高張りを舳先に掲げ嫁舟が橋をくぐりて岸に著きたり
大分県 近藤正二
安全旗はためく向きの変りゐて架橋工事場秋に入りゆく
三重県 柴原恵美
父の筆跡()に極楽橋と書かれゐる橋を渡ればふるさとの街
東京都 堀井はせよ
老い夫と連れだち渡る二重橋傘寿の陛下のみこゑま近に
岩手県 吉田省三
倒木の架けたる橋に霜白く狐の足あとふみて巡視す
兵庫県 野瀬昭二
進水の潮刻せまる船橋に指図の笛の間なく鋭し
新潟県 佐久間昭吾
雪消えて来し炭山に亡き父がかけし木の橋芽をふきてをり
福岡県 板垣富美子
若きらが声かけあひて橋桁に打つ鋲の火のゆふべ澄み散る
大阪府 小笠利枝
町並の中に小さきわが店の灯ともしてあり橋より見ゆる
東京都 田沼照子
商ひの人のながれの変るらん新しき橋今日開通す
東京都 板倉俊雄
はろか呼ぶ船舶電話を()ぐあした大桟橋にドラが高鳴る
東京都 醍醐和
歩道橋渡るもたのし見おろしに泰山木の花咲き初めて