昭和43年歌会始お題「川」

御製(天皇陛下のお歌)
岸近く烏城(うじやう)そびえて旭川ながれゆたかに春たけむとす
皇后陛下御歌
夏椿こずゑに花をささげたり那須高原の川ぞひの道
皇太子殿下お歌
この水の流るる先はアマゾン河口手をひたしみるにほのひややけし
皇太子妃殿下お歌
赤色土(テラ・ロツシヤ)つづける果ての(かな)しもよアマゾンは流れ同胞(はらから)の棲む
正仁親王殿下お歌
信濃川の流れは雨にけむりつつ石油の船の今しいでゆく
正仁親王妃華子殿下お歌
氷る日の奥山の川浅き瀬に山葵(わさび)はそよぐ緑さやけく
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
先達が釆ふるままに若人ら五十鈴川瀬を御木曳(おきひ)きのぼる
宣仁親王殿下お歌
人々の智慧のまにまに川水の流るるかぎり電力としつ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
枯芦もこほりて寒き大川に朝の日のさし水にきらめく
崇仁親王殿下お歌
思ひ出はよみがへりくる名月に映えわたりたるティグリスの川
崇仁親王妃百合子殿下お歌
たゆたひて藻の浮くさまも澄みてみゆ尾瀬の小川の浅き水底
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
八方のふもと流るる姫川の歌をきくのもをはりとなりぬ
召歌 松山茂助
ふるさとの町を流るる千曲川たちまちにして峡に入りゆく
選者 佐藤佐太郎
大雨にみなぎるにごりしかすがに山川なればにごりさやけし
選者 宮肇
川床に泉の見えて新しき水うごきつつ砂たえず舞ふ
選者 松村英一
湯俣の川に湧く湯を浴むと来て石を積みゆくながれのなかに
選者 長谷川銀作
旅客機の窓にむらがる雲きれて大川の面あをく見えきつ
選者 山下秀之助
虹鱒はここにひそみて冬越さむ川水白く落ちそそぐ下

選歌(詠進者生年月日順)

東京都 杉浦大蔵
アラレガコ氷雨(ひさめ)に腹をうたせつつ九頭龍川の冬を落ちゆく
栃木県 堀田慎之
伏流の虹川(さび)川原に水湧きて流るる音す夕立のあと
長野県 北村芳美
桑摘みに通ふ小川の丸木橋わがため夫は架け替へくれぬ
福島県 一条和一
砂利採りの人等残しし火も消えて川波の音高くなりたり
鹿児島県 松永政志
砂利積むと川瀬渡りて来し馬車の馬は解かれて岸に草食む
東京都 沢田すみ
診療班去りたるのちはつぎつぎに船つらなりて川をくだりゆく
北海道 宮西頼母
チモシーの禾積(にほ)つみ終へし土手の上石狩川は波立ちて見ゆ
北海道 杉本金弥
(つち)つたひ来る川鳴りの夕づきてなほ高むらし独活(うど)堀りをれば
京都府 井筒紀久枝
どの家も紙()く夜なべ終へたらし峡を流るる川音きこゆ
宮崎県 玉置賢司
鰹追ひて幾日ならむ暁の永良部(えらぶ)の川に水をおぎなふ
北海道 三本一郎
釧路川すき間もあらず台風を避けてひしめく蟹漁船団
栃木県 斎藤穂
川すでに光りそめたり果樹園の雪晴れに来て妻とはたらく

佳作(詠進者生年月日順)

岐阜県 永井虎助
潮みつるさきがけにして信濃川河口しづかに氷塊うごく
福井県 竹中理一郎
田をよぎる新しき川コンクリートの岸遠くまで見えて月照る
大分県 大久保貞義
時間水競ひ引くらし堰口の雑草の中に時計置きてあり
神奈川県 斎藤直次
山の神の日待を告ぐる拡声器川原とほく夕鳴りわたる
岐阜県 中村和夫
川嶋の出飼ひの牛を夕べよぶ草ぶえきこゆ船の上より
長野県 真道庸男
落胡桃沈みて溜る前沢の流れやうやくつめたくなりぬ
埼玉県 萩原菊次
惑はずに教師となりて四十年利根の川辺の子等をはぐくむ
奈良県 福島順
補装具をはづせば萎えし肢白き不自由児たちを川に遊ばす
福島県 斎藤セチ子
ビニールを外し終へたる苗代に霜おそれつつ川の水引く
岡山県 菅田節子
出銑のほむら明るく夕潮にふくらみきたる河面を照らす
三重県 松岡きみ子
長きながきひでりの中に少しづつ湧く川水を茄子畠にやる
大阪府 森本守夫
石炭の荷揚げが見ゆる夕焼の川に馴染みて大阪に住む
静岡県 加藤新平
アラカンの峡にも砂の川ありて故郷のごと小蟹すみをり
アメリカ合衆国カリフォルニア州 檜垣和子
加州米積まむ日本の船といふサクラメントの河のぼり来る
広島県 新谷守夫
稲かればあつくなるゴムの手袋を藪かげの川にきて浸しをり
熊本県 吉岡久美
粟畑を川に沿ひつつ息ひそめ三十八度線真夜越えにけり
青森県 大橋照
とまり船かすかにきしむ音のしてあらし過ぎたる河口更けゆく
石川県 下谷信孝
箸木地を立て干す家並巡りつつ海まで狭き奥能登の川
アメリカ合衆国カリフォルニア州 多田隈良子
ふるさとの雄物川辺に牡丹雪降りつむ頃か恋ひて思へば
千葉県 斎藤勉
朝明けしあらしのあとの大川に浮く刈稲を舟に積む見ゆ