昭和37年歌会始お題「土」

御製(天皇陛下のお歌)
武蔵野の草のさまざまわが庭の土やはらげておほしたてきつ
皇后陛下御歌
春ごとに山辺の土にしたしめり苗を植ゑつつ種をまきつつ
皇太子殿下お歌
日日温み日日とけゆきて雪の下にぬるる新土今日現はれつ
皇太子妃殿下お歌
ふと覚めて土の香恋ふる春近き一夜霜葉の散るを聞きつつ
正仁親王殿下お歌
だに類の研究にはげむ友のため永良部島より土を採り来ぬ
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
なれぬ手に鍬もにぎりてしたしみし富士の裾野の土なつかしも
宣仁親王殿下お歌
田の面にかきおこされし土塊の霜をかぶれり春あさくして
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
ひよ鳥の高き声きき芝枯れしゴルフコースの土にしたしむ
崇仁親王殿下お歌
竹べらのさきに心をこめて掘る土に埋もれし古代住居址
崇仁親王妃百合子殿下お歌
雪山のリフトに倚りてせせらぎのふちの黒土鮮やかと見つ
召歌 中村孝也
ほのぼのと牡丹の花のくれなゐをふふみて匂ふ日だまりの土
召歌 上山英三
下草をとりて清らなる土の上白萩の花ここだこぼれぬ
選者 土屋文明
安房の崎にわが立ち見れば伊豆の島つちは相呼ぶ海原のうへ
選者 太田みつ
颱風に流れし庭の土入れて又来ん年に心はげます
選者 松村英一
焼跡の土に麦つくり僅か得しきびしき日なりき遠く過ぎつも
選者 五島美代子
もろもろのいのちおびやかす灰を秘めてなほよみがへる土とたのまむ
選者 木俣修二
谷の田の凍れる土に散らばりて軍鶏はあされり眼するどく

選歌(詠進者氏名五十音順)

福島県 青田サダ
読めぬ子も書き渋る子もいそいそと箱に土盛り朝顔をまく
愛知県 明石太郎
台風の出水やうやく今朝ひきぬかがやく土に妻も子も呼ぶ
岡山県 井上章
夜を学ぶ生徒らはみな鉄の匂ひ土の匂ひを持ちて集ひ来
愛知県 岩越長一
消毒をせし土敷きて春雛の来たらむあした妻と吾が待つ
埼玉県 小川栄一
腰おろす土あたたかしリヤカーを風よけにして妻と昼餉す
東京都 坂井慶任
コンベアーにのぼりくる土夜もひびき黄の安全帽は地下に触れあふ
愛知県 杉山龍枝
ふるさとはダムに沈みぬ三好野を拓きて土になほ生きむとす
愛知県 高橋喜美子
土つけて運びこまれし原毛をよりわけゐつつ過ぎぬ少女期
埼玉県 高橋利夫
貧しくも土に生きむと手を取れば君は優しく幾度もうなづく
アメリカ合衆イリノイ州 高橋百合子
ふるさとに餅草萌ゆる春の土何時の日か踏まむシカゴに老いて
三重県 田所金吾
土踏まぬわがなりはひよ海原に真珠筏を踏みて老いてゆく
岡山県 中村松子
開墾の土地やうやくに肥ゆる頃年老い力つづかずなりぬ
愛媛県 鳴海茂幸
発車準備やうやく終れば機関車を降りてしづかに朝の土踏む
兵庫県 藤井美鶴
土担ぎ入れしこの田のはつみのり稲刈りはずむよろこび湧きて
愛知県 前島正子
海のなかに土盛りあげて国造り製鉄工場つぎつぎに建つ
奈良県 松田敏子
五尺おきに夫の掘りたる山土の匂ひのなかに苗木植ゑゆく

佳作(詠進者氏名五十音順)

愛知県 一ノ瀬昭子
家を継ぐ継がぬと争ひし日もとほく父に土質を聞きゐる弟
神奈川県 臼井東生
来る年は工場建ちてゆくならむ淋しく麦に土かけて行く
山梨県 太田清美
拓きたる火山灰土の畑のうへ乾きしままに蕎麦の種蒔く
青森県 小島繁勝
稲刈の季節託児所開かれて広場の土に子らは遊べり
広島県 越山和洋
せりすみし野菜市場に散り残る土はおのおの色異りて
滋賀県 小菅艶子
稲刈の土の足にて急ぎゆきしつとめの夫を一日気づかふ
大阪府 小西美都子
夫征きてかへらず待つとかたくなに土守りて生くうとまれにつつ
京都府 小林みどり
大いなる藷手にふれて声あげぬ盲児らは土に這ひていも掘る
長野県 小林保衛
そよぐ麦に土よせすれば新妻は吾にまされるわざを持ちをり
徳島県 小延長愷
杉植うるもろて休めてふと偲ぶビルマに掘りし壕の土の香
長崎県 斎藤春一
ブルドーザーうなりて土を削りゆく道無き島に道つけむとて
茨城県 清宮裕
父母と一夜過せる朝にして庭苗代の土匂ふなり
千葉県 武内浩
土つきし野良着のままにいそぎ来て訪問図書館着くを待ちをり
和歌山県 武内宗詮
竹の子のこぶし程なるちひさきは一つ掘り一つは土覆ひ置く
北海道 館みさ
はてしなき熊笹薙ぎて土掘りし亡き父母を想ふみのり田見れば
静岡県 田中鎮彦
作付の転換せむとわが部落一斉に行ふ土の調査を
石川県 田中清左門
若きよりいつくしみ来しこの土に奨励品種の越路は実る
埼玉県 田中康雄
掘られたる土くろぐろと秋晴れて水道管を村は敷きをり
和歌山県 津村きよえ
ひと冬を夫が拓きし山畑の土に初めて茶の種をまく
鹿児島県 鶴田正義
土のぬくみすでに春なり吾子と来て杉の苗さす山の日おもて
埼玉県 中島好宣
しろじろと瓦斯にかぶれし土起し瓦斯もれ直す氷雨ふるなか
広島県 延清アヤコ
あらしふき猪にあらされなほ土に生きる佗しさ耐へて野にいづ
高知県 野村房喜
直き土あらき土あり五十年わが壁をぬるわざも老いにき
長野県 松下武
南海の長き戦に破れ来て浦賀の土を踏みしを思ふ
宮崎県 松本政夫
鰹追ふ船の上より煙噴くトカラの島の赭土が見ゆ
岐阜県 水谷銀斎
明日たのむ寒夕焼のひろごりて土にまみれしトロを伏せ置く
山口県 溝部正夫
今日よりは吾が土地となりし分譲地に沖行く船をしばし見てゐつ
愛知県 森下秀二
いくとせを父祖いのちかけし陶芸の常滑の土われらうけつぐ
三重県 柳田きわ子
土を採る人夫に楽を聞かせゐつ弁当箱の上のトランジスター
大阪府 鑓田和子
工場の敷地となりし吾が畑に赤き異質の土盛られゆく