昭和41年歌会始お題「声」

御製(天皇陛下のお歌)
日日のこのわがゆく道を正さむとかくれたる人の声をもとむる
皇后陛下御歌
()つ国のワシントンなる孫の声テープの声をいま耳にしつ
皇太子殿下お歌
子供等の遊びたはむるる声のなかひときは高し母を呼ぶ吾子(あこ)
皇太子妃殿下お歌
少年の声にものいふ子となりてほのかに土の香も持ちかへる
正仁親王殿下お歌
異国よりかへりきたりてわが庭のをながの声をめづらしと聞く
正仁親王妃華子殿下お歌
雪降れるグリンデルワルドの町中にそり遊びする子供らの声
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
オリンピックここに開くと()べましし御声わすれじ平和の御声
宣仁親王殿下お歌
声々にとしの始めに万代をいはふ心はひとつなりけり
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
はぢらひをふくみて語る新妻の声にも幸はあふれてぞみゆ
崇仁親王殿下お歌
小さなるテープに入れし師の声を旅の暇に聞きて学びぬ
崇仁親王妃百合子殿下お歌
あたらしき声もまじりてこの春はわが家のまどゐいよよにぎはし
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
声あげて母校の勝利いのりつつ応援団の指揮とるわれは
甯子内親王殿下お歌
スキー脱ぎていこへるしじまうぐひすの声ひびきくる春の雪山
召歌 清水秀
ほのぼのとむらさきにほふ朝ぼらけうぐひすの声山よりきこゆ
召歌 堀口捨己
梢よりこずゑにわたるかぜの()は心にかよふ春のこゑかな
選者 木俣修二
鱈をせる声さらひつつひとしきりまた岸壁に吹雪は猛る
選者 鹿児島寿蔵
奥入瀬(おいらせ)の渓のゆきげの水のこゑ聞きつつぞ掘る太きうどの芽
選者 橋本徳寿
思ひ来し最上川辺の大石田聴禽書屋に聴くももどりの声
選者 山下陸奥
冬づける林のなかに湧く水の声を聞かむと一人入りゆく
選者 岡野直七郎
しづかなる高野の山のあかつきに目ざめて聞きぬ水のゆく声

選歌(詠進者氏名五十音順)

岡山県 金谷威税秀
吾子(あこ)の声受話器にはずみ転属は帯広の隊と告げて来にけり
東京都 上村律子
アパートのゆふべいつしか灯はともり作業衣洗ふ若人の声
東京都 久保あや子
カナリアの巣箱に耳を押しあてて今朝生れたる雛の声聞く
ブラジル国サンパウロ州 信太千恵子
野火の音ま近に迫り牧のなか声をからして吾が馬を呼ぶ
アメリカ合衆国カリフォルニア州 淸水能武次
アリゾナの砂漠の夜空啼き渡る雁の声ごゑ澄み徹りきこゆ
長野県 下平貞夫
おほかたの家起きたれば豆腐売る吾が声すこし大きくしゆく
新潟県 鈴木一彦
砂丘湖のほとりに声をあはせつつ歌ひき心つたへたる日に
岐阜県 高橋照空
越冬の柴刈り終へて寮生の声高らかに山をおり行く
大分県 高橋トシ子
造り込み(こしき)をさむるこの(よる)をのどかに歌ふ庫人の声
愛知県 原由太郎
バスの(とびら)ひらけばいっせいに声あげて園児ら春の山に散りゆく
東京都 本橋モト
帰化成りて君は泣きたり声あげて吾が手握りぬ手はあたたかき
栃木県 森武雄
あかときの霧のヤードに貨車を組む確認の声をかけあひながら
青森県 山根勢五
抱卵期に入りたる海猫(ごめ)のさわぐ声夜更けてきこゆ向ひの島より
大阪府 鑓田和子
赴任地は雪とぞ告げてこのゆふべ受話器に(つま)の声あたたかし

佳作(詠進者氏名五十音順)

鹿児島県 川床秋徳
二十年寡婦のくらしを生きて来て優しき声を君は保てり
愛媛県 亀田喜三郎
なき父に声さへ似ると弟たち老いかがまれるわれにやさしき
京都府 北村武子
(おい)母の声低ければ濯ぐ水細く垂らして問ひに立ちゆく
栃木県 左川誠
一人なる運転室にシグナルを喚呼して吾が声に確かむ
宮城県 佐藤直治
炭窯の火を焚きをれば声のして飯盒をさげ吾子(あこ)登り来る
宮崎県 玉置賢司
真珠筏組む島人ら声あはせ風寒き朝の瀬戸漕ぎ渡る
神奈川県 野田みどり
英会話テープに学ぶ夫の声職きまりたる今宵あかるし
栃木県 萩原淑子
声かぎりわれを呼ぶ子に田草とる泥の両手を上げて応ふる
山形県 原田隆
峡ひとつへだてて妻と萱を刈り霧深くなれば声をかけあふ
佐賀県 藤原一郎
閉山をまぬがれたりとスピーカーの声ぼた山にはずみこだます
ブラジル国パラナ州 堀田栄
声かけてコーヒー採集の人過ぎぬ朝五時を告ぐる鐘の鳴るとき
京都府 堀伊之助
かがまりて研磨機による教へ児の後より声かけて励ます
静岡県 望月好男
肩寄せて貨車押す若き仲仕らの声おのづから高まりゆくも
大阪府 山内郁子
出張の(つま)に代りて経読めば朝のみ堂に声響くなり
群馬県 小渕かく
蒟蒻(こんにやく)の荒粉の出来を声高に耳遠き(はは)(つま)はきかせる
東京都 岡田昇
さみだれにけぶる(ふみ)島海猫の声はかなしもひねもすやまず