昭和52年歌会始お題「海」

御製(天皇陛下のお歌)
はるばると利島(としま)のみゆる海原の(あけ)にかがやく日ののぼりきて
皇后陛下御歌
鹿児島の海こえゆけば船のさき天つひかりに波はかがやく
皇太子殿下お歌
足摺の岬はるけく黒潮の海広がれりさやに光りて
皇太子妃殿下お歌
岬みな海照らさむと(とも)るとき弓なして明かるこの国ならむ
正仁親王殿下お歌
雨けぶる佐渡の入江は波もなく海の面ひくくとびうをのとぶ
正仁親王妃華子殿下お歌
かすかなる茜さしそむる北の海浮寝の鳥のいまだも覚めず
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
海にいのり海をたよりに島人の生き継げるさまにこころうたれぬ
宣仁親王殿下お歌
潮煙る岬の外の荒海を眺めつつ長き船泊りしつ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
船出して八重の潮路のはて遠くゆきにし君を恋ひし日おもゆ
崇仁親王殿下お歌
飛び立ちてベルトサインも消えぬ間を機窓一面紺碧の海
崇仁親王妃百合子殿下お歌
カリブ海瑠璃色に澄み果てもなしユカタンの浜の砂は真白く
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
流氷の去りし彌生の海原に漕ぎいだしたる磯舟の群
宜仁親王殿下お歌
心安き友らとつどひ蜜柑狩る網代の海を見はるかしつつ
容子内親王殿下お歌
蒼く深き伊勢の海路を泳ぎゆく浮ける真珠の筏めざして
憲仁親王殿下お歌
瓜島をめざして進む遠泳の列をはげます烈日の海に
召人 宇田道隆
金華山沖にしるけき潮すぢをいるか群れ飛ぶ夕焼の海
選者 木俣修二
かぎりなく波はひらめく雪雲のおほへる海の昏れんとぞして
選者 太田兵三郎
波と太陽たはむれてゐるあかつきを海幸彦の舟あらはれぬ
選者 佐藤佐太郎
海のべの木草かがやき晴れながら雨ふることのあり熊野路は
選者 山本友一
玄海のうしほのとよみ夜をこめて月あからひく天にひびかふ
選者 香川進
戦の終りし海に漁火のあかるく映えしときをわすれじ

選歌(詠進者生年月日順)

三重県 田中キミ子
フィヨルドを下りくだりて島いくつ抱ける海へわが船は入る
岡山県 渡邊長
朝なぎの瀬戸内海の満潮(みちしほ)にいま進水の斧打ちおろす
千葉県 井上貞子
巡回の献血車を待つ草原に風たちくれば海の匂ひす
新潟県 畑山正隆
蛍いか魚津の海にひしめきて星なき夜のうねり明るし
東京都 山崎竹代
オホーツクの寒き曇りの潮の上霧より()れて黒き鳥飛ぶ
奈良県 中野京子
ソロモンにつづくこの海凪ぎわたるかもめとなりて還れ弟
山口県 黒川小夜子
蛸つぼを沈むる漁夫ら冬浪に落ちんばかりに身を折りまぐる
兵庫県 川崎忠義
わたつみの暁昏き波の間を研修船は風孕みゆく
埼玉県 四元仰
帰りこし海辺はさびし暑き日の日差しけむりて火山灰降る
三重県 佐藤敦子
水あかりかすかにありて海苔網を広げゆく夜の海凪ぎ渡る

佳作(詠進者生年月日順)

東京都 大河内富士子
砂丘に浜木綿の葉は乱れつつ嵐過ぎたる海に日のさす
千葉県 利田正男
夜のやみの海をやはらかく叩くごとすなどり終へし船は入り来る
岡山県 松枝秀文
ソロモンの海に果てにし(なれ)ゆゑに渚に寄せて迎火を焚く
京都府 小高利一
油槽()るながき一夜の明けそめて海の青いま甦りきぬ
宮城県 山形敞一
椰子の葉のさやげるゆふべ三日月の光礁湖の波にかがよふ
青森県 木村將久
風の吹く甲田(かふた)高はら夏草のそよぐがうへに光る海見ゆ
大阪府 小谷善弘
深海にマリンスノーは降るといふ覚めゐておもふその寂(しづ)かさを
愛知県 菅原美智子
雲と海つなぐ柱の動くごと船の遙かをたつまき移る
東京都 加藤利博
火星にも海はなかりき夜を覚めて生命たしかに潮騒を聴く
大阪府 敷田年博
(ぬさ)白くそよぐ斎場(ゆには)に満月の海を渡りて(はらい)舟つく
和歌山県 山本泰三
夢に見し故国(くに)のまほろば有明の海しづかなり還り来にけり
愛知県 青木トク
豌豆の花ひらきゐし海辺にて誓ひし愛をつらぬきて老ゆ
福岡県 十時マツヨ
春日照る坊の津の海鑑真が盲ひてつひにここに着きにし
石川県 千田きみ
雪のこる木下をすぎて海見ゆる尾根にいづれば土あたたかき
石川県 小山満智子
嫁ぎゆく()の荷と共に海渡るフェリーの夜の寝ねがたくして
福井県 皆川節子
越前の海を見おろす崖の畑水仙の花むらがりて咲く
神奈川県 九鬼小夜子
わが父のライフワークは貝にしてあけくれ海のかをり家にみつ
茨城県 井坂照美
海越えて来し燕らか朝焼けの岬の空を高くわたりぬ
大分県 岩永知子
火入れ待つ二号高炉はいづれかとコンビナートを海越しに見つ
千葉県 柴田澄江
苦しき時は海を見よとふ父の声潮鳴る浜に立てば思ほゆ
佐賀県 森永洋子
鮭五郎(むつごらう)の動きひととき繁くして干潟に潮の満ちはじめたり