昭和55年歌会始お題「桜」

御製(天皇陛下のお歌)
紅のしだれざくらの大池にかげをうつして春ゆたかなり
皇后陛下御歌
ふだんざくらおほしまざくらも咲きそめて光あまねきけふのみそのふ
皇太子殿下お歌
四年にもはや近づきぬ今帰仁(なきじん)のあかき桜の花を見しより
皇太子妃殿下お歌
風ふけば幼なき吾子を玉ゆらに明るくへだつ桜ふぶきは
正仁親王殿下お歌
夕まぐれひとけ少き御ほりべに夜目にも白くさくらの花さく
正仁親王妃華子殿下お歌
網走の子等のくれたるえぞ桜今年の春は花咲くらむか
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
八甲田の雪の路ゆきて蔦の湯には(さか)るさくらを見にし春はも
宣仁親王殿下お歌
花さかる堤にしばし馬車とめて鬱金桜(うこんざくら)の一枝を折る
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
鴨あそぶ堀にしだれてさくら咲く津軽の城は春深くして
崇仁親王殿下お歌
英京の大使公邸の桜花天皇誕生日に咲き競ふなり
崇仁親王妃百合子殿下お歌
遠木立霧にうすれて窓の辺にさやかに見ゆる富士桜の花
召人 佐藤朔
桜咲く日の学園の時計台ラテンの文字のいまもかがやく
選者 木俣修二
八重ざくら暮れ残りゐる城のしたひとしきり(ほり)(にほ)のこゑ立つ
選者 山本友一
小沼(をぬ)のべの真日のたむろは八重桜たわたわとして翳りいさよふ
選者 香川進
桜の花散るとしもなしわが母と遊びにし日もまぼろしにして
選者 上田三四二
うらうらと遅桜照り道のべは花びらを捲くみじかきつむじ
選者 岡野弘彦
咲き満てる桜の下に立ち(ほう)け神の(おきな)のごとくゐる父

選歌(詠進者生年月日順)

鹿児島県 碕山作一
盲ひゆくわれの(まなこ)にこの春の終りの桜おぼろに白し
北海道 松谷一令
きたぐにの遅き桜を待たず()く底引漁船に拿捕(だほ)あらしむな
神奈川県 齋藤かをる
彼岸ざくらほころび初めし山畑の日ざしの中に父母は(いま)しき
滋賀県 太田活太郎
陶房の窓に散り入る山ざくら回す轆轤(ろくろ)の風にまた舞ふ
山口県 古澤政士
攻め焚きの窯鳴りとよむ()明りに散る夜ざくらのあきらけく見ゆ
山梨県 鶴卷礼子
椎茸の榾木を浸す季のきて渓の流れに山ざくら散る
北海道 栄花豊
蝦夷富士の麓の風も温りて桜前線日々に近づく
兵庫県 横野一男
咲き初むる桜の庭に名を呼びて入学児童の組を分けゆく
東京都 今西文子
健やかに共に老いたし(つま)とゆくサイクリング・ロードに桜花散る
愛媛県 松尾民子
モーツァルトの曲をきき終へもどり行く道の桜の新しく見ゆ

佳作(詠進者生年月日順)

長野県 島田一郎
種籾の(かます)浸して咲きさかる岸の桜の根に結びおく
石川県 北川喜久男
桜咲く我が校庭に旗揚げて入学式に来る子等を待つ
長野県 両角保秀
桜咲く羅南の街をみんなみに征きしその日も遠くなりたり
山口県 坪井鈴子
髪切りて粟餅売りし彼の丘の桜咲きゐむ遠き撫順よ
千葉県 戸田正子
満開の桜の下の軍旗祭兄上いませり遠き遠き日
兵庫県 法貴紀三郎
ことごとく花咲く春ぞわが峡のさくらの木あるところ輝く
青森県 渡邊曻
馬産地のここより馬は征きにけり銅像の馬の背に桜散る
長崎県 久部和也
無人駅のホームの桜散らしつつ夕映のなか列車通過す
大分県 是永豊春
父のなき吾を思ひて満開の桜見てゐき面接の前
滋賀県 三浦文子
よろこびを噛みしめながら桜咲く大学の門を子と入りゆけり
兵庫県 辻井倫夫
征く朝に母と仰ぎし山桜今もかがよふわがまなうらに
三重県 東長二
山のべの桜は咲けり日もすがら代田(しろた)に余る水あふれつつ
東京都 橋本栄子
チグリスのほとりはるかに機械組む(つま)におくらむ桜うつして
長野県 百瀬浩
桜咲くこぬれにわれを抱き上げし出征の日の父のおもかげ
新潟県 林ケイ子
桜咲く頃に征きしと言ひしのみ耐え来し長き月日は言はず
東京都 山内三三子
花房の揺るる桜の並木道歩行者天国となりてにぎはふ