昭和29年歌会始お題「林」

御製(天皇陛下のお歌)
ほのぼのと夜はあけそめぬ静かなる那須野の林鳥の声して
皇后陛下御歌
から松の林をゆけばめづらしく霧藻のかかる枝も見えけり
皇太子殿下お歌
旅路より帰りて宿る軽井沢色づく林は母国の香にみつ
宣仁親王殿下お歌
いたやぶな楢さまざまに色かへておもむき深く生ひしげる見ゆ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
朝日さしてくれなゐにはゆ雪ふかき蔵王の山の樹氷のはやし
崇仁親王殿下お歌
武蔵野はいまだも広し人なくて林にかかる日の大いなる
崇仁親王妃百合子殿下お歌
いづくにかせせらぎの音きこゆれど林はつきずおく深くして
召歌 日本芸術院会員 香取秀治郎
下草の朽葉の色のあかるきに楢林陽はあたたかに照る
召歌 日本芸術院会員 小杉國太郎
朝の日もよろこびて照る白樺の林の梢若芽だちたり
選者 日本芸術院会員 尾上八郎
軽やかに林過ぎ行く朝心鳥のなく音をふとまねびけり
選者 日本芸術院会員 窪田通治
楢ばやしわか葉のひかり青やかに行く細みちの奥の知られず
選者 日本芸術院会員 吉井勇
武蔵野の林のなかをさまよひしわが若き日も今ははるけし
選者 土屋文明
国はらは夕べむらさきたなびきて林林の静まりにけり
選者 尾山篤二郎
たじろがでたどりゆくこそうれしけれ林は春の草ももえたり

選歌(詠進者氏名五十音順)

アメリカ合衆国カリフォルニア州 井上通政
異国(ことくに)の林かなしも落葉ふめばかすかにきこゆふるさとの音
千葉県 大塚富治郎
うかららの皆出できたりまつ林のかや刈り落葉はくはたのしも
東京都 高力幸太郎
から松の芽ぶきあかるき高原の林をいでて雪の山見つ
東京都 五島美代子
身にふれてくぬぎ若枝はしなふなりをかの林の道ほそくして
北海道 小林利弘
ジープもてプラオをひける土ぼこりからまつ林の方になびけり
山形県 酒井忠明
芽ぶきたつ裏の林に山鳩のなくねこもりて雨ならむとす
富山県 櫻井雅楽
雪のこる雑木林をのぼりきて木の芽めにたつ南にくだる
和歌山県 杉浦勝
露しめる林の道に草いちご受けてやさしき君が手なりき
秋田県 高橋幸之助
きびの葉にわたる風ありこの丘の林ひらきて早も七年
京都府 竹村利雄
今日も来ていが栗おとす子らの声あかるくとほる林の中に
長崎県 龍田杏邨
あけがたの林に入ればかそかにも梢ふれゆく霧のおとあり
東京都 徳川彰子
おほぢよりわが背につづき五十年をうゑつぎきつるこれの林は
愛知県 内藤庄藏
朝焼の山を背にして高原の白樺林ひかりおびたり
新潟県 中島正明
落葉かきて飽くこともなき母とゐる林は月の明りとなれり
熊本県 松前廣子
わがかけし巣箱にひなのかへるらし林訪づるる日々の楽しも