昭和32年歌会始お題「ともしび」

御製(天皇陛下のお歌)
港まつり光りかがやく夜の舟にこたへてわれもともしびをふる
皇后陛下御歌
大磯かはた茅が崎かやみの夜を海のあなたに光るともしび
皇太子殿下お歌
ともしびの静かにもゆる神嘉殿(しんかでん)琴はじきうたふ声ひくく響く
正仁親王殿下お歌
実験室のともしびをけしいでてこし校庭の夜のかぜはつめたき
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
夜空ゆく旅路のはてに夢のごと光りてみゆる町のともしび
宣仁親王殿下お歌
くらやみに目を見開きてひたすらにもとむる光誰かあたふる
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
波あらきノサップ沖を行く舟のしるべとなりて光るともしび
崇仁親王殿下お歌
セイロンの祭の列は絶ゆるなし巨象の鼻にともしびゆらぎて
崇仁親王妃百合子殿下お歌
あたたかく灯ともる(いへ)をめざしつつ志賀高原の雪の道ゆく
召歌 日本学士院会員 金田一京助
天地(あめつち)のそきへのきはみ照りわたるおほきともしび太陽あがる
召歌 日本芸術院会員 窪田通治
卓上の(ふみ)を照らせる深夜の()澄み入るひかり音立てつべし
選者 日本芸術院会員 尾上八郎
ねつかれぬならひとなりて物の色の白くなる時ともしびを消す
選者 日本芸術院会員 吉井勇
桂なる蛍燈籠にともる灯のほのけさ()へば心()ぐらし
選者 土屋文明
人の行き絶えて道ありあかときをまちてつらなるともしびのかげ
選者 太田みつ
遠き町に灯のつくことの楽しさをしみじみ知りて今日の戸をさす
選者 松村英一
()をつらねのぼり来る見ゆ高山はあかつきの空いまだくらきに

選歌(詠進者氏名五十音順)

兵庫県 安達龍雄
ともしびの暗きよひよひおほははに手機(てばた)習ひし母の世を思ふ
福岡県 安藤美則
製鉄の(けぶり)よどみて()し窓に昼を灯ともし事務にいそしむ
島根県 石川壽保
限りなく麦の青穂のそよぐ径灯に照らしつつペダル踏みゆく
大分県 伊藤巳人
牛飼のわざにしたがひ五十年このともしびの下に藁切る
アメリカ合衆国カリフォルニア州 小川文子
日本(につぽん)にむかふ船の灯波にてりこひしきものか留まりをれば
長野県 桂川正雄
西原(にしはら)に引揚家族の家建ちてともしびの見え牛の声する
大阪府 唐川次夫
つるくさのしげみに赤き燈のともる配電室へ日に一度ゆく
北海道 斎藤昭二
ノサップのガスこめし海におぼおぼと灯のまはる見ゆ千島よ恋し
三重県 柴原惠美
(つま)待つと路の灯光(ほかげ)()つわれを汽車より降りし人ら見てゆく
愛媛県 清水文一
思はずもさけびあがれり祖国の灯右舷はるかに見えそめしとき
静岡県 達崎龍一
島かげに風を避けたる貨物船碇泊燈をあげて夜に入る
アメリカ合衆国カリフォルニア州 ルシール・ニクソン
あこがれのうるはしき日本(につぽん)法隆寺ひるのみあかしいつまたとはむ
福岡県 目黒清介
伐木(ばつぼく)一日(ひとひ)は終へて灯のもとに木の香の匂ふ作業衣をとく
静岡県 森崎正明
春の山ひねもす焼きし人々が松明(たいまつ)ともしかへり来る見ゆ
東京都 谷井春子
ともしびは(かし)()()に見えそめて今日もくれゆくわが北の窓